獣族の王
カヤに夕食用のドレスをきせてもらうと、さあやはいつものようにドラゴン達の居るドームへ向かった。
「サアヤ様、またドラゴンの所へ行かれたのですね。ドレスに藁が付いておりますぞ」といつもメダに起こられるのだが、さあやは気にしていなかった。藁が付こうとフンが付こうと、(いつもきれいに掃除されているのでそれはなかったが)かわいいものはかわいいのだ。
「フリッパー、クラティカ、エルー!」
扉を開けて呼びかけると、3匹が首を持ち上げ大きな目でこちらを見つめてくる。さあやは彼らの瑠璃色の目が大好きだった。いつものようにエルの側に駆け寄って行く途中、胸の奥からせりあがってくるような気分の悪さにさあやは思わず立ち止まって口を押えた。この感じは以前にも感じた、サーズ達が襲われた時と同じものだ。
ー サアヤ。ルディ、アブナイ! ー
「え?」
どこからか聞こえて来た声に戸惑ったように顔を上げた時、エルがふわっと体を浮かせてさあやの前で止まった。急いで背中に乗り、首にしがみついた。
「行って、エル!」
まるで鞭のように尻尾をしならせると、窓を飛び出し空へ向かう。やがて城の上空から神殿が見えた。
「エル!突っ込んで!」
いきなり空から現れたドラゴンは近衛の騎士たちの頭上をかすめ、神殿の入口に突入した。長い廊下を風を裂くように突き進むと、3人の獣族が今まさに剣を振り下ろそうとしているのが見えた。
「止めなさい!」
彼等は勢いよく飛び込んで来たドラゴンに驚いて、両側に逃げようとしたが、3人共エルに跳ね飛ばされた。急いでエルの背から降り、アルバドラスの元に駆けつけ彼を助け起こした。
「ルディ、しっかりして」
彼はうっすらと目を開けると、苦しそうに息を吐きながら呟いた。
「逃げろ・・・サアヤ・・・」
後ろから迫ってくる気配に振り返ると、一人の獣族が振りかざした剣先が見え、とっさにアルバドラスを胸に抱きしめた。
ー ダメ、もう誰も殺さないで! -
その瞬間、2人の周りに青い光が湧き上がり、剣を振り下ろした男はその剣ごと弾き飛ばされた。
「陛下!」
「サアヤ様!」
ドラゴンの後を追って神殿の奥に駆けつけた近衛兵達に3人の獣族はあっという間に拘束された。サーズは憎しみを込めて今さあや達を襲った男の胸ぐらをつかんだ。
「どのような拷問にかけても王の居場所を吐かせてやる」
「やってみるがいい。例え五体を引き裂かれても我々は何も言わぬ」
男の胸ぐらをつかんだまま連れて行こうとしたサーズをさあやは引き留めた。
「待って、拷問はしないで」
今はエルが居る。もしかしたら拷問をしないでも王の居場所を知る事が出来るかもしれないとさあやは思ったのだ。彼女は気を失っている一人の獣族の男をエルの側に連れて来させると、片方の手の平をエルの体につけ、もう片方を男の額に掲げた。
ー 精霊。この人の記憶をたぐらせて・・・ -
一瞬でさあやの意識は空へ舞い上がった。暗い城の廊下を抜け街の上空を飛び去り荒野へ・・・。まるで鳥になったように次々と景色が後ろへ飛んで行く。広い平原を抜けると、荒廃した石造りの大きな建物が見えた。再び一瞬で建物の中へ・・・。暗く朽ち果てた廊下を抜けある部屋に入った途端、意識は空で止まった。
一人の獣族が居る。頭から足先まで黒くつややかな毛でおおわれている。その姿は以前テレビで見た野生のクロヒョウに似ていた。男は何かに気づいたのか、その鋭い金色の目で天井を見上げた。目が合った。とっさにそう思った。まるで体中に氷水を浴びたようにぞくっとした。
ー あなたの・・・名前は・・・? -
男は、金色の目を細めてにやりと笑った。
ー 獣族の王、カルヴァン・・・ -
急に目の前が真っ暗になって、さあやは気を失った。




