1-5 『社交界』というもの【後編】
…初めてのパーティー、多少の緊張の中での自己紹介もどうにか終わり、ホッと一息…といくこともいかず、実はまだ緊張状態が続いている。
何が緊張するのか……現代の日本とは思えないこの城も圧倒されるけど、一番の要因は主宰者にあたるこの人の視線だ。雑談の合間に寄越す視線が、なんとも居たたまれない。
私という人間を判断、そして値踏みするかのような、そんな視線…四歳児をそんな風にみないでほしいと切に思う。
(目力のある人だから、余計キツい…)
父の横で笑みを浮かべながら何事もないか様子で会話を続けるが、居心地の悪さはなかなかのものだ。父が気づかない上手いタイミングで見てくるから、どうしようもない。
言いたいことがあるなら言えばいいのにそれもなく、ただただ送られる視線。…嫌な種類の視線ではないが…かといって気持ちのいいものではない。せめて私も気づかない程度に抑えてくれればいいのだが…おそらくだが、あえて分かるようにやっている節がある。
(…無理、ちょっと…、これは無理)
二人の会話の腰を折ることには躊躇いを感じたが、さすがに限界を感じた。私は父の手をギュッと握って合図を送る。
「…あぁ、ごめん。退屈だったね」
「いえ、その…お手洗いをお借りしたくて」
…言い訳として選びたくない理由ではあったが、まだまだ子供…許されるだろう。今はとにかく、この視線のないところに行きたかった。
父は一緒に行こうとしてくれたが、近くを歩いていたメイドをつかまえて案内をお願いし、そそくさとその場を離れる。
…離れ間際、彼の口許が小さく上がるのを感じた。
(…なんか、疲れた…)
社交界といえば、政治界や経済界の大物とか、古くから続く名家とか、野心も実力も備わった実業家とか…そういった一癖どころか二癖三癖とある人達がいるのだから、疲れるのは当然という心構えではいた。いたけれど…予想外。まさか、一人の人間にここまでのダメージを受けるとは思わなかった。しかも初っ端とか…。
化粧室から出たところでメイドが待ってくれていたが、少し風にあたりたいと伝えるとテラスへと案内してくれた。
テラスのベンチに腰を掛けると、色鮮やかな花々を見つめながら考える。
(名前…なんていったっけ、あの人…)
このパーティーに参加すると知った時に、招待してくれた人を知るのは当然ということで父に詳細を尋ねたが、その時の父の様子が少しおかしかったのを覚えている。本当は言いたくはないが、仕方ない…そんな表情をそのまま出していた。
私の参加は父が決めたことなのに今更何を気にしているのかと疑問に思っていたけれど…彼が理由だったりして…まさか、ね。
(確か…鷺ノ宮様、だったよね)
我が高階家も代々続く名家であり、大きな会社をいくつも束ねる、いわゆる財閥だ。
今は祖父が現役として動いており、父はその一部を任されているに過ぎないが、ゆくゆくはそれらを継いでいくのだろう。
そんな高階家よりも大きく、当代になって驚異的なスピードで更なる成長を遂げている財閥グループがある。
ーそれが『鷺ノ宮』だ。
ちゃんと確認したわけではないが…先程の一件も重なって確信に近いものを持っている。
きっと彼がその当代だろう…と。
(……ちょっと、、怖い)
鷺ノ宮グループを束ねるトップであるということは、相当の実力者であり、一筋縄ではいかない相手であるのは間違いない。
そして彼の底知れなさを身を持って体験したばかりだ。…衿加として生きてきて、初めて恐怖を感じていた。あの目を思い出すと、身震いしてしまいそうなくらいに。
(さぎのみや……)
そして気になってることはまだある。
鷺ノ宮の名を聞いたときもまた、高階の名を聞いたときと同じような感覚を覚えたのだ。
なんだろう、これ…既視感のような、でもそんなに身近なものともいえない感覚。…例えるなら、何の気なしに読み進めた小説のシーンに似てる、くらいの弱い感じ。
あれ、でも案外いい線いってるような…
「…おまえ、誰だ?」
そんな、私の思考の波を止める声が聞こえる。
目線を上げて辺りを見回すと、男の子が睨むように見ていた。
年齢的には私と同じくらいだろうか…幼くともわかるほどに整った顔立ちの男の子だ。愛想など一切持ち合わせていない様子でこちらを見ている。
パーティー用に正装しているから、同じく参加者なのだろう。でも…なぜ初対面でそんな顔をされなきゃいけないのか。
「ここは俺の庭だ。勝手に休むんじゃねぇよ」
傍若無人とも言える一言に僅かながら目を見開いた。
仮にパーティーの参加者であるというならば、良家の子息のはず。なのにこの対応は…
「(…ただの高慢で自分勝手な俺様じゃない)」
「おい、聞いてるのか!?女!」
パーティーの主宰者には値踏みされるような目で見られ、初めて歳の近い子に出会えたと思えば罵倒される。
思い描いていた『パーティー』と今日のこの状況…勝手なイメージを持ちすぎていたのかもしれないけど…あまりにも違いすぎて、なんともいえない悔しさと悲しさが込み上げてきた。
「…ええ、ハッキリと聞こえていますわ」
「それなら返事をしろ!…ったく、これだから女は嫌なんだ」
「つまり貴方さまは…私の体調が芳しくなく、夜風にあたりながら身体を休めていたとしてもそんな事情などお構い無しに私を退けるというのですね、ええ。よくわかりました」
…ダメだ、結構余裕なかったみたい。
頭の片隅でそう思いつつも口は止まらない。ノンブレスで続ける私。それを想定するはずもない男の子は瞠目した。
「…な、そこまでは言って…」
「では名前を尋ねず、訳も聞かず、その中で何が分かるというのでしょうか。挨拶が何のためにあるのか、お分かりですか。…あぁ、別に名前を覚えていただきたい訳ではございませんのでご安心を。ただ、そのような態度がまかり通るのは今だけだということを心の隅にでも留めて頂ければ幸いです。…留めて頂かなくても、それはそれで結構ですけど。…では、失礼いたしました」
相手に言葉を挟ませる余地を与えず、私は立ち上がり気品を持った礼をしてそのまま踵を返した。何か言いたげな様子なのは気づいたけど、聞くつもりなどなかった。
父と合流してからは、ずっと父の手を握りそばを離れなかった。父も私の様子がおかしいことに気がついたのだろう、雑談もほどほどに帰宅することにしてくれた。…今の私にはとても有り難かった。
…時間が経てば経つほど、冷静になった心には罪悪感と自己嫌悪が溢れてくる。…あんなの、完全な八つ当たりだ。
(…もしまた会うことがあったら…、、謝ろう…)
家へと向かう道中の車で、父の肩に寄り添いながら私は心のなかで呟いて瞳を閉じた。