十五話 うさぎさん、あなたとんでもない事になっているわよ?
うさぎが気を失った。
黒いモヤのようなものが、雨みたいに降っている。
それは地面には落ちない。
うさぎの身体にだけ、突き刺さっていた。
「う、うさぎ、どうなるの……?」
声が震えた。
リンクは答えない。
ただ、歯を食いしばって、何度も何度も杖を振っていた。
「ヒール! ヒール! ヒール!」
傷が塞がる。
次の瞬間、また黒いモヤが突き刺さり、血が噴き出す。
うさぎが、気を失ったまま小さく呻いた。
「リンク!」
「大丈夫だ! 俺が死なせねえ!」
リンクが怒鳴った。
怒鳴ったのに、泣きそうな声だった。
「うさぎは死なねえ」
直哉は、泣いてる私を抱きしめ強く言った。
しかし、直哉の手は震えている。
ヤダ……。
ヤダ…。
ヤダ。
ヤダ!
うさぎが死ぬなんて絶対にヤダ!
でも、私に出来る事は何もない。
直哉を抱きしめ泣くしか出来ない自分に苛立った。
◇
涙で滲む視界の向こうで、空間が歪んだ。
キンッ!
細い剣が振り下ろされる。
おじ様が、それを咄嗟に受け止めていた。
「やるな人間」
その声に反応して、おじ様は後ろに飛び退いた。
その歪みから、真っ黒な髪を腰まで垂らした、細身の女が現れた。
手には、細い剣。
笑っているのに、目だけが笑っていなかった。
「エマネ、アンドゥルを」
「はっ」
そう言うと、エマネとアンドゥルの姿が歪み、消えていった。
おじ様は、アンドゥル達には見向きもせず女剣士を睨んでいる。
「一つ手合わせ願おう」
女剣士は、そう言うと片手で構えた。
「分かった、俺の名は」
「あははは! 虫ケラの名など聞く気もないわ」
「そうか、ならばお主を切り捨て、名を置いて行くとしよう」
「愚弄するか!」
「参るぞ? 避けろよ?」
「人間如きが」
一瞬だった。
ダンっ!
地面を蹴る音が響いた時には、女剣士の懐に入っていた。
ギィィン!
音が響いた瞬間には、女剣士の手から剣が地に落ちていた。
おじ様は、剣を女剣士の喉元に突きつける。
女剣士の目が、大きく見開かれた。
恐怖ではない。
怒りでもない。
その瞳に浮かんだのは、歓喜だった。
「……名を」
おじ様は剣を収め、女剣士は、片膝をついて頭を下げた。
「名は、伊藤一刀」
「いとういっとう……。いっとう様、この命差し上げます。お好きなようにお使いくださいますよう」
「ははは! 命はいらぬ」
「何を申されます。この命、あなた様の為に」
「ならば……共に剣を鍛えようではないか? それでどうだ?」
「我が名は、レイヴィル・ハラル。我に剣を……何卒」
「分かった。これより、レイと呼ばせてもらおう」
「はっ! ならば、陛下にここを離れる旨、伝えて参ります」
「待て」
おじ様が言った時には、女剣士は姿を消していた。
やっと、辺りが静かになった。
おじ様は、周囲を見渡すと、私達の方に歩いてきた。
「うさぎちゃんはどうだ?」
おじ様は、心配そうな顔でうさぎを見つめる。
「だいぶ、黒いモヤが出なくなってきた。もう少しで止まるはずだ」」
リンクが大量の汗をかいて、おじ様に言った。
確かに、リンクの言う通りに黒いモヤが出なくなってきている。
少しだけ安心した。
うさぎの事を考えた時、安心したはずなのに今度は別の怖さが胸の奥から湧いてきた。
「直哉、ありがとう」
「ああ、大丈夫か?」
「うん」
直哉は、一回だけ私の頭を撫でて、私から離れた。
「ねえ、うさぎは危ないと思う」
「死なせねえって言ってるだろ!」
リンクが叫んだ。
その時、ふと思ったことがあったけど、話を続ける。
「違うの、うさぎ後先考えずに行動するじゃん? 蜘蛛の時、お城の時、そして、今回も……。 ねえ、盗むスキル使わさないようにしないと、いつか絶対に死ぬよ? 多分何も考えないで行動してる、うさぎって馬鹿なんだと思う」
「でもよ、うさぎが黒いの盗まなければ、俺達死んでたかも……。あんなスキル見たことないし」
「お城の事忘れたの? あれだけの速さで、教会まで逃げれたんだよ?」
おじ様が、「おっ?」と声を出した。
黒い矢の様な物は現れなくなり、うさぎにも変化が見られなくなったけど、リンクはヒールをかけ続けていた。
おじ様がリンクの肩を叩きながら声を掛ける。
「お疲れ、もう大丈夫だ」
その声と共に、リンクはへたり込むと荒く息をする。
滝のように汗が吹き出していた。
「もう、限界だ。はぁ……はぁ……」
「お疲れー」
そう言って、頭を撫でた。
直哉も、リンクの肩を叩いて笑ってる。
うさぎは、とても健やかな顔をしていた。
もう、大丈夫だという安心感はあった。
しかし、ムカッ! ムカッ! ムカツキ!
皆に迷惑ばかりかけて!
こんなに心配かけて!
「皆、うさぎの裸見ない! 殴るよ?」
と言うと、三人は無言で後ろを向いた。
ははは。
その姿がとても可愛いく見えた。
うさぎに跨がって、うさぎを見下ろす。
いっつも、勝手な事ばかりして!
この。
この。
この!
バチーンッ!
うさぎの頬から、ビンタの音が響いた。
「この! 馬鹿うさぎいい!」
◇
「痛ぁぁぁい!!」
頬に、痛みが走って目を開けると……。
華菜が覗き込んでいる。
「何で、ビンタされなきゃ」
「あんたが馬鹿だからでしょうが! それよりも服!」
「ぎゃあ」
すぐに、ウィンドウを開いて、シーフをなぞった瞬間に、服が換装された。
「もういいよ」
華菜が言うと、リンク、直哉、おいちゃんが私を見た。
華菜が怒って言ってきた。
「盗む禁止! 絶対禁止!」
「いや、でも」
「でもじゃない!」
華菜が私の鼻先に指を突きつけた。
「今度やったら、本気で怒るからね!」
「もう怒ってるじゃん」
「私の本当の怒りを見せようか?」
その時だった。
空間が、六つ歪んだ。
現れたのは、六人の魔族。
全員が黒いローブを着ていて、顔は見えなかった。
「アンドゥル様を傷つけた罪」
「エマネ様を辱めた罪」
「魔王様の城を荒らした罪」
「万死に値する」
六人が同時に手を上げた。
足元に魔法陣が浮かび上がり、六人の中央に魔法陣が移動すると、六つの魔法陣が重なり合った。
巨大な一つの魔法陣を形成してゆく。
空気が振動している。
小さく、キィィィンと音が鳴った。
「やばい!」
「逃げようよ!」
「無理だ! 間に合わない!」
「俺に任せろ!」
おいちゃんは、剣を手にかけそう叫んだ。
私の体は、無意識に動いていた。
『疾風』を発動すると、上空に跳ねている。
「うさぎ!!」
華菜が叫んだ声が聞こえた気がした。
上空から下を見下ろす。
その時、魔法陣が完成したのか、一際大きな音が鳴り響く。
ギギギ!
「六重魔導式、黒天葬――」
魔族の魔法の根幹を!!
イナが言っていた、『盗む範囲』の使用!
発動準備で、マップの様な物が現れた。
魔族六人、華菜達四人が照準に入っている。
使用対象を選択。
すぐに、魔族六人をなぞる。
決定/キャンセル
決定を押すと、『発動』のボタンがでた。
発動を押した時だった。
「送!」
魔族六人の声が響く。
魔法陣の上から、赤い一筋の光が魔法陣を貫こうとしていた。
チラッと華菜の姿が目に入る。
直哉が華菜に覆い被さり、おいちゃんがリンクの頭を押さえて、皆伏せていた。
「魔族の魔法そのものを体内からうばえ!!」
瞬間に、右手に六つの赤茶色の長細い六角形の水晶の様な物が浮かび、右手に吸い込まれるように消滅した。
そして、巨大な魔法陣も消滅する。
六人の中央に、私は着地をすると、華菜達が立ち上がり、私の元まで走り寄ると身構えた。
「うさぎ、盗む禁止って言ったでしょ!」
「我等に何をした! 人間!」
おいちゃんが剣を抜いた。
「相手つかまつる」
おいちゃんが言うと、六人は魔法詠唱に入ったけど、様子がおかしかった。
「おい! 魔法の核がなくなっているぞ!」
「何だと!」
六人が慌て出した時、おいちゃんが踏み込むと、六人は逃げる素振りを見せた。
「レイヴィル様でも勝てない相手に我等が」
「あれ? テレポートできんぞ!」
「走れ!」
六人は、そう言うと、背を向けて走り始めた。
おいちゃんは、やれやれと言い剣を収めた。
「ねね。盗んだのに、何も起きないよ? もう大丈夫!」
私がそう言うと、皆、私をジロジロと見て、無言になった。
「あのね、うさぎ……。とんでもない事になっていると思う」
「え?」
「だな、うさぎ、とんでもない事が起きているぞ?」
「浪漫だな」
「うわははは! これは傑作じゃ」
「え、何? 怖いんだけど」




