奇襲
3本の爪は総勢22名。そのうち7人は抵抗して殺され、残りの15人は全員とらえる事ができた。首領の名はリズロ。彼も以前はある商人の家で奴隷として働いていた。それ以外の事はリズロも他の獣族もどれほどの拷問を受けても吐こうとはしなかった。
両手を鎖につながれ吊りさげられた状態のリズロに、アルマはゆっくりと近づいた。すでに体中打ちのめされて相当弱っているはずだ。
「リズロ。王の居場所を言え」
「王?居場所だと?アッハハハッ!俺が王だ。俺が王だよ!」
すると周りの牢の中から他の獣族も叫び始めた。
「俺が王だ!」
「いーや、俺が王だぜ!」
リズロはニヤッと笑ってアルマをにらみ上げた。
「王は古の鎖から解き放たれた。いつかお前ら全員、この爪で血祭りにあげてやるよ。アーッハッハッハッハッ!!」
アルマはギリッと歯をかみしめると「水責めにしろ!」と叫んだ。水は体毛が濡れて体温が低下するため、獣族は一番苦手なものである。それでもリズロはそれ以降、一切口を開くことはなかった。
アルマから取り調べの報告を聞いたアルバドラスは、小さくため息をついた。王とその組織を捕えなければ、この先第2、第3の3本の爪が現れるかもしれない。しかも別荘を買ったのは間違いなく人間で、その者は偽名を使っていた。人間の中に獣族の後ろ盾をしている者が居るのだ。
「どうあっても口を割らぬか・・・」
つぶやくように言ったアルバドラスにさあやは大きく首を振った。
「ルディ、もうやめて。拷問なんて間違っているわ」
「これ以上犠牲を出すわけにはいかぬ。どんな手段を使っても王の居場所を吐かせねばならぬ」
「それは人の側の都合でしょう。何十年もの間、奴隷として虐げられてきた彼らの気持ちも考えて」
「獣族の味方をするのか?」
「私はこの世界の人間じゃない。だから中立の立場をとれるの。獣族のやっている事も人のやっている事も互いに憎しみを生むだけだわ」
「ではどうすれば良いのだ」
さあやはうつむいて首を振った。
「わからない。でもこんな事ばかりしていたら精霊は人からもっと遠くなってしまう。そんな気がするの」
アルバドラスは少し考えて、水からだけは出してやるようにと伝え一人で部屋を出て行った。
城の入り口には高さが4メートルもある巨大な扉がある。それを開けると3階まで吹き抜けのホールになっていて、両壁に沿うようにつけられた階段の上部に、歴代のヴェル・デ・ラシーア皇帝の肖像画が飾られ、己の子孫たちの日々を見守っていた。めったに足を運ぶ事のないその場所まで歩いてくると、アルバドラスは父の肖像画を見上げた。
15歳で父が亡くなるまで彼と会うのは月に2,3回程度だった。それでも父が年若いセラスティーアにこんな愚痴をこぼしていたのを覚えている。
ー やっと一つ問題が解決したと思ったら、またすぐ次の問題が起こる。政治とはそんなものだとわかっておるが、時々息が切れて立ち止まりたくなるものよ・・・ -
その時母は、「立ち止まりたくなったら立ち止まればよろしいではありませんか。少しくらいならみんな待ってくれますわ」と微笑んでいたが、3人の妻を一度に亡くした後、7年間父は一度も立ち止まることなく、ある日ぽっくり逝ってしまった。
ー 心労がたたったのであろうな。やはり・・・ -
アルバドラスは心の中でつぶやくと、父の絵をもう一度見上げた。
「皇帝とは因果な仕事ですね、父上・・・・」
息子の言葉にアルバドラスⅡ世は苦笑いを返しているように見えた。
さあやが何とか獣族の王を見つける事が出来ないかと頭を悩ませながら部屋に戻ると、スカートの裾を持って頭を下げている黄土色のドレスを着た女性が居た。
「このたびは多大なご迷惑をおかけしたにもかかわらず、私のような者をお許しくださり、感謝の言葉もございません。これからは誠心誠意、心を砕きサアヤ様にお仕え致します」
頭を下げたまま言葉を待っている侍女に近づくと、さあやは彼女の手を取った。
「お帰り、カヤ」
カヤが帰ってきたのでやっと岩風呂に入る事が出来る。岩風呂は薄暗くて一人で入るには少し怖く、外に誰か見張りが居ないと誰でも入って来れそうで不安だったのだ。運よく今日は岩風呂に行く日だったので、カヤはさあやの体を洗う道具や愛用のハチミツ、着替えなどを急いで用意した。
フルゲイトとバラク・ダラの財産を没収したおかげで随分財政に余裕が出来、(本当にため込んでいたらしい)今、城の古くなった箇所をあちこち修理している最中だ。アルバドラスも半年ぶりに服を新調してもらえる事になった。さあやが「良かったね」というと、彼は「我は別に今のもので十分なのだが・・・。そなたは何か褒美は要らぬのか?」と聞いた。
「別に要らない」と言おうとしたが、一つだけ思いついたので言ってみた。それが今から入る岩風呂である。
「まあ、本当にお湯が満タンに入っておりますわ!」
カヤの言う通り、さあやが湯船に浸かればお湯があふれてしまうほど満たされている。
「ふふ。ご褒美にお湯をいっぱいにしてって言ったの。他の人には迷惑かもしれないけど」
「ここは皇妃さま専用の湯あみ場です。今は皇妃さまはいらっしゃらいませんからサアヤ様がお好きになさればよろしいのですよ」
「え?そうなの?」
とても大きいのでてっきり共同浴場だと思っていた。だから他の人が入って来ないよう、カヤに入口で見張ってもらっていたのだ。
「いいのかな?私なんかが皇妃のお風呂を占領しちゃって」
「陛下がお許しになられたのですもの。それにセラスティーア様が亡くなって23年間ずっと使われていなかったのですから、たまには使わないと苔が生えてしまいますわ」
さあやには出来るだけ皇妃の事を話して意識してもらうようにとサーズに言われている。さあやが皇妃になればずっとこの国に居てもらえるのでカヤも協力は惜しまないつもりだ。もちろんさあやが嫌なら無理強いするつもりは一切なかった。
だがさあやが皇妃になれば、きっと自分は侍女から外されるだろう。皇妃にはもっと上級の召使いが何人もつくはずだ。それまで心を込めてお仕えしよう。カヤはさあやの黒髪にハチミツを丁寧に塗りながら思った。
リズロ率いる3本の爪が捕まった後、新たな3本の爪が出没する気配もなく、町はいつもの活気を取り戻していた。リズロ達はあれからどれほど責め立てても口を割ることはなく、もしかすると獣族の王が現れたというのは彼らの狂言で、本当は獣族の組織などは存在しないのではないかとアルマに進言してくる隊長も居た。念のためにと夜の警備は続けさせていたが、本当にそうならいいとアルマも思っていた。
夕食の前にアルバドラスは新調してもらった礼拝用の服を着て、夕刻の祈りを捧げる為、精霊神殿に向かった。サーズ達護衛の騎士は神殿の中までは入れないので、長い階段の下で皇帝が戻って来るのを待つ。白い衣服の神官が両側に立ち並ぶ中、アルバドラスがゆっくり階段を登っていくのをサーズは見送った。
皇帝の祈衣は黒地に金のふち飾りが慣例だが、さあやは「ルディは絶対銀よ。瞳と同じ銀色が似合うの!」と言って仕立て屋と激論を交わしながらデザインを考えた。祈衣にはふち飾り以外の飾りは付けないのだが、さあやデザインの祈衣は胸から肩そして背中にかけて薄い銀色の長いスカーフをつけ、留め金やボタンも銀色である。
国典などで着る式服も作ったのだが、これはさらに派手で、濃紺の服の胸に金と銀のドラゴンの紋章が刺繍で施されていた。最初はどうかと思ったが、着てみると背の高いアルバドラスにとても似合っているし、加えて皇帝の威厳も感じられるので、持ってきた仕立て屋も実に満足そうであった。
今度近衛の制服を新調する時は、サアヤ様にお願いするかな・・・。神殿の中へ入って行くアルバドラスを見ながらサーズは思った。
入口で頭を下げている4人の老神官は、1人が神官長で後の3人が副神官である。彼等の前を通り過ぎた時、ふとアルバドラスは何かを感じて立ち止まった。振り返ると、4人の神官達が苦しそうに口を押えて次々と倒れて行く。辺りに漂うかすかな異臭に気づいて出口へ向かおうとしたが、膝からがくんと力が抜け、地面に手をついた。
ここは神殿の一番奥で窓もなく、空気の抜け口がない。何とか出口に向かおうとしたが、入り口から顔を布で覆った3人の獣族が剣を持って入って来るのが見えた。
「あがめよ、あがめよ。我らの王を。そして立ち上がれ。我らの手で闇の王を打ち倒し、新たなる王国を築くのだ」
3人はフラルの手紙と同じ文章を呟きながら周りを取り囲むと、アルバドラスの頭の上で剣を振りあげた。




