1-6 休息のひととき
驚いたことに、私はあのパーティーの夜から三日間、熱を出して寝込んでしまった。
きっとパーティーの前から身体のどこかに予兆は出ていたのだと思う。
衿加の身体で体調を崩すのは初めてだったとはいえ、そのサインに気づくことができなかった…情けない、何をしてるんだか。
その熱も四日目には下がり、五日目には体調はほとんど回復していた。ベッドから起き上がるのも辛かった身体も、今では自由に動き回れるまでになっている。とはいえさすがに病み上がりということで、普段の勉強はお休みして、部屋で大人しくしている。
(…はあ、失敗したなぁ…)
自室の窓に椅子を寄せてそこに座り、外の景色を見つめながら溜め息をつく。
この前のパーティーで『令嬢』として徹することができなかったこと、そこで会った男の子に対して大人げない態度をとったこと、挙げ句には熱を出して両親を心配させたこと…考えれば考えるほど情けなくなる。
(…あの子に悪いこと、しちゃった…)
いくら男の子の応対が初対面の相手に対するそれではなかったとしても、彼はまだ子供。
前世の記憶もあり、精神年齢だけなら大人達と変わらないはずの私が、小さな子供を相手にむきになってしまった。…うう、本当に失敗した。
(謝りたいな…また会えるかな。…会ってくれる、かな)
病み上がりだからなのだろうか。どんどん悪い方へと考えてしまい、気持ちも落ちてくる。
…とはいっても、部屋の中にいるだけの私には気を紛らわせる手段もなく、やはり窓から眺める景色を見つめるしかない。
残暑が続く日々ではあったが、夜は少しずつ涼しくなり、季節はゆっくり秋へと変わってる。
高階家の庭園は、母の花好きが高じて一年を通した季節の花が咲き誇っている。今はゼラニウムやダリアが開花しているが、そろそろ金木犀やシクラメンの蕾が花開くだろう。
それらに目をやりながら時間を過ごしていると、自室の扉に来訪者を告げる音が響いた。
「…衿加ちゃん、調子はどう?」
「…お母さま!もうすっかり良くなりました。ご心配をおかけしてごめんなさい…」
「謝らないの。悪いことなんてしていないでしょう?…きっと頑張り過ぎたのね。勉強のスケジュールを調整するようにお父さまに伝えておかなくちゃ」
そう言って私の頭を優しく撫でる母。…母にとっても大事な時期だというのに、心配をかけてしまった、、今後は体調の変化にすぐ気づけるようにしなくては、と改めて心に留める。
「…ところで衿加ちゃん、貴女にお客さまが来てるのだけど…」
「…お客さま?私に、ですか?」
誰だろう?両親の溺愛のなかで日々を過ごしている私に、他所に知り合いなんていない。
…あれ、客観的に考えると、私って友達がいない、のか…?…考えてて、ちょっと切なくなってきた。
―…まあ、今はそんなことは置いおこう。
とにかく来客に心当たりはないし、何よりも不自然なのは、父に次ぐ親バカの母が病み上がりの私に来客を取り次ぐこと。
母の表情をうかがうと、少し苦笑しながらも私の手を引いて部屋を出る。
疑問をそのままについていった応接室への扉を開いたとき――私は、目を見開いた。
「………よう」
ぶっきらぼうな言葉でこちらを見るのは、あのパーティーの日に出会った男の子だった。
***
会いたい、会って謝りたい。
確かにそう思ってた――そのはずなのに、いざその瞬間がおとずれると何も言えなくなる。
母は「隣の部屋にいるからね」と一言残すと去っていった。
…私と彼を、友達だと思ったのだろうか。いや、彼のことを信用しているようも見えた。…もしかして、以前から彼のことを知っているのかもしれない。
けれど、私は彼を知らない。
そもそも、あのパーティーのとき、私は彼に名を名乗っていない。それなのに彼が今ここにいる…それはつまり、私のことを調べたからだ。そこまでするなんて…
(…私の対応に、相当怒ってる…?)
そうでなければ、わざわざ家に乗り込んで来るなんてこともしないだろう。
思い至った答えに少しビクッとしかけた身体を両手で擦り誤魔化した。…全く、少し体調を崩したくらいでこんなに後ろ向きになるなんて…「私」らしくない。
(…謝る、そう決めたじゃない)
気まずいなどとは言ってられない。謝罪の結果、受け入れてもらえなかったとしても…ちゃんと謝らなくては。私は意を決して、口火を切った。
「…この度は、誠に申し訳あり「…悪かった」ま…はい?」
―…が、私の謝罪は、彼の言葉にかき消される結果となった。…それに気のせいじゃなかったら、むしろ謝られてしまったような…
「なぜ貴方が…謝られるんですか」
「…おまえが言った通りだったからだ。確かに、礼儀を欠いた行動だった。…それに…その…、本当に体調が悪かったなんて…。――すまない」
そういって殊勝に頭を下げる男の子。
…最初の印象から全く違った彼の対応に、私は驚くことしかできない。
…ああ、第一印象だけで勝手に決めつけてたのは私の方か。彼は自分の非を認め、すぐ謝ることが出来る人…彼の方が、私より何倍も大人じゃないか。
「…頭を、上げてください。こちらにも非はありますから…」
「それは俺が…」
「…いえ、あの時は…その、少々、気が立っておりまして…そのせいで口が過ぎたのだと、自覚しております。…申し訳ありませんでした」
つまりは「八つ当たりしちゃってごめんなさい」ということを伝えて頭を下げる。
…そんな理由を聞いたら今度こそ怒られるかもしれないけど、ここまできたらあとはなるようになるだけだ。
彼は私の言葉に僅かながら目を見開いた以外は特別大きな反応をせず、私のことをまじまじと見ていたかと思えば、突然笑い出した。
「…フフッ、ハハッ、…なるほど、お互いさまだった訳だ」
「…? 何の話ですか?」
「…いや、気にするな。それなら…今回はお互いに非があったということで、水に流す。…それでいいか?」
「…ええ、私はかまいませんが…よろしいんですか?」
てっきり、もっと怒られるものと思ってたので少し拍子抜けだ。最初の傍若無人な態度の印象が強すぎて、本来の彼という人間をまだ掴みきれていない。
むしろ懐の深さと対処の仕様が本当に子供なのか?という気さえしてくる。
「ああ。…長い付き合いになる、こんなことで仲違いしたくない」
「…長い、付き合い…?」
「…病み上がりに悪かったな。じゃあ、またな」
私の疑問には答えず、謝罪という用事の済んだ彼は颯爽と帰っていった。
…なんだろう、なんか大変な一言を残して行った気がするんだけど、、…というか…
「(…名前、聞けなかった)」
謝ることができてすっきりしたような、けれどなんとなくもやもやしたような…そんな気持ちだけが残されたまま、私は彼の出ていった応接室の扉を見つめていた。




