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二つ月の帝国  作者: 月城 響
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仕事をしよう【2】

 さあやはまず、すべての書類をその種類ごとにより分け始めた。大きく分けて庶務系、総務系、経理、外交などである。アルバドラスが皇位を継いだのは、15歳の時だ。その時に年号はカースティア歴と改められた。今年はカースティア歴16年でそれ以前、アルバドラスⅡ世の時代はカルドラ歴である。ここにあるものはそのカルドラ歴を含む約20年間の資料だった。これ以前のものは別の書庫でもっと訳が分からない状態になって眠っているのだろう。


 とにかく一つの国の資料なので、生半可な量ではない。仕事に関しては(あくまで仕事だけだが)できる女と評されるさあやも、とてもではないが書庫の一部分を片付けただけで一日が終わってしまった。一生懸命働いた後は食事もおいしいし、お風呂も心地よい。さあやは昨日からのイライラもすっかり解消し、心地よくベッドで眠りについた。


 次の日も朝食を終えてから作業を開始した。カヤは何度も手伝うと言ってくれたが、暇とイライラ解消のためにやっていることなので一人で大丈夫と断った。


「えーと、こっちはカースティア歴11年でこっちはカルドラ歴24年。へえ、カルドラ歴って24年しかないんだ。お父さん、早くに亡くなったのね。それともアルバドラスⅠ世が長生きだったのかしら」


 ここにある資料を全部整理すれば、この国の歴史にも詳しくなるかもしれない。それに何よりもここには財務の情報がある。向こうの世界の会社なら絶対機密でコンピューターに幾重にもロックがかけられている情報が、ここでは整理のつかない資料となって積み重なっていた。


「これでなぜ国庫がひっ迫しているのかわかるわ。ただ電卓も経理ソフトもないから苦労するだろうけど・・・」


 お楽しみは後に取っておく事にして、とりあえず分類した書類を棚に並べ年号をつけていく事にした。


 お昼を過ぎて(ふた)(とき)もすると、カヤがお茶を持ってきてくれる。今日はフレイヤも頑張っているさあやに差し入れを持ってやってきた。


「口に合うかわからぬが、母が作った」

 そう言ってフレイヤが開いた包みの中には、タルトのようなケーキが入っていた。

「よくわからぬが、果物と酒を入れて作ってあるらしい」

 どうやらフレイヤは料理はからっきしダメなようだ。


 カヤが丁寧に切り分けてくれたケーキをフレイヤと共に味わった。洋ナシのタルトとブランデーケーキを合わせたような感じで、落ち着いた大人の味がした。


「すごい、おいしい。それに甘さが上品。フレイヤのお母さん、素敵な人だね!」


 さあやのほめ言葉に、フレイヤは少し照れたように微笑んだ。楽しいティータイムが終わると、今日の夕方から聖騎士隊と近衛3番隊による合同訓練があるので少し護衛を外れる事を伝えてフレイヤは立ち上がった。

「フレイヤはいつもどこからか見ていてくれるのよね。すごく心強い。でも無理しないでね。私は最近ここと部屋の往復だけだから大丈夫よ」

「うむ。だが代わりの者はちゃんとよこす」


 律儀に言い残すと、フレイヤは美しい赤毛と白いマントを翻し、さっそうと去って行った。そんなフレイヤの後姿を見つつ、さあやはつぶやいた。


「フレイヤ、かっこいいなぁ。サーズも自慢だろうな。あんな素敵な妹が居て」


 男勝りすぎる妹にサーズが時々手を焼いている事を、さあやは知らなかった。


 それからまた黙々と作業を続けたさあやは、カヤが呼びに来るまで時間の経つのも忘れて没頭していた。夕食の前に部屋に戻って着替えをしなければならないのだ。本当にいちいち面倒なのだが、皇帝に会うのに普段着というわけにはいかなかった。特に今は埃っぽい所に一日中いるので、着替えは絶対だ。


 また食事の時間に遅刻するのは嫌なので、さあやは書庫のカギを閉め、カヤと共に急いで歩き出した。だが廊下の角を曲がったところで向こうから3人の女官が歩いてくるのが見えて、思わず足を止めた。真ん中にいるのはあの妖艶な雰囲気の女で、彼女もさあやの側まで来ると立ち止まった。


「これはサアヤ様。随分と埃まみれですこと。地下の穴ぐらでも掃除されてきたのかしら」

 彼女の笑い声に他の女官も合わせるように笑った。こういう女はどこにでも居る。言い合いをしても腹が立つだけで何の得にもならない。何を言われても無視するに限るのだ。さあやが黙っているので、カヤが怒ったように口を出した。


「サアヤ様に失礼ですわ、カミラ様。恐れ多くも陛下のご友人であらせられますよ」

「お黙り、召使い風情ふぜいが口を出すものではないわ」

「そうよ、カヤ。引っ込んでなさい」


 自分の事は何を言われても我慢できるが、今の人を見下したような発言にさあやはカチンと来た。

「ねぇ、サアヤ様?陛下にお聞きしましたけど、あなたが異国の姫君なんてとんでもない話。何の身分もない、平民なのでしょう?」

 いかにもアルバドラスと2人きりで話をしたと言わんばかりに、彼女はさあやの顔を覗きこんだ。


「ええ、そう。私はただの一般人よ。でもね、ただきれいなドレスを着て笑っているだけのあなた達に何かを言われる筋合いはないわ。このカヤもそう。ちゃんと仕事をして独立している立派な女性よ。それをあなた達が見下す権利なんかあるのかしら」


「ふん。陛下のお気に入りだと思っていい気にならないで。あなた、陛下の事をルディと呼んでいるでしょう。その名はね、陛下の亡くなられたお母上様が幼い頃の陛下を呼んでいた愛称よ。それをあなたのような平民の女が気安く呼んでいいと思っているの?ま、あなたのような平民は、どうせ側室の座でも狙っているのでしょう」


 側室という言葉にさあやは思わず虫唾が走った。以前勤めていた会社でも愛人にならないかとしつこくセクハラされた覚えがある。いい加減にしろと足をパンプスのかかとで思いっきり踏みつけてやったが。さあやは背筋を伸ばすと、まっすぐにカミラを見つめた。


「側室ですって?そんなものになる位なら、首をくくって死んだ方がましよ。いい?私達働く女はね。みんなプライドを持って仕事をしているの。なけなしのプライドだけど、何度も崩れそうになるけど、それを必死に立て直しながらこの男社会の中で戦っているの。あなたも女のプライドがあるんなら、もっと自分を大切にしなさい!」


 その迫力にそれ以上反論ができないまま、カミラは立ち去っていくさあやの背中を見送った。




 部屋に帰って急いで着替えたおかげで食事の時間にはぎりぎり間に合った。だがさあやの頭の中はさっきカミラの言った言葉がどうしても忘れられずに残っていた。


「あの、ル・・・」

 彼の名を呼びかけて、思わず言葉を止めた。


ー ルディというのは陛下の亡くなられたお母上様が、幼い頃の陛下を呼んでいた愛称よ ー


 きっとルディと言う呼び名は、彼に取って大切な思い出の中にしまい込まれていた名前に違いない。確かにカミラの言うように、自分のようなあまり身近ではない人間が呼んではいけないように思う。指輪をくれた時、“我の会いたい者はもうここには居らぬ”と言ったのは、きっと亡くなった母親の事だったのだろう。だがそれを今聞くこともためらわれた。彼の母がいつ亡くなったかは知らないが、彼には父も母も居ないのだ。妙に思いださせてはいけないだろう。


 今日も何を考えているのか分からないが、一人で何かを思い悩んでいるさあやを見て、アルバドラスは軽くため息をついた。


「なんだ」

「え・・・えーと。そう。あなたの瞳ってどうして銀色なのかなぁと思って。この間街に出たけど、同じ色の瞳って見かけなかったから・・・」


 なかなかうまくごまかせた。ニコニコして返答を待っているさあやを見て、アルバドラスは小さく微笑んで「我の目か・・・」と呟いた。

「なぜかは分からぬ」

「え?そうなの?」

「うむ。だがこれは皇帝一族の血筋にしか現れぬ。もし生まれた子供がこの瞳でなかった場合、すぐ闇に葬られた・・・という噂もあるな」

「う・・・うそ」

「あくまで噂だ」


 食事をしながらする話題ではなかったようだ。青い顔をして黙り込んださあやに、「どこの王家でもそんなものだぞ」とアルバドラスは笑った。





 

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