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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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3本の爪

 朝日が窓から新しい日の訪れを告げる頃、さあやは部屋を出てアルバドラスの執務室に向かった。本当は頑張ったアルバドラスを待っていてあげたかったが、フルゲイトにされた事を考えると、どうしても風呂に入って身体を洗いたかった。今はカヤが謹慎中で居ないので、お湯を用意するのも一苦労だ。サーズは別の侍女を用意すると言ってくれたが、さあやはカヤの謹慎が解けるのを待つと言って断った。それでやっと風呂から上がった時にはくたくたで、ベッドに倒れ込むようにして寝てしまったのだ。


 執務室ではメダと、昨日の裁判の後処理で泊まりになってしまったサーズがアルバドラスを囲んで楽しそうに話しをしていた。さあやが入ってきた事にいち早く気づいたメダが、満面の笑顔で話しかけた。


「おはようございます、サアヤ様。昨日のご活躍をお聞きしましたぞ。このメダ。いたく感動いたしました」

「そんな・・・大した事はしていないわ」


 本当にそう思っていた。ただ必死だっただけで、フルゲイトの事を考えるとせっかく風呂に入ったのに、また気持ち悪くなってきそうだ。そんなさあやの気持ちには全く気付かず、メダは話し続けた。


「サアヤ様の発案された4つの長老職を12の官庁に分割するというアイディアにのっとって、これから色々人選を行って行かなければなりません。財政の方はサアヤ様の計算方法を皆が出来るように教えて行っていただけるし、私は国務にサーズは軍務にとやる事が山のようにございます。これからもお力をお貸しくださいませ」

「ええ。出来る限り頑張るわ」


 メダとサーズは頷き合うと、自分達の仕事をする為に執務室を出て行った。アルバドラスがさあやに何か言いたそうだったので、気を利かせたのだ。幼いころに母を亡くしたせいかアルバドラスは女性に対して少々臆病なところがある。何としてもさあやをアルバドラスの皇妃にしたいと思っているメダとサーズは、これからの新しい組織づくりで2人の関係が縮まる事を願っていた。


 彼らが去っていくと、アルバドラスはやっとさあやに声をかけた。

「昨夜はご苦労であったな」

「う、うん。ルディこそ頑張ったね。みんな朝からその噂でもちきりよ。皇帝陛下がついにお立ちになられたって。そうだ。精龍石を返すね。これのおかげで助かったのよ。ルディのおかげだわ」

「そなたが頑張ったからであろう。フルゲイトに何かされなかったか?」

「え?」


 さあやが露骨に驚いて首元に手を当てたので、アルバドラスは不審そうな顔をした。

「なんだ。何かされたのか」

「な、何もないわ」

「嘘をつけ。昨日戻ってきた時、泣きそうな顔をしておったではないか。正直に言うてみよ」


 首に剣を突き付けられた時は本当にもう駄目だと思った。だからもう捨て身だったのだ。居眠りの薬がもし効いてなかったらと思うと、ぞっとする。


「く、首に・・・一杯キスされた」

「なにぃ?あのエロジジイめ。縛り首、いや、釜茹での刑にしてくれるわ!」


「だめよ。上に立つ人が私情に流されちゃ。ちゃんと法にのっとって裁かなきゃ」

「どこの国の王でも私情に走って理不尽で身勝手な法を山のように作っておるぞ」

「あなたはそれじゃダメなの。この大陸で一番大きな国を治めているのよ。誰よりも公平無私でないとダメなの!」


 さあやの怒った顔をちらっと見てアルバドラスは笑った。

「そなたは泣いているより、そういう顔をしているほうが良い。おお、そうだ。我がよくきくまじないをしてやろう」

 そう言うと、彼はさあやの首に手のひらを近づけ目を閉じた。

「〝山の精霊、川の精霊、谷の精霊。忘れたいこと持っていけ。忘れる忘れるわーすれた” どうだ。きれいさっぱり忘れたであろう」


 きっとこれは幼いころ何度も命を狙われて恐ろしくて眠れなかった時、セラスティーアが枕元で唱えてくれたまじないなのだろう。そういえば幼い頃、転んで怪我をすれば必ず母は〝痛いの痛いの飛んでけー”をやってくれた。だがそれをまさかこの年になって同じくらいの年の人にやってもらえるとは思わなかった。さあやはおかしくなって笑い出すと、「うん。もう忘れた」と明るい笑顔を向けた。


 久しぶりに朝食を一緒に取ろうと執務室を出た時、廊下の奥から一人の男が走ってきた。マスカベーラの治安を預かる25の警備隊の総隊長をしているコラン・アルマである。小柄な彼は少し息を切らしながら走って来ると、ひざまずいて頭を下げた。


「昨夜未明、マスカベーラにあるハンブルク家の本家に賊が押し入りました」


 ハンブルグ家はアルバドラスⅡ世の叔母が嫁いだ家で、皇家ともつながりが深い家柄だ。

「して、ハンブルグ公は?家人は無事なのか?」

「それが・・・」

 アルマは暗い表情でうつむいた。

「ハンブルグ公や奥方様を含む屋敷にいたものは全員・・・賊に惨殺されました」

「なんと・・・」


 ただハンブルグ公の孫娘とその母だけは生家に帰っていて無事だったらしい。


「公は稀代の名剣士とうたわれた人物だったが・・・」

 アルバドラスは残念そうにうつむいた。


 アルマの報告によると、盗賊の名は〝3本の爪”と呼ばれる盗賊団で、襲った家の現金だけを盗み、家人はいつも皆殺しにするのが常套手段らしい。たとえどんなに高価でも品物などは足がつくので決して狙わないため、警備隊もなかなか捕らえる事ができずにいた。3本の爪と呼ばれる所以(ゆえん)は、現場に必ず巨大な3本の傷跡を残していく事からつけられた。


 今までは町の豪商ばかりを狙っていたのでアルバドラスの元に報告が行くことは少なかったが、今回初めて貴族の家、それも皇家ともつながりのあるハンブルグ家が襲われたので、アルマが朝一番に知らせに来たのだ。


「賊の手がかりは?」

 アルバドラスが尋ねた。

「懸命に捜索しておりますが、今のところ詳しい事は何も分かっておりません。ですが大体20人程度の盗賊団だと推測されます」


 アルバドラスは早急に賊を捕らえる事と、何か少しでも手がかりを掴んだらすぐに報告をするように命じると立ち去った。皇帝の後ろをついて去ろうとしたさあやをアルマがじっと見つめるので、何だろうと思ってさあやも見つめ返すと、彼は跪いたまま頭を下げた。去って行くさあやの後姿を見ながらアルマはふと呟いた。


「あれがドラゴンに乗るという異国の姫君・・・・」




 メダが財政をつかさどる3人の長官を決定すると、さあやはその3人を含む15人の財務担当官に簿記と呼ばれる経理の基本を教え始めた。


「皆さんが必ずしなければならないのは、まず伝票を付けるという作業です。物を売ったり買ったりすると必ずお金が動きますね。もちろんすぐにお金が動かない取引もありますが、それは後程説明するとして、今日は簡単な伝票の書き方を説明しましょう」


 皆、多少なりとも財務の知識があるので、素人を教えるよりは早くマスタ―してくれるだろう。それにしても財務の為に開いている教室なのに、毎日いろいろな人々が訪れては授業を見学していくのがさあやには不思議だった。サーズが選んだ軍務の第2、第3の長官も挨拶に来たし、外務と国務の長官たちも任命されるや否や、6人そろってやって来た。下働きの者達は掃除をするふりをして教室を覗いて行くし、立派な身なりの騎士や兵士たちは遠巻きに眺めている。


「あれが精龍の姫君か」

「青い光を発して敵を粉砕したらしいぞ」

「やっと我が国も皇妃さまが決まるのだな。いや、めでたい」


 周りの人々のヒソヒソ話は一生懸命講義を行っているさあやには全く聞こえなかったが、気が散ってやりにくいのは変わりなく、ある日何とかならないかとサーズに相談してみた。彼は明るく大きな声で笑うと、「それはサアヤ様の人気があるからですよ」と軽く流した。


「それに長官が挨拶に来るのは当然です。彼等は技術や才能がありながら長老達の為に長年閑職に追いやられていた者達です。サアヤ様のおかげでやっと日の当たる場所で腕を振るう事が出来るようになったのですから」

「私のおかげじゃなくてルディのおかげだと思うけど・・・」


「もちろん陛下には感謝しておりますが、陛下を動かしたのはサアヤ様です。その内騒ぎも収まるでしょうから、それまでおおらかな気持ちで見てやって下さい」

 結局我慢するほかはないようだ。


「それと、先程陛下にもご報告申し上げたのですが・・・」


 サーズは声を低くすると、廊下の隅で立ち止まった。










 



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