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魔王を倒すはずの聖女ですが溺愛されて封印されました  作者:


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第13話:聖女の力を失う日

 ルシリオンの腕の中で、セレナはそっと目を閉じた。

 その温もりが、いつの間にか怖くなくなっていた。


「ルシリオン……」


 彼の名前を呼ぶと、彼の腕がわずかに強くなるのがわかった。まるで、もう二度と離さないと言わんばかりに。


 ーーその時だった。

 静かだった空気がふっと変わる。

 まるで何かが、抜け落ちるような感覚ーー。


「……え?」


 セレナは不思議に思い、自分の手を見つめた。

 今まで、どこか体の奥に流れていたはずの力が、すっかり消えている。


 聖女の力がーー完全に、なくなった。


「まさか……」


 自分の中にあったほんのわずかな聖女の力も、もうどこにも感じられなかった。


「どうした?」


 セレナの異変に気づいたルシリオンが、心配そうに顔を覗き込む。


「……私、もう……完全に、聖女の力を失ったみたい」


 そう呟いた瞬間、ルシリオンの目が驚いたように揺れた。


「本当か?」


 彼はそっとセレナの頬に手を添えた。

 セレナの鼓動が、少しだけ早くなる。

 ルシリオンの瞳が細められ、ふっと安堵の息を漏らした。


「ーーようやく、ちゃんとお前に触れられるな」


 そう言って、彼は迷いなくセレナの頬を包み込みーーゆっくりと、唇を重ねた。


「っ……!」


 一瞬、驚いて目を見開く。

 今まで、幾度となく彼に触れられてきた。だが、それはどこか慎重で、どこまで触れられるか探りながらだった。


 だけど、今はーー


 ルシリオンの唇が、優しく触れている。

 熱を持った肌が、離れることなくしっかりと繋がっていた。


(ああ……)


 ようやく、本当に彼を感じることができた。

 それが、たまらなく嬉しくて、胸が熱くなる。

 そっと目を閉じると、ルシリオンがさらに深く口付けを落とした。

 まるで、今までの距離を埋めるようにーー何度も、何度も。

 長い口づけのあと、彼は名残惜しそうに唇を離した。


「……ようやく、お前に口付けることができたな」


 低く囁く声に、セレナの顔が熱くなる。


「ばか……」


 かすれた声で呟くと、ルシリオンは満足そうに微笑んだ。


 だがーー


「……あれ?」


 セレナはふと気付いた。

 ルシリオンが自分に触れられるということはーー他の魔族も、もう問題なく触れるということだ。


「……ルシリオン?」

「なんだ」

「もしかして……他の魔族の人たちも、私に触れることができるようになったの?」


 その瞬間、ルシリオンの笑みがピタリと止まった。


「……」

「……ルシリオン?」


 彼の表情が明らかに不機嫌になる。


「……気に入らんな」

「え?」

「お前に触れられるのが、俺だけじゃなくなるのが」


 呟く声が、僅かに低くなる。


(もしかして……嫉妬してる?)


 セレナは、思わず笑ってしまった。


「大丈夫よ、ルシリオン」

「何がだ」

「私は、あなたにしか触れられたくないから」


 そう言うと、ルシリオンの目が驚いたように見開かれた。


「……本当か?」

「本当よ」

「なら……誓え」


 彼の腕が、ぎゅっとセレナの腰を抱き寄せる。


「俺以外に触れられるつもりはないと、誓え」

「ふふっ……誓うわ」


 セレナの誓いに応えるように、ルシリオンはそっと彼女の頬に触れた。


「……お前は、もう聖女じゃない」


 その言葉に、セレナはわずかに眉を寄せた。しかし、否定の意味ではない。自分がかつて聖女だったことを、今この瞬間、確かに過去のものとして認識したのだ。


「それでも、俺はお前を手放さない」


 ルシリオンの低く響く声が、闇に溶けるように広がる。

 セレナの瞳が揺れた。


「お前はもう、聖女と呼ばれる必要はない。聖女という呼び名は、お前が背負っていた枷のようなものだったのだから」


 その言葉に、セレナは小さく頷いた。彼女はもう、王国の人々の希望ではない。ただの一人の人間として、彼のそばにいる。


「だから……お前だけに許す俺の名を、お前に与えよう」


 ルシリオンは、セレナの髪を指で梳くようにしながら、彼女の耳元に囁いた。


「セレナ、お前だけに許す名だ。ーー俺を『ルシル』と呼べ」


 セレナの瞳が大きく見開かれる。


「ルシル……?」


 その響きを、口の中で転がすように、ゆっくりと確かめるように呼んだ。

 ルシリオンは満足げに目を細める。


「お前だけが、そう呼んでいい」

「……どうして?」


 セレナは問いかける。


 ルシリオンの指が、そっと彼女の顎を持ち上げた。


「それが、俺からの誓いの証だからだ」


 静かな夜の中、二人だけの世界が広がる。


「お前が俺だけに触れられたいと言うならーー俺も、お前だけにこの名を許す」


 それは、まるで誓約のようだった。

 セレナは、しばし言葉を失った。

 彼の瞳が、自分だけを映していることに気づく。

 その名を許されたことで、自分がこの魔王にとって特別な存在になったのだと、強く実感した。


 セレナはそっと微笑んだ。


「……ええ、ルシル」


 そう呼ぶと、ルシリオンの表情が一瞬緩み、すぐに満足げに微笑んだ。


「いい子だ」


 ルシリオンは、再びセレナの唇に口づけた。

 誓いを深めるかのように。


「……ルシル」

「ん?」

「私、魔界であなたと生きていくわ」


 セレナの真剣な瞳に、ルシリオンは静かに目を見開いた。

 そして、すぐに優しく微笑む。


「そうか」


 それだけ言って、彼はセレナを抱きしめた。

 力強く、けれど優しくーーまるで、彼女の決意を受け止めるように。

 セレナはそっと目を閉じ、その温もりに身を委ねた。


 ーーもう、迷わない。私は、ルシルと共に生きる。


 聖女の力が消えた証。

 深く、静かに。

 お互いの存在を確かめるように、誓いを交わすように。


 夜の闇が二人を包み込み、冷たい風が頬を撫でる中、二人の心はただひとつに結ばれていた。

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