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花盗人  作者: 楠ゆう
2章 流星の燈

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7/7

1。燕の巣 #1-1

           久梨原香…自宅。

 家に着いた。


 疲労感にものを言わせず、玄関をドッと開け無言で家の中に入る。すると帰ってきたことに気がついた母が、「おかえり」とだけ言った、僕の方へは顔を晒さず背中だけを見せて何か紙に書いてる。コツコツと乾いた音が耳を撫でる、薄暗い空気と部屋で視認できない壁越しで。


 「何してるの」


 (ほう)けた声で言う。気になって聞いてしまった、横には封筒とか、暗くてなんて書いてあるかわからないのがたくさんある。凝らして見れば漢字が多いことだけはわかった。けれども母は応えてはくれなかった。要は無視されたんだ。


 昨日は残りの遺品整理をしてた、高そうなものは全て祖母が持っていってしまったけど、写真とか靴とか服とか、集めてた本とか。段ボールに敷き詰めていた。僕は、見てるしかできなかった。衰弱し切った母から近づかないでと言うような雰囲気が漂っていたから。


 「休んで」なんて言えればよかったのかな、肩に手をそっと置いて疲れたよねって言えたら救えたのかな、怖くて言えなかったけど。


 最近では徐々にマシになってきているけど、以前の母はヒステリック気味で、少しピリピリしていた。仕方が無い、最愛の父を亡くしてしまったんだから、その最後を看取れなかったんだから。父が他界した連絡を受けた時、母そっと僕を抱きしめてくれた。「お父さん、遠くに行っちゃったって。」その時が最後だった、母が抱きしめてくれて、優しい言葉をくれたのは。


 それ以降の母は、少し怖かった。今は特に何にも。


 忙しそうだったし、好き勝手言ったらボコボコにされそうだったし。


 学校のことも話せなかった。負担になると思ったから、今でさえ忙しく負担も大きくて疲労と隈がすごい母に、僕は何も口にできやしない。迷惑でしかないそんな話、僕だって疲れてる時に聴かされたくなんかないさ、暗い話なんぞ。


 じっと後ろ姿を凝視していたら母が視線に痛く勘づいたのか、それとも思い出したのか僕へ一言投げかける。


「あぁ、香、ご飯そこにあるやつ勝手に食べて、お弁当買ってあるから」


「わかった」と空気を逆撫でせぬよう、そっと頷いた。


 コンビニの袋の中に、お弁当が一つだけ入ってた。冷えた安物の惣菜弁当、母の分はと少し考えてしまったが、そんなの聞ける勇気はない、だから受け取るしかないのだ。感謝して食べよう。


「ありがと」


 母は僕を見てもくれなかった、ただ一点、紙だけをずっと一点に見ている。僕よりもその紙の方が大事なのか、と寂しく悟る。


 僕は静かに部屋に行って通学カバンを脱ぎ捨てる。いつまでも背負ってるから肩がヒリヒリする。下着が肌と一体化してしまうほどの圧力が一気に解放され、開放感が半端じゃない。もうこのまま寝転がって熟睡したい。


 放り投げた鞄をそよに僕は机へ座り合唱をする。


「いただきます」


 誰もいない、僕以外。その部屋の中で小さく声を出した。静まり返る部屋は虚しく、世界に僕だけになったかの様な静寂が立ち込めている。なんて言うんだろうか。辛いのかな。今日のこと、昨日のこと、父のこと。帰りの怕竹さんとの出来事、全てを洗いざらい思い出す。


 冷たい弁当の開ける、デミハンバーグ弁当、白飯の上に安っぽい梅干しが乗っかり、オレンジ色のナポリタンの横にはブロッコリーがあり、それらを押し潰すかのようにデカデカとハンバーグが乗っかっている、小さなポケットにはポテトサラダが乗っかっており、僕はそれをまず一番に手に取るのだ。これが一番好きだから。割り箸で器用にポテトサラダを取り一気に口の中へ舌の上へと転がす。


 ジャガイモの甘味とマヨネーズの酸味、きゅうりと人参の食感が口いっぱいに広がる、これが何より僕は好きだ。美味しい、美味しいんだ。美味しくてたまらない、


 「ぐすっぐすっ…」


 泣いてしまった。左で持っている箸を弁当の傍に起き、涙を指で掬う。


 「なんでかなぁ、」


 鼻水を啜り唱える、助けがほしいのだ。僕が大人なら泣いたりしないのに、大人になりたい。カーテンの後ろで三日月が光ってる。


 欠けた月が僕の心みたいだ。心象風景を表すかの如く、ポッカリと空いた月が煌々と燈が衒ってる。街の賑やかな灯りに負けないぐらいしっかりと光って空から見守っている。


 そっと手を伸ばす。カーテン越しの月に、そこに父がいるのではないかそう思ってしまった。いるはずもないのに。いるのはうさぎか宇宙人だ。


「父さん、……」

 その日は、何度も父さんの名前を呼んだ、応えてはくれないのに。


 箸を手に取り今度はハンバーグをつかむ、丸々一個を箸で割らずに大きな口を大胆に開けてかっ食う。口の周りに大量のソースがつくがそんなん気にしない、誰も見てないんだ。僕だけだもん。


 次はご飯と一緒に食べる、まずはハンバーグを口に入れ、次にご飯をぶち込む。カピカピのご飯の存在がデカすぎる、主張が激しいとでも言うのか、柿らかにハンバーグを払い除けて仁王立ちしている。


 十分ほど経過し食事を終え、椅子にへばりついている。僕は机の上に乱雑に置かれた本を手に取る「水彩画と孔雀」という小説、生きてきてそれほどたくさん本を読んだわけじゃない十冊読んだか読んでいないか、それぐらいだが、その数少ない中で最も好きな本。なんというか、感動するんだ、目標を持った少女が夢に向かって走り続ける様子が色濃く記されている。それが何とも綺麗で、深く心に突き刺さった。


 そっと開き流し目を送る。好きだ、この本の主人公は人生を生きている。進んでいるんだ、だから好きなんだ。愛しているんだ。鼻水を啜りページを捲り行く、昔は本が嫌いだった。誰かの人生を覗き見しているように思えたからだ、だけど今は違う、人の人生を俯瞰的に二人称、三人称、一人称でじっくり楽しめる、こんなにも心踊らされることは今までなかった。著者が記した人生の一つを、後をも妄想して、エピローグを後日談を孰考して、考察して。普段は考えることは苦手でも、本についてを考えるのは、心地がいい。


 七ページほど読んで、僕はその本を閉じ机へ置いた。気がつけば、涙は枯れてどこかへ逃げてしまった。欠伸と共に背伸びをして僕は椅子から立った。


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― 新着の感想 ―
あとがきが…… 気づかいまくって会話できないのは寂しいし悲しいです。 誰かの作った世界はどんなものでも、とてもあたたかいですよね。
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