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プロローグ:安ワインとバグった女神

神聖ローマ帝国を模した世界観の神聖アトリウム帝国に転生した主人公ユストゥス・シェーンアッカーの物語。

いわゆる中世欧州風の時代にシェーンアッカー領は異質の発展を遂げてる。

帝都の士官学校を卒業し領都に戻り領主を代行するユストゥスの日常

「貴方はいつも私のモノを欲しがるね」

傍らから伸びた白磁のような指が、私のグラスを絡め取る。

「だって、あんたの方が美味しそうに飲むんだもん」

悪戯っぽく微笑み、彼女はあえて私の唇が触れた縁に己の唇を重ねた。

数年前、私の前に突然現れた「彼女」。その女神のごとき美貌は、月日が流れても一切の衰えを知らない。神秘の体現、あるいは美の極致。普通なら男が一生を捧げて跪く場面なのだろう。

だが、私に関してはそれがない。断じて、ない。

**「無い寄りの、無い」**なのだ。

私はため息を隠しもせず、新しいグラスに安ワインを注ぎ足す。視界の端では、彼女が我が物顔で私の酒を喉に流し込んでいる。意識の外に追い出そうとは努めているが……やはり**「裸にエプロン」**というのは、目のやり場に困る以前の問題だ。設定として、あまりに致命的なバグではないだろうか。

今夜もまた、私――ユストゥスは、後悔と安ワインの渋みを静かに噛み締める。

シェーンアッカー領の「生存戦略」

翌朝。シェーンアッカー男爵領の朝は早い。

我が領地において「肥満」は敵だ。特に、精神的な肥満――すなわち「怠惰」は万死に値する。ゆえに領民のスケジュールは、極めて合理的に組まれている。

早朝から10時までは学習と鍛錬。10時過ぎの昼食後には一時間程度の「午睡シエスタ」という贅沢を挟む。そして午後は労働。業種による前後はあれど、このお昼寝と、就寝前の摂生はセットで推奨されている。

「寝る前に食い過ぎれば太る。太れば動けなくなり、動けなくなれば死ぬ」

極めてシンプルかつ強固な生存戦略だ。

そして目覚めと共に朝食を摂り、向かうは「健康排便」の儀である。

ここのお尻拭き――藻類シートの超ソフト仕様は、控えめに言って神の御業に近い。慣れれば何事も陳腐化させてしまう人間の脳ですら、この毎朝の快適さだけは、日々「最高」が更新されていく。

用を足し、ボタン一つで便器を覗けば、排泄物は瞬時にパッケージされ、シューティングゲームの如く処理の彼方へと消えていく。ポットン便所という名の非文明的悪夢とは無縁の極致。ひいおじいさんが遺した遺産。

一度この爽快感を知れば、帝都の華やかだが不衛生な暮らしに戻るなど、私には到底不可能だった。

影の免疫細胞:神の見えざるインビジブル・ハンド

領主の嫡子である私にとっても、朝は自己を律する時間だ。

肉体を研ぎ澄ました後は、学習――という名の、**諜報機関『神の見えざるインビジブル・ハンド』**から届けられた報告書の吟味に入る。

「シェーンアッカー領に神は必要ない。我々の運命は我々の手で制御する」

その不遜な意志を冠する組織がもたらす情報は、領内の「精神的肥満」を防ぐ免疫機能であり、外部からの侵入者を食い殺すマクロファージ(食細胞)だ。

今朝の報告には「海賊による略奪」があったが、既に処理済み。犯人たちは迅速な報復――具体的には「チョンパ」を中心とした処断を受け、既にこの世にいない。あるいは「ある部分」をカットされ、生殖という名の未来を断たれている。

私は再発防止のため、周辺治安維持部隊の機動力強化をログに書き加えた。

ポセイドンと馬、あるいは「コスト」という名の壁

ポセイドン。今では海の神として知られる彼は、かつて「馬の神」という別の顔を持っていた。

草原を疾駆し、風を御した民が海へ至ったとき、彼らは凪いだ内海に何を観たのか。

陸送を遥かに凌駕する物資を運ぶ船。その航跡に、彼らはかつての相棒である馬のたてがみを幻視したのかもしれない。

だが、面白いのはそこからだ。

彼らは船を馬に擬したのではない。揺らぎ、巨大な質量を押し流していく「水」そのものに馬を観た。船が移動するのではない、水が荷を、人を、運んでいくのだという感覚。

この「流動性そのものを御する」という万能感こそが、遠方の草原文明による苛烈な侵略を可能にした。彼らは移動手段を「翻訳」することで、物理的距離という壁を破壊したのだ。

だが、神話の輝きが消え、統治という日常が始まれば、別の真理が顔を出す。

物理的距離とは、すなわち「格差」を正当化する構造そのものだ。

ポセイドンの神速をもってしても、武器や食料を運ぶには距離に応じた「輸送費」――あるいは血税が付きまとう。距離を隔てれば、パンの一片すら金貨に化ける。

そうなれば、計算高い輩はこう考える。

「届くのを待つより、近くにあるなら奪ってしまえ」

彼らにあるのは損得の天秤だ。輸送業が対応に売値を上げれば、沈黙という断念が訪れる。「困っている人を助けて」などという理想論は、その経費と距離の前に無力だ。

 ポセイドンの馬がどれほど速くとも、「コスト」という名の溝は埋まらない。その空白こそが格差となり、システムを内側から食い破る火種となる。

この冷徹な算式こそが、私の一族が受け継いできた世界の真実なのだ。

 (アフロディーテが、神話を紐解けば、凪いだ海だって? 無いよりの無い。無いの海か? ……)

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