4 俺の気持ちはまだ知られたくない。
「幸奈ちゃん。お出かけ?」
「はい。達也くんが良くんと映画観た後に一緒にお昼食べる約束してるんです」
「そうなんだ。俺もついて行っていい?」
「え?」
「ちょっと用事があって」
幸奈ちゃんの顔にははっきり迷惑と書かれていたけど、俺は気にせず押し切った。
彼の気持ちにまったく気づいていない、鈍感な弟はきっと幸奈ちゃんと二人で昼飯の約束をしているのだろう。彼が一人で取り残される。そんな彼を見てみたい。
変態チックと思いながらも、彼の傷ついた顔を見ると気持ちが高まるので仕方ない。あの長い睫毛が伏せられ、涙なんか流した瞬間を見たら、俺は昇天してしまうかもしれない。
流石にうちの弟は鬼畜じゃない、単に彼の気持ちを知らないから、彼に対して失礼な態度を取るのだろう。幼馴染という甘えもあるかもしれない。
彼も自身の気持ちを伝えることはしないだろう。
俺だって、自分がゲイであることを家族には打ち明けられないんだ。
彼が達也に気づかれるような真似をするわけがない。
俺の予想は当たり、置いてけぼりになり悲しみを必死に堪える彼の表情が見えた。一瞬だったけど。
彼はすぐに微笑みを作るから。
俺みたいに。
珍しく弟がうまい提案をしてくれて、彼と二人でお昼を食べに行くことになる。
最初の出だしがよくなかったのか。
転びそうになった彼を少し強く掴み過ぎたかもしれない。
彼が俺に対して一線引いてる気がする。
だけど気持ちを伝えるわけにはいかない。
俺はずっと彼を見ていたけど、彼はそうじゃない。
達也の兄にすぎないし、会話したのも両手で数えられるくらいだ。しかも当たり障りのないつまらない話だ。
だから、俺は達也の兄として、微笑みを浮かべる。
途端、彼の緊張感が緩む。
少しイラっとしたが仕方ない。
彼は弟が好きなのだから。
「じゃあ、ドリンクバー行ってきます。和一さんは何か飲みますか?」
「あ、俺は自分で取りに行くから」
ペコリを頭を下げて、彼はドリンクバーカウンターへ向かう。
小学生の時に、彼は虐められていて、達也がそれを止めた。それから彼は弟にべったりだ。
達也は面倒もいいし、彼もべったりと言っても節度を持っている。
だから、二人はいい幼馴染であり続けた。
もし、達也が俺と同じ性癖であったなら、きっとすでに手を出していただろうな。
達也はああ見えて、手が早い。
幸奈ちゃんにはキスくらいは既にしているだろう。
それ以上は多分、待っているだろうけど。
さらさらの黒髪に、細身の顔。
華奢で、まるで小鹿みたいだなあと俺は思う。
可愛い。
彼と二人で食事。まるでデートみたいだな。
「いただきます」
コーラを片手に戻ってきた良くんは、本当にチーズハンバーグが好きそうなので、蕩けるような微笑みを浮かべて食べ始める。
これ、達也全然なんにも感じなかったのか。
まあ、男が性的対象ではないから、そうなのかなあ。
滅茶苦茶気持ち悪いと思うが、彼の食べてる姿を見てるだけでなんていうか昇天しそうになる。
「食べないんですか?」
「ああ、食べる。いただきます」
惚けてみていたら、訝しげに見られてしまい、慌てて食べ始めた。
ちょっと警戒し始めた気がする。
やばい、やばい。
達也の力を借りよう。
「このミートボールスパゲティは達也も好きな奴でさ、母さんが作ろうとするけど、いつも失敗するんだ」
「知ってます。達也が話してくれました。彼とここにきたら大体ミートボールスパゲティを食べてます」
「やっぱり?ここの旨いもん。俺も好き」
「本当ですか?兄弟って好みも似るんですね」
好きだけで大好物じゃない。
嘘はついてないな。
後、俺と達也は顔は似ているけど、好みは全然違う。
初めからぐいぐい行くと引かれるに決まってる。
だから達也の兄として、近い存在を確保したい。
頼られる兄みたいな?
そこから、進展させていけば……。
今すぐ彼の柔らかそうな手に触れたり、さらさらな髪に触れたい欲望を押さえ、俺は無害な兄を装う。
「今日の映画どうだった。俺も見たかったんだよね。『拳の誓い』。面白かった?」
「はい。とても面白かったです。達也も二回目だったけど、楽しんでてみたいだし」
「そうなんだ。じゃあさあ、良くん。俺と二回目観に行かない?なんて一人で観るのつまんなくて」
「えっと、あの」
「だめか?」
俺はできるだけ達也を意識して、良くんに聞く。
あいつが物事を頼む時の表情、声を意識。
今は好感度を上げることが先だし、映画館デートなんて最高過ぎる。
困ったときは藁にも縋るだ。
「は…い。いいです」
「やった!いつがいい?日程は良くんに合わせるよ」
「あの、えっと土曜日」
土曜日。
ああ、幸奈ちゃんの誕生日。
そういえば達也がデートするって言っていたな。夜は一緒にケーキ食うけど。
「あの、もしかして予定が……。幸奈ちゃんの誕生日ですもんね」
「いや、ないよ。幸奈ちゃんのお祝いは夜だし」
「そう、夜なんですね」
目を伏せて、切なげな良くん。
まじで色気たっぷり。
ああ、触りたい。
唇とか柔らかそう。
「じゃあ、土曜日に」
「はい」
俺がそう言うと、良くんは笑顔になった。
作り笑いじゃなかった気がして、嬉しかった。




