6.粘膜闘開始
スローモーションで回る粘膜メリーゴーランド。白馬も、馬車も、床も屋根も歯車も全てが粘膜組織と筋組織、骨や靭帯で出来ている。脈打つ血管がネオンサインのように飾り付けられて、肉腫が浮いて赤黒く光る。中央の台座には巨大な心臓が鎮座し、くるくる回る木馬の群れを睥睨する
その白馬の一つに横座りして、こちらに向かって満面の笑みで手を振るポリ子ちゃん。夏用の白いセーラー服に紺のリボン、下半身は濃紺のスクール水着、そしてなまめかしい黒いタイツがむちっとした太腿とお尻をきゅっと包んで余計に肉感を際立たせる。風に揺れるピンクのおかっぱ頭、白い素肌がふりふり動く
近づいて、微笑んで、遠ざかる。大好きな可愛いあの子は、いつもそうだ。僕の好きなあの子たちは、みんな一度は近づけたとしても……間近で微笑んでくれるのなんて、花柄の気分もまた一日のうちたった六秒、とはよく言ったもので
そんな微笑みも長くは続かずに、無情な粘膜木馬よろしく遠ざかりながらなおも手を振り微笑んで。そんな優しさが突き刺さるほど剥き出しの心は、いつかどこかへ忘れてしまったよ。そんな忘れかけていた温かさに満ちた心持ちを、君が揺り戻してくれたんだ
ポリ子ちゃん、君に出会えて本当に良かった。そして君は誰よりも可愛くて、誰よりも愛おしく、さっきより薄着になっている
彼女のセーラー服が消えて、白い素肌を包む濃紺のスクール水着が剥き出しになっている。胸の白いゼッケンにはマジックでポリ子と書かれている。おや、と思っているうちに、また微笑みながら遠ざかってく。反対側に回るとちょうど心臓や馬車で彼女の姿を一瞬だけ見失う。その一瞬の間に彼女の衣服が一枚消える
僕は生唾を飲み込んだ。彼女の裸も勿論見たい。そんなのエバって言えることじゃない。けど、実を言うと……もう一つだけ。彼女の、あのアイセンサー。あれが外れたところを見てみたい。彼女の瞳をひと目見たい。それとも、アイセンサーを外せばそこにも、このおぞましい粘膜組織と同じものが千切れたり垂れさがったりしているのだろうか。それでもいい。誰にだって粘膜は存在しているし、その粘膜を擦り合わせるために生きている
さあ、今こそ僕に全てを見せてくれ! 君の粘膜を僕に浴びせ押し付け包み込んでくれ!!
ポリ子ちゃんのスクール水着が消えて、すべらかな上半身が露わになった。乳房はわずかに膨らみを見せ、黒々とした腋毛が生い茂っている。それにも構わず、ポリ子ちゃんは満面の笑みで手を振り続ける。幸福と愉悦の真っただ中にいる、そんな微笑みを口元に讃えたまま、彼女が再度心臓の裏側に回り込む。そして一瞬の空白のち戻って来た木馬に横座っていたポリ子ちゃんはおもむろに足を開き、全裸になって僕に全てをさらけ出した
でかい……!
随分とご立派でいらっしゃる……風もなく木馬の回転と揺れに合わせてぶらりと振り子運動を繰り返す彼女のソレは僕より数倍は立派で長大な逸物だった
その衝撃と惚れ直しのインパクトを受けてか、急に台座中央の心臓が激しく脈打ち始めた。ググググゴゴゴ、と強く重たい振動を繰り出し、木馬が倒れて馬車が崩れた
ポリ子ちゃんは、ポリ子ちゃんは……!?
とメリーゴーランドに向かって目を凝らすと、心臓がいよいよ極限まで膨れ上がってパンパンになり、薄れた心室の肉壁から透けるように光の柱がひとつ、またひとつと走ってゆく。そして赤黒く鈍い光が白く鋭い閃光となって辺り一面を包み込んだ
やがて僕は猛烈な頭痛と耳鳴りに襲われた。マイクのハウリングやラジオのチューニングを失敗したような
キイィィィィィィィン……!
という、骨まで響くような高音が脳の奥で渦巻く心の方を射抜くみたいな鋭い痛み。目をこじ開けて強い光を浴びせ続けられているような、頭蓋骨の中を刺す痛み。これだ、まただ。また、この耳鳴りと頭痛だ……頭痛だ、頭が痛い! 頭が割れそうだ……!!
「頭……あたま……」
「う、ウノさあん……?」
激しく、脳髄の奥まで突き刺すような頭痛にうなされて目が覚めると愛しのポリ子ちゃんが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。アイセンサーの電光掲示板には泣きそうな顔の絵文字が右から左へ次々に流れ、両手をキュっと結んで祈るような形になっているのも含めて相変わらずの可愛さだ
この子の、この可愛い姿を二度と見られないというのなら僕はむしろ二度と目覚めてなどくれなくていいとさえ思う
漸く頭を上げて眩暈の名残る体を起こしたが、まだちょっと延髄の少し上、脳の奥深くがシクシク痛む。どうやらポリ子ちゃん特製の苦汁には回復効果があるらしい。が、副作用として幻覚も味わう羽目になるらしく多量に摂取するとそれだけガツンと来る濃いめのを見ることになるようだ
一体全体どんな材料を使って作られたのか知る由もないが、とにかく傷付いた体を癒す手段は今のところコレだけだ。大事に飲んで行こう
「寝言も言ってましてよ?」
「え、ウソ。なんて言ってた?」
「あたくしのこと、可愛い可愛いって」
「いやーそうかー」
「でもそのあと、で、でかい! って言ったっきり絶句してお目覚めになりましたの。一体何をご覧になったんですの?」
「え、あ、いや、ナニをって、まあナニを……」
しまった。アレも口に出していたとは。気まずい思いの渦巻く沈黙を破ったのはポリ子ちゃんだった
「ウノさん、あれ!」
「おお、駅だ!」
ポリ子ちゃんが指さす先には、車窓の遥か先。赤ぼったく黄ばんだ肉色の空と膿色の雲が躍る空の下で遠目でもハッキリわかるほどドクリドクリと脈打ち蠢く巨大な肉の駅が見えた。四角い巨大建造物、それ自体が生命活動をし新陳代謝を起こしながら生きたまま存在する。生存する建物だ
やがて列車全体がビリビリと震えるようにして、何処からともなく低く重苦しい声が響き渡って来た
「間もなく終点ターミナル。終点、ターミナルで御座います。この先、列車が止まりますとご乗車にはなれませんのでご注意下さい……」
「ターミナル……?」
「確かに大きな駅ですわねえ」
窓の外には無数の線路が集まり、合流や分岐を繰り返している。ムカデの群れのような線路を辿って行くと遥か向こうには巨大なクレーンやコンテナ船が並ぶ港湾地区が見える。なるほど、このターミナルは陸運と海運の拠点なんだ……しかし、と言うことはこの広大かつ巨大なターミナル全体が送り届けているのは、要するに全部この肉や血や骨……粘膜素材ってことなんだろうか。それは一体誰が、何のために……そしてこの世界を構築するこれらの粘膜素材は一体どこでどうやって調達されて来るのだろうか
この世界は、一体何なんだろうか。その手掛かりが掴めるかも知れない。あの巨大な粘膜ターミナルに行けば……
「間もなく終点ターミナル。終点、ターミナルで御座います。この先、列車が止まりますとご乗車にはなれませんのでご注意下さい……間もなく終点ターミナル。終点、ターミナルで御座います。この先、列車が間もなく終点ターミナル。終点、ターミナルで間もなくターミナル。御座います。この先、列車が列車が列車が止まりますとご乗車にはなれません、なれません、なれませんのでご注意下ささささささい……止まりますとご乗車には! なれませ! ん!! 間もなく終点ターミナル。終点終点、ターミナルで御座います。この先、列車が止まりますとご乗車にはなれませんのでご注意下さい……のでご注意下さい……のでご注意ぐざだいぐだざざざざぃぃぃぃぎぃぃぃぃぃゃやぁぁぁぁぁっぁぁあっああーー!
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! ぐっぐべ」
ブヅッ、と嫌な音を残して狂ったように喚き散らすアナウンスが漸く止んだ
「な、なんだ……!?」
「ウノさん、なんだか焦げ臭いですわ」
「え、あっホントだ」
いがらっぽく鼻の奥を酷く刺激する嫌な臭い、目にピリっと鼻にツンと来るようなコレは……ポタッ
ん?
ポッタポタ、ポタ……
んん??
ポタタタ……ジュゥ
「熱いっ!」
「ポリ子ちゃん!」
彼女が思わず漏らした野太く濁った声。振り向くと彼女の半袖セーラー服の肩口の辺りに小さな穴が開いて白く細い煙が立っている
「酸か!?」
「ウノさん、たぁいへん! 天井が、て、天井がと、溶けてますわよ!」
「ゲエーッ!」
強烈な酸の雨が肉や骨の粘膜材料で出来た車両ごと溶かそうとしている!? じゅわじゅわと黄色くて薄気味悪いあぶくをじゅくじゅくと立たせながら肉の車両がじわじわ溶ける。粘膜特急は終着駅を前に最期の時を迎えようとしているのだろうか
「ちくしょう、どうしよう!」
「ウノさん、この列車には貨物車も御座いましたわ! そちらへ向かいましょう!」
「よし来た! それだ!!」
言うが早いか二人そろって駆け出した。所々既に穴の開いた天井から酸の雨が降り注ぐ。それに溶けかけた粘膜組織も酸の雨を含んで垂れ下がったりボタっと落ちて着たりするので危なっかしくて仕方がない。僕とポリ子ちゃんはいつしかギュッと手を繋ぎながら、この強酸溶解粘膜逃避行を駆け抜けた。バラバラガラガラ! と崩れ落ちてくる天井の骨組み。鉄骨や木材ではなく文字通りの骨だ。白く透き通るような色と、黄ばんで頑丈そうな色をしたものとが組み合わさって肉付けされている。勿論文字通りの肉付けだ。それが周囲の肉や粘膜、脈打つ管などが溶けてしまったせいでいとも容易く崩れてしまう。溶けて穴の開いた管からは血のような体液を垂れ零しながらも動きを止めることは無く、時々何処からか地獄のような断末魔が響き渡って来る
激痛に身をよじりながらも止まることは許されず、ただ酸の雨を浴びながら走り続けることしか出来ない粘膜特急生き地獄。あのアナウンスはこの列車の自我で、そしてすでにヘッドクォーターは溶けて死んでいるのではないだろうか……ふと、そんなことを息が上がって熱くぼわんとした脳みその片隅で考えた
「キャァッ!」
その時、ポリ子ちゃんが思い切り何かに蹴躓いてバターっと倒れた。彼女の指先が僕の手を離れて、スーっと滑るように肉床に吸い込まれていく。両手をついて四つん這いになり、高く上がった丸くて形のいいお尻に酸の雫が命中した
「あっぢぃ!」
再び野太い悲鳴を上げるポリ子ちゃん。跳ね上がってピョンピョンしながら抑えたお尻が無残に赤く腫れてしまっているのが見える。濃紺の分厚いスクール水着も一瞬で溶かしてしまうほどの酸なのだ
「もうヤダぁーー!」
すっかり涙声のポリ子ちゃん。アイセンサーの表示も(> <)とカッコの中に不等号が並んで今にも泣きそうな表情を現している。全盛期のmixiか
「ウノさあん、うう……」
火傷した肩口をかばうポリ子ちゃんの夏服セーラーは無残にも半分以上が溶け始め、もはや彼女が着ているから衣服だが脱いで床にでも置いてみれば襤褸切れだろう。美少女男の娘使用済みの、だが
「これ、これ……」
「ああ……」
彼女が肩を押さえながらも指さした先には、数分前に僕と死闘を繰り広げたジャイアント。そのままの姿勢で倒れていたのだろう、そしてこのまま酸の雨に打たれて溶けてゆくのだろう。彼も同じ物質、材料で造られた粘膜兵器なのだから
「呆気ねえな……あんな強かったのにな」
僕は思わず言葉に出して呟いた。コイツには他の肉塊人と違って言葉も通じてたと思うし、何より戦っている最中からコイツの考えていることや動きが「アタマで読める」ようになっていた。心が通じ合ってる、というとウソ臭くイケ好かないから言い換えてみた。アタマで読める、なんとなくわかるってことだ
「ウノさん……?」
僕自身、どうしてそんな真似をしでかしたのかわからない。ただアタマで読むよりも早く、僕の体は動き始めていた
「オイ、起きろ! どうせ死んじゃいねえんだろ。そんなところで寝てると溶けてなくなっちまうぞ!」
両手で抱え上げるほど大きなジャイアントの後頭部に向かって僕は投げつけるような言葉を浴びせ背中を軽く爪先で突いた。ジャイアントはピクリともしない。酸の雨は確実に列車全体を蝕み続けている。もはや天井や壁だけではない、そこから伝って来た酸の雫や気化した酸の霧によって床や車輪、線路に至るまでが溶け始めているのだ
恐ろしいことにそれでも列車はスピードを落とさず、特急という名に恥じぬ速度のまま走り続けているのだ。バラバラになるのが先か、あの巨大な肉骨コンクリートのターミナルに特攻するのが先か……いずれにしても、ここで見殺しにするには惜しい
「オイ、起きろよジャイアント! ホントは目が覚めてるんだろ?」
「ええええ!?」
ポリ子ちゃんがワゴンにしがみつくように縮み上がった。あのおぞましく恐ろしいジャイアントが再び目覚めてしまうなんて。もとい、自ら進んで揺り起こそうとするなんて
「起きろってば!」
「あ、あの、およしになって……」
ポリ子ちゃんの力無く呟いた制止は不幸にも間に合わず、幸運なことにやっぱりジャイアントは生きていた。そして幸か不幸か、再び唸りを上げて起き上がって来た
「ぬぐもおおおおおおおおおおお!」
「はぴぃぃいいい!」
ワゴン車の影に隠れて震え上がるポリ子ちゃん。取っ手に手をついてお尻を突き出しているので、破れた部分から赤く腫れた白い素肌が見えている。もう少し破れてくれれば、肝心の部分も見えるのに
「ぐもおおおおおにぃ」
「おう、起きたか! なあオイ、お前こんなところでノビてたら溶けて死んじまうぞ。一緒に来いよ」
「ええええええええ」
「もぐ、むぐううう」
「だろう、じゃ決まりだな!」
「ウガーー」
粘膜・ザ・ジャイアントが仲間になった!
身長2メートル23センチ体重200キロの粘膜大巨人だ。どういうわけだか僕にはジャイアントの言葉がわかる。意味が通じるというか、アタマで読める。もうジャイアントは僕たちに敵意や憎悪は向けていないし、彼も僕と戦ってみて気に入ってくれたみたいだ。僕だって次に本気で戦ったら勝てる見込みは半々、正直な事を言えば自信がない。そんなジャイアントは強くて、体組織だけじゃなく心も剥き出しの優しいヤツだった
「ウガーー」
「そうだな、早いとこ逃げよう!」
「あの、仰ってることがわかりますの……?」
「ああ、なんとなくね」
「ウガー」
「ほら、ポリ子ちゃんにもよろしくねって言ってるよ」
「え、あ、あの、こちらこそ……さっきは怖がってごめんなさいまし」
「ウガー、ウガウガ」
「仕方がないってさ、気にしてないし仲良くしてね、って」
「あ、はい……あの、どうも……えっと、うがうが」
「ハハハハ、フツーに話してくれれば通じるよ」
「ウガハハハ」
ジャイアントが仲間になったとはいえ、このままウカウカしていると溶けてしまう。急いで貨物車に向かわなければ……! 逸る気持ちをぐっと飲みこんで進行方向逆側の前方を見渡すと、座席型の肉塊をかき分けるようにコチラを目指し一目散に進んでくる見覚えのあるシルエットが
「ひい、ふう、みい、よっちょ、いっちょ、むっちょ」
ポリ子ちゃん、そんな江戸落語みたいな数え方せんでも……
「都合8体ですわね、さっきと同形の肉塊人ですがちょっと様子が変ですわね……?」
「HEN?」
「早見優が早朝やってた英会話番組じゃ御座いませんでしてよ、さっき違ってると言ったんですの」
(ポリ子ちゃん、ホントは僕と同い年ぐらいなんじゃないかなあ)
「何か仰いまして?」
「う!? うううん!! なにも」
「ウガー」
「ナニナニ? お前も顔に出るタイプか、だって? 大きなお世話だい」
「ウガウガ」
「えっ? 大きいのは元からって? そりゃそーだな」
「お喋りは結構ですけれど、アレ、どうなさいますの?」
「どうするって、なあ」
「ウガー」
僕とジャイアントは一瞬、顔を見合わせた。彼に目玉や口は付いてないけれど、言いたいことはよくわかった。そしてそれは僕と全くの同意見だった
せっかく向こうからぶっ潰されに来てるんだ、遠慮なくお望みどおりにしてやるさ!
「行くぞジャイアント!」
「ウガアァァァァァー!!」
ジャイアントが巨体に似合わぬ素早さで猛烈に突進していって先頭の二体を座席型肉塊に叩き付けて圧殺した。僕はそのジャイアントタックルの背中に飛び乗って、そのままの勢いで左膝を突き出し三体目の顔面の中央にめり込ませた。ゴキッ! と乾いた心地よい音が響いて、両方の耳孔骨から側頭部ごと吹き飛びそうな量の真っ赤な体液を噴き出して卒倒したその屍を踏みつけるように四体目、五体目と押し寄せてくる
ひょいっ
と五体目の肉塊人が宙に浮かんだと思ったら、ポーンと人形でも放り投げるようにすっ飛んでいった。窓をぶち割って、酸の雨で出来た水たまりにドボン!
踏切を通り過ぎた時みたいな断末魔が糸を引いて、溶けてゆく肉塊人。ジャイアントは満足げにそれを横目で見ながらも六体目と七体目を相手にし始めた。僕も負けじと四体目をファイヤーマンズキャリーで担ぎ上げ、そのまま左手で固定した肉塊人のアタマから床に向かって垂直に叩き付けた。デスバレー・ボムだ。頭頂骨が叩き割れ頸椎がねじ折れる音が混じって響く。四体目はそのまま肉床にめり込んで絶命した。くの字になった肉塊死体の脇腹をボコンと蹴って横倒しにする。ジャイアントがその上に首をへし折った六・七体目の肉塊死体をドサドサッ、と乱暴なクリーニング業者のリネン袋みたいに重ねて来た。生焼けのハンバーグばかりを積み上げたみたいだ
さあ、残りはあと一匹……!
ゆっくり、ゆっっくりと振り向いた先には最後の一匹。八体目の肉塊人は顔面こそノッペラボウだが明らかに恐慌をきたしていた。そしてブルブルっと震えたかと思うと一目散に逃げ出すのを僕は逃がすまいと追いかけようとした
「ウノさん! お待ちになって!!」
それをフェアリー日本橋さんよろしく呼び止めるポリ子ちゃん
「待って、そいつは、そいつは囮ですわ……本体は……後ろ!」
「囮!?」
「ウガリ!?」
言いつつもポリ子ちゃんの叫びを聞いて即座に振り返った。そこにはさっき蹴散らした七体の肉塊人が生焼けのハンバーグをバラすようにグチャグチャを攪拌され混じり合っていくところだった
「ウゲ!」
「合体……してる……!?」
ポリ子ちゃんのアイセンサーのなかでは、おそらくあの溶けあうおぞましい肉塊人の肉塊のなかで何が起こっているのか全部まとめてまるっとお見通しなのだろう
「あ、ああ、こんな馬鹿なことが……」
「ポリ子ちゃん! どうしたの」
「混じってる、マジで混じってくっ付いてる……ああああ一つになる!」
最後の叫びが、要するにそういうことだった。肉塊の肉塊はみるみるうちに盛り上がりカタチになり、やがてジャイアントと遜色ない巨体へと成長した。どうやら八体目の肉塊人は合体肉塊大巨人の「芯」になる素材の役目だったらしい。逃げてゆくと見せかけて後ろで融合する作戦だったのだ
「オギョゴギョギョギョギョ!」
グバーっと大きく裂けた口が開いて、びっしり生えそろった牙から粘液が垂れて糸を引く。酸の雨で溶けつつある天井にアタマが付いてしまいそうなほどだ。だが大巨人ならコッチにも居る。ジャイアントも自分よりさらに少しデカい相手が出現したことでワクワクしているらしく、やる気満々でズイっと僕らの前に立ちはだかった
「ウガー」
先に行け、と言っている。でも
「ウガー、ウガウガ」
ナニナニ、心配するな。すぐ追いつく、か
「ウノさん、行かせてもらいましょ」
「あ、ああ……」
「お強いんでしょ、ジャイアントさんは」
「ウガー」
ポリ子ちゃんの言葉を背中で聞いたジャイアントが、少し照れたように唸り声を上げた
「ああ、もちろんさ。じゃあ頼むぜ!」
そう言って僕らは走り出した。ジャイアントと、合体肉塊大巨人の開戦の合図とも言える二重の叫び声を背中で受けながら
ウガァァァァァ!
ジャイアントは頭を低く下げて、そのまま合体肉塊大巨人の懐に飛び込んだ。巨体に似合わぬ素早さが彼の武器だ。そしてそのまま胸板にドーン! と突き刺さるようにブチ当たる。合体肉塊大巨人は真正面からジャイアントの頭突きを受け苦悶の声こそ漏らしたが、すぐに距離を取って体制を立て直した。ウギュゥ、と漏らした呼気と垂れて糸を引く粘液。牙と牙の隙間からフシュルルルと不気味な音を立てて、次の瞬間、反対にジャイアントめがけて飛びかかった。こちらも素早い、そしてジャイアントにぶつかる寸前に裂けた口を大きく広げてジャイアントの左肩口に思いっきり噛みついた
ウギャアーーッ!
今度はジャイアントが苦しみもがく番だった。合体肉塊大巨人の巨大な口の中には、さらにもう一つのノッペラボウの顔が付いていて、そいつも牙の生えた口を持っていた。噛みついた肩口のさらに深い肉をえぐり取るように喰らいつく小さな顔
ブシュゥ、と霧のようにジャイアントの肩口から噴き出した体液。どす黒く深い赫色をしたそれはジャイアントの左肩をしっかりと染めて塗りつぶした
レッドショルダーから漸く大小二つの顔を引き離すと、流石のジャイアントもグラっと足がもつれた。その一瞬を過たず、合体肉塊大巨人はさらなる攻撃を仕掛けてきた
ブチブチブチィッ!
と何かが弾けて破れ飛ぶ音がした。合体肉塊大巨人の僧帽筋辺りが急激に膨らみ弾けた中から、もう一対の腕が出現したのだ。さらに肋骨の最上段から下に向かって四段目までを大きく平たく変化させ、飛び上がって羽ばたいた
ア、ア、アギャ、アガガガ
ウガーゥ……
見下ろす合体肉塊大巨人、粘膜特急の肉床に片膝をついて見上げるジャイアント。窓の外は酸の雨。ガタタン、ゴトトン、と静寂を刻む肉骨線路と枕木を踏みしめる車輪の響きが、ガタタン、ゴトトン……ガタタン、ゴトトン……ガタタン……ゴットン……まるで繰り返す冷たく有機質なガタタンゴットンが数十分、数時間にも感じてしまいそうな長く一瞬の静寂が、ひとつ、ふたつ、みっつ
アギャーーーッ!
ホバリングを続ける合体肉塊大巨人の雄叫びが、そのまま断末魔に変わった
アトミックパンチ……!
ジャイアントは上空に向かって突き上げるように右の拳を繰り出し、それが見事に合体肉塊大巨人のドテっ腹を貫き風穴を開けていた
ガ、ガギャ、ギュグュウ
合体肉塊大巨人がグバっと大量の体液を吐き出し、やがて拳を引き抜かれると同時に肉床に仰臥し痙攣した
「ウガー……?」
しかし、その鼓動は止まっては居なかった。ジャイアントの怪訝な挙動を感知するや立ち上がり、さらに
グェギャギャギャギャギャ!
アーーーーギャギャギャギョエグュゴギュリゴギャーーーー!
もはやなりふり構わず、といった感じで叫び続け身をよじった合体肉塊大巨人。ボトリと音を立てて崩れ落ちた肋骨変形型翼骨板と引き換えに肩甲骨から脇腹にかけて新しい骨格が形成され、そこに白く巨大な翼が形成された。骨と骨の間に粘膜がシート状にパンと張り、三対目の腕が生えて、鋭い毒爪がキラリと光った
首は三本、それぞれが長く伸びてウネウネと動き回っている。もちろんすべてのアタマには牙付きの裂けた口。その中にも裂けた口
その姿はまるで阿修羅のようであり、迦楼羅のようであり、悪魔のようであった
粘膜迦楼羅、粘膜の申し子。肉塊迦楼羅、肉塊の権化。鬼であり悪魔であり肉と粘膜の塊でもある。そんな恐るべきおぞましき巨大な敵を前に、拳を握りしめ痛みをこらえるジャイアント。孤独な粘膜・ザ・ジャイアントにも、一つだけ芽生えた心。その心の中には、ついさっきまで死闘を繰り広げたウノの姿があった。体は小さいが、機知に富んだファイター。負けん気の強さと根性の座り方は一級品で、初めて負けるにしてはこれ以上の相手は居なかった。アイツになら負けて悔いなし、そう言える闘いが出来た。アイツになら……だから自分は、今ここでコイツに負けるわけにはいかなかった
また生きてウノに会いたい、強敵であり親友となった命の恩人、ウノ
お前にまた会うまでは、この剥き出しの命を絶めるわけには、
「ウガァァァァァァァァァアーー!!(いかないんだ!!)」