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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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生き埋めになった2人

 次の日からサーズ達は再びやり直しの調査を始めた。もう一度現地へ行き、詳しい報告書を作るのだ。今日はサーズとイーグスが出かけるので、フレイヤが護衛として残ることになった。フレイヤと共に2人を見送りに出たさあやが申し訳なさそうにしているので、イーグスは笑顔で言った。


「サアヤ様。本当にお気になさらないでください。今度はもっと良い報告書を作ってまいりますから」


 馬に乗った彼らの姿が見えなくなるまで手を振り続けているさあやを見てイーグスは「サアヤ様は私の娘に似ているであります」とサーズに言った。

「君の娘はまだ4つじゃなかったか?」

「はい。私が登城する時、いつも私の姿が見えなくなるまで手を振っている姿が似ているであります」


 それはほほえましいな。アルバドラスが皇妃をめとるまでは結婚しないと決めているサーズも、うらやましくなるような光景が目に浮かんだ。




 3時間ほど馬を歩かせてたどり着いたのは、サザラという村だ。山間やまあいにある小さな村で、以前街へ出るための一本道が大規模な崖崩れで分断されてしまい、村が孤立してしまった事があった。崖が崩れた際、たくさんの村人が生き埋めになったり、大けがをした。駆けつけた村人に助けられた者も、村には病院がない為に治療を受けられず亡くなった人も多くいた。バラク・ダラの命で派遣された兵によって一週間にわたり土砂は取り除かれたが、その後の処理が問題だった。


 本来なら二度と崖崩れを起こさないようしっかりと土を止めるようにするのだが、ここでは土を麻布で止め、それを地面に打ち付けた杭で支えているだけの処置しかされていなかった。だが工事報告書では崖の全てを石で固めた事になっていたはずだ。


「ここはよく覚えています。早急に手を打たねば、又災害が起こりかねないと思います」

「うむ。だが今は不正の証拠を集めるのが先だ。以前と同じように記録を取り、次へ行かねばならん」

「では崖の上に登り、もう一度調べましょう」


 歩き出した時、足元にパラパラと小石が落ちてくるのに気が付いたサーズはとっさに上を見上げた。空から覆いかぶさるように土砂が降ってくるのが目に入り、後ろに居たイーグスに叫んだ。


「走れ、イーグス!」


 だが一瞬で土砂は彼らの上に降りかかり、サーズの目の前は真っ暗になった。






 床にばらまかれていた最後の書類を棚に収めると、さあやは大きくため息をついた。これからは書庫の鍵を目に届く範囲に置いておかなければならない。そう思いながらあたりを見回した時、机の下にまだ書類の束が落ちているのに気が付いた。何度も立ったりしゃがんだりしたせいで足腰が疲れていたが、それを拾おうと机の下に手を伸ばした。その時ふと胸の中に何か冷たいものが通り過ぎたような気がして手を止めた。


 何だろう。居てもたっても居られないような不安が胸を駆り立てた。今まで感じた事のない感覚に戸惑いながら、さあやは立ち上がった。


 




 目を開けた時、一瞬何が起こったのか分からなかった。体を動かそうとすると、左腕に激痛が走った。折れたようだ。下半身は重くて動かない。何とか体を起こすと、誰かが叫ぶ声が聞こえた。


「おい、生きているぞ!」


 その声に3人の男達が駆け寄って来て半分土に埋まった体を引き出してくれた。辺りを見回すと、道がこの辺りだけ土砂に埋まっているようだ。周りで自分を見つめている村人たちの顔を見て、サーズははっと気が付いた。


「イーグスは?もう一人居なかったか?」

「いや。埋まっているのを見付けたのはあんただけだよ、騎士さん」

 サーズは慌てて立ち上がると、イーグスが居たと思われる場所を必死に掘り始めた。


「このあたりに人が埋まっているんだ。手伝ってくれ!」

 サーズの声に村人達も急いで彼の周りを掘り始めた。


ー イーグス・・・死ぬな。イーグス! -


 心の中で必死に呼びかけながら、鋭利な石の角で指が傷つき爪が折れそうになるのも構わず掘り続けた。その手にやっと触れた暖かい感覚。イーグスの手だ。


「イーグス!」


 サーズの叫び声に村人達も集まり、皆でイーグスを掘り出した。土にまみれたイーグスを抱きかかえ呼びかけたが、彼の意識は完全に途絶えていた。


「医者は?ここから一番近い病院は何処だ?」

「隣町の病院までは二時ふたときほどかかる。でもこの人を助けられる医者が居るかどうか・・・」


 サーズはそのまま彼を馬に乗せ、自分も後ろに飛び乗ると城へ向かった。皇帝付きの専属医は国で一番の名医だ。彼に診せる方がいい。


ー 死ぬな、イーグス。決して死ぬなよ -


 激痛の走る左腕にイーグスを抱え城に戻って来たサーズは、下級兵に彼を任せると力が尽きたようにその場に膝をついた。腕の痛みもさることながら、体中が急に重くなって動けなくなったのだ。





 しばらく書庫の整理をしていたさあやが、そろそろ日が傾いて来たので作業を終えようかと思っていた時だった。カヤが慌てふためいてドアを入って来るのが見えた。


「サアヤ様、大変ですわ。サーズ様とイーグス様が大怪我を負って戻られたと今知らせが・・・」

「・・・え?」


 カヤの報告を受けて、さあやはすぐに重傷と聞いたイーグスの元に駆けつけた。彼は負傷兵などを収容する病棟に入院しているのだ。イーグスの寝ている大部屋へ入ろうとした時、女性の声が聞こえて思わず足を止めた。


「あなた。あなた!」

「お父さまぁ・・・」


 意識のないイーグスに泣きながら呼びかける妻や子供達を見て、さあやの胸は締め付けられるように傷んだ。彼をこの計画に引き込んでしまった事をひどく後悔した。声を掛ける事も出来ずにさあやはその場から立ち去った。


 サーズは別の個室で寝ているらしいので、そこへ向かおうとしたが、途中で足が動かなくなった。自分のしている事は本当に正しかったのだろうか。ルディは待てと言ったのに、勝手な事をして彼の部下を傷つけてしまった。今はまだ事故なのか故意なのかは分からないが、証拠の書類が盗まれたのだ。私達のやっている事が長老達の耳に入れば、いずれ起こる事だったのかもしれない。


 さあやは大きくため息をつくと、再びサーズの元へ向かった。部屋の前で決意したように息を吸い込んでノブに手を伸ばしたが、急にドアが開いてスーザが出てきた。きっとサーズの見舞いに行ってきたのだろう。弟の彼にも申し訳ない事をしたと思うと、涙が出そうになった。


「スーザ、ごめんなさい。サーズが怪我をしたのは私のせいなの。私がサザラへ行ってもらったの・・・」


 唇をかみしめてうつむいたさあやに、スーザは笑いかけた。


「サアヤさん。例え誰の命で向かったにせよ、兄は騎士です。自分の行動には常に責任を持っていますし、起こった事を誰かのせいにする事はありません」

「でも・・・」


 それでもさあやは顔を上げられなかった。あの日、サーズを計画に引き込んだのは自分なのだ。


「兄の方こそ、サアヤさんがそうやって気に病んでいるのではないかと心配していました。けが人に心配させてもいいんですか?」

「スーザ・・・」


 やっと顔を上げたさあやの目の下に軽く口づけすると、スーザは「サアヤさんに泣き顔は似合いませんよ」と言いながら去って行った。

 ちょっぴり赤くなった頬の涙をぬぐうと、さあやはノックしてドアを開けた。




 悠々と歩いていたスーザは暗がりからいきなり人が出て来て思わず立ち止まった。

「なんだ、キートレイ兄上か。急に出て来ないで下さい。それではなくても頭も顔も真っ黒なんですから」

「俺が色黒なんてどうでもいい。お前、今サアヤの頬にキスしただろう」

「おや、見ていたんですか?」

 スーザは素知らぬ顔で短い髪を指ですいた。


「サアヤさんは奥手ですからね。兄上みたいにいきなり抱き付いたりしたら、嫌われるのは当然でしょ?徐々に慣れさせていかなきゃ」

「いきなりって。お前、見てたのか?」

「見なくてもわかります。兄上って野獣そのものでしょ?」

 決めつけられてキートレイはむっとしながら言い返した。


「フン。紳士ぶっているが、お前だって考えてる事は俺と同じだろう」

「最終的にはそうかもしれませんが、過程が違います。僕は兄上よりずっとロマンチストだし、それに・・・」

 スーザはニヤリと笑ってキートレイに顔を近づけた。

「兄上よりずーっとモテますしね」


 なんて憎たらしい弟だ。キートレイは反論も出来ずにスーザの背中を見送った。確かに幼い頃から天使のようにかわいかったあいつは、物心つく前から女にもてまくっていた。特に年上に・・・。だが天使に見えたのはうわべだけだったのだ。近衛に入った途端、地位も名誉も給料も俺より上回ったスーザは、俺の前でだけ本性を表し出した。


「最終的にはそうかもなんて、さらっと言いやがって。お前にだけは絶対サアヤは渡さねーからな」












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