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こうして罪は贖われる



天井の開けた馬車の中で、真っ白なベールを被り、マリーは真っ青な顔で教会に引っ立てられていた。

晴れの日だ。

よき日、よき日和、よき時勢に、マリーはしあわせな花嫁として嫁ぐことになった。

たとえ、その婚姻が、かつて祖先が犯した罪を贖うためのものだとしても。

求められているものが、高貴な青い血を、神に連なる尊貴な血筋を、限界まで煮詰め、最も濃度を濃くしたその果てであるとわかっていたとしても。

この婚姻は晴れがましいものでなければならない。それが贖罪であり、それが我々一族の贖えるもの全てであると。

理解しなければならない。許容しなければならない。諦め、受容しなければならない。

吐き気を催すような、家畜にも似た扱いの、その末路であると理解していてもだ。優良を選別し続け、残ったもの全てを明け渡すことで、やっと許される罪禍だったのだ。

よくもこんな禍根を残したものだ。よくもこんな、刑罰を考えついたものだ。

マリーの先祖の女は、よほど深い恨みを買ったのだ。その代償は、あまりにも高く付いた。高貴な一族の恨みを買うとはこういうことだ。死ぬよりもひどい、我が一族は死に絶えたほうがマシだった。

マリーの介添えを務める父の顔は凍りつき、マリーの腕に添える手の温度は氷のように冷たい。


父がやっと先祖の罪禍を清算できると、わかった日、その事実を知った日は、誰も口を開かなかった。マリーの婚姻にかかる費用は、全て公爵家が持つという。その金額は、借金の残り金額とぴったり一致していた。こうして、晴れて一族の罪禍は贖われた。


煮詰められた血筋の、悍ましい成れの果てとして、マリーは買われていく。おそらく、生まれたマリーの子供は、王族に血を戻すために使われるのだろう。神の血など、糞食らえだ。


公爵家の預かりとなったマリーの顔を父が見たのは、結婚儀式の挙行される日の、朝のことだ。

久方ぶりの再会に、父は何も言わずにマリーを抱きしめた。父と共に公爵家まで赴いてきた母は、涙をこぼした。母の生みの親である公爵夫人の瞳は涙で濡れていた。兄は、苦虫を噛み潰したような顔で、一堂から少し離れた場所でマリーのことを見ていた。

レクザンスカの家の人間が揃ったが、誰も彼もが口重で、処刑の順番を待つような、そんな重苦しい雰囲気だけが横たわっていた。

公爵家の人間が、煮詰めた血を貰い受けてはじめて、罪は贖われるのだ。マリーはその生贄の仔羊だった。首を切られ、丁寧に血抜きをされてから、彼らの待つ卓上に上がる。





父とマリーは硬い顔で馬車を降り、結婚の誓いを行う聖堂の内部へ足を踏み入れた。明るい屋外から、暗い室内へと入った瞬間は、明暗順応で視界が失われる。ゆっくりと戻り始めた視界の中、青い顔の父は少しばかり俯いていた。

マリーはベール越しに、聖堂の中に立ち並ぶ賓客に目を走らせた。薄く微笑みをした彼らは、間違いなく、この国の中枢に座する面々だった。

高貴な血を守り、弥栄にこの国を支え続け、そしてその血を繋いでいく。彼らは、間違いなくこの結婚を寿いでいる。煮詰まり切った、神に連なる血を齎す、哀れな女の胎から生まれる子供を幻視するのだろう。

口の中が、俄かに酸味を知覚し始めた。いがいがとした違和感が、喉を刺激する。

進もうとしない足を叱咤して、無理やり前進すると、父も慌てて歩調を合わせてくれた。ゆっくりと聖堂の一番奥で待つ、花婿の元へと歩いていく。

一分、一秒でも遅く進みたい。

できるなら、このまま踵を返して帰りたい。家に戻って、ああ次の仕事をどうしよう、とそんなことを考えていたい。

現実の足は、ゆっくりと聖堂の奥へと進み続け、ついに花婿の元へと辿り着く。

辿り着いてしまう。

ぎゅう、とマリーは介添えの父の腕を強く握った。


「さあ」


花婿から、手を差し伸べられる。

その表情は、それは美しい微笑みだった。白皙の顔に、穏やかな微笑みをして、白手袋に包まれた手を、マリーに差し伸べている。その優しげな微笑みに、マリーは心底ぞっとした。父の腕を手放したくない。しかし、手放さないのは不自然だ。

固まった指を引き剥がすような心持ちで、マリーは父の腕から手を離した。冷え切ったマリーの手を、花婿が取る。そっと壊れものでも扱うような力加減で引かれて、マリーは従容と従った。

首を、柔らかな手で絞められているようだ。

聖堂の奥、神の御許では、神官が柔らかな顔つきで、二人を待っていた。神の名の下に、二人が夫婦になることを宣誓するために。

緩やかに窒息するような、穏やかな日の下で、マリーは愛を誓うその瞬間を迎えた。

唇は緊張で張り付き、目の前は揺れて、とても正気では立っていられそうになかった。

マリーは夫となる男の誓いを、聞き馴染みのない異国の言葉のように聞いた。まるで、知らない言語で下される、死刑判決のようだった。マリーは張り付いた唇を無理やり開き、痛みを覚える喉から、その返事となる言葉を、自分でもよく理解できないまま、吐き出した。

もはや心のうちは凪いでいた。諦めが、マリーの舌を動かしていた。






永遠の愛の誓いは、やっと終わる贖罪への署名だった。



借金ゼロになったので、この話はこれで終わりです。めでたしめでたし。

短い間ですが、お付き合いいただきありがとうございました!

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