92. from 加賀美 to 修二…Ⅱ
「きゃあああ! どーしちゃったのよ?…まどか」
もうすぐ朝のHRが始まる時間。なので俺は腹部に走る痛みをこらえながらほうほうの体でようやく教室へと戻ってきたのだが、そこではまるで魔法少女のように変身を遂げた加賀美まどかの周りに人が集まっていた。
まあそりゃそーだろ。
パツキンギャル(下品)からいきなり清楚系黒髪美少女に変身だぞ? 悪魔が次の日には聖書を持った牧師に変身してたら誰だって驚くだろ? こんなのもはや神をも冒涜するような所業だぞ。
しっかし、変われば変わるもんだ。女というのはげに恐ろしき生き物である。
イメチェンというか、もはやジョブチェンジしたような加賀美の姿を見て呆れ返る思いの俺だったのだが。………あれ? そーいやどーして今頃? 俺の中にはちょっとした疑問が浮かび上がった。
………まあ、どうでもいっか。
下手に絡んでまた殴られたらたまったもんじゃない。
やがてHRも始まり、それが終わると教室は再び喧騒に包まれる。特に賑やかな集団の中心にいる人物、それは当然であるが加賀美であった。普段は一匹狼って感じで集団に馴染まない加賀美だが、今は皆に囲まれ楽しそうな笑顔を振り撒いていやがる。
「クスッ… まどかちゃん、本当に幸せそうだね」
何となく加賀美の様子を見ていた俺に蝶野さんがそう言って話し掛けてきた。
「そりゃそーでしょ。半年ぐらい追い続けた相手にやっと振り向いてもらえたんだから。まあ浮かれるなって方が無理な話だよな」
「でも、私も最初はびっくりしたよ。グループラインにあんな写真がいきなり送られてくるんだもん」
「あはは… 確かに。打ち上げ会の時の雰囲気からは想像もつかなかったでしょ?」
「うふふ そうよね。 でも、良かった。二人が上手くいって…」
微笑ましい顔で加賀美を見つめながら、蝶野さんはしみじみとした感じで二人の成就を喜んでいた。彼氏を持つことに否定的な蝶野さんだが、この二人に対しては 心から祝福している様子だ。
「………ま、そーだよな」
なんとなくって感じで俺は蝶野さんの言葉に同意した。
「クスクス… またまた~ 他人事みたいに言っちゃって…」
「え? なんで?」
蝶野さんはグイっと俺に近寄ると、俺の耳元で小さな声で囁く。
「二人をくっつけたのは修二君なんでしょ?」
「い、いや… 俺は別に何も…」
「あはは…。 修二君、私と恭子ちゃんの仲をなめて貰っちゃ困るよ」
「………さいですか」
すっかり忘れてた。恭子と蝶野さんはツーカーの仲。
恭子に教えたことを蝶野さんが全て知っているのは当たり前って感じだ。
「クスッ… でも、やっぱり修二君だね」
蝶野さんはそう言って妙に優し気な視線を俺に向けてくる。
「はい? どーして?」
「あれだけいつも口喧嘩してるのに… まどかちゃんのために力になってあげるなんて…ね」
「べ、別に俺はそんな… 加賀美が相談してきたから仕方なしってだけで…」
「はいはいそーですか。 クスッ… 修二君はやっぱり修二君だね。 あははは…」
「い、いや、だから俺は………」
まあ完璧にいつもの感じってやつ。
俺を揶揄いながら楽しそうに微笑むその笑顔は、今までにもう何度も見てきたような気がする。揶揄われるのはちょっとあれだが、俺はこの笑顔を見るたびに蝶野さんを身近な存在に思えてきたのは確かだ。
それにしても……
まあなんて美しくて可愛いお顔。無意識でボケーっとしてたら一発で虜にされちゃうだろう。蝶野さんの事情を知っているから俺は普通にしていられるが…。
「でもさ、修二君……」
「ん? なに?」
そう言って蝶野さんは俺のことをじっと見つめる。そして…
「―――私はそんな修二君が好きだな」
核爆弾クラスの発言をサラッとなされた。
………い、いまなんておっしゃいますた? 「好き」っていいますた?
修二君もうパニック。
だってさ、蝶野さんだよ? 誰もが認めるあの大天使様なんだよ???
自分の耳で聞いたのに未だに信じられない。
呆然自失となった俺はただ眼の前の光景を見つめるばかりであった。
女神をも凌駕するその美しい顔、完璧に均整のとれたそのスタイル、更には大豊作ともいえるたわわに実った胸。―――だ、ダメだ。イケない妄想が止まらない。
俺は彼女の口元に注視した。
次に彼女の口から出てくる言葉、それ次第で俺の人生は大きく変わるかもしれない。
「修二君………」
「なに? 蝶野さん」
「やっぱ恋愛って良いもんなんだね。まどかちゃんを見てたら本当にそう思っちゃう…」
「そ、そうだよね」
「もし私にも彼氏が出来たのなら……」
「出来たのなら?……」
「あれぐらい幸せになれるのかな?―――ねえ、修二君?」
キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
もう間違いない! おらは蝶野たんに選ばれし男なんだ!
「蝶野さん、大丈夫! 俺に任せ……………」
「クスッ… でもまあいっか。やっぱ今はまだ一人の方が気楽でいいや。『修二君』っていう『良い友達』もいることだし。きゃははは……」
「………ええ蝶野さん良い友達の俺に任せてください(棒)」
―――えっ? お前何か期待してたの?www―――
いいえ滅相もございません。
ぼくちゃんは蝶野たんに信頼されてる『良い友人』ですから。決して「やっぱ最初はチューからかな?」とか「彼女のおっぱいは大きいから僕の両手でおさまるかな?」とか変な想像なんてしてないんだからね? ちょっとこれから一人で屋上に行ってくるけど心配しないでね。………ダイブなんてしないから。
―◇―◇―◇―
やがて授業が始まり、騒がしかった教室も静寂に包まれる。だが、授業が終われば静寂は喧騒へと変化し、教室内は再び賑やかな雰囲気に包まれる。それは普段から変化しない日常であり、夏休みの前と何ら変わっていない。
休み時間となり、加賀美が近くにやってきて忠司を独占するのも普段通り。これも全く変わっていない。だが、二人の様相は全く異なる。
―――「お前らとうとうくっついたんだな。まあ頑張れよ」
口々にそのような言葉を告げていくクラスメイト達。
―――「うん、ありがとう」
その言葉にしっかりとお礼を述べる忠司。
そして、その横でぴったりと忠司に寄り添う加賀美。
二人の絆は誰の目にも明らかなもの。そこに異議を唱えることなんて誰にもできない。
そんな二人を見ていると、偉そうな言い方ではあるが俺はちょっとだけ感慨を覚えてしまう。まあ勝手にやったこととはいえ、俺はこの二人の関係に深く関与した。だからこれくらいの尊大さは許されて然るべきだと思うんだけどね。
でも、こいつら二人を見てたら本当に思う。―――やっぱ恋って良いもんだって。
ほんと、上手くいって良かった。色々と大変ではあったが。
それから時間は進み、ようやくお昼休みの時間が訪れた。
俺はいつものように鞄から弁当を取り出し、森田の席へ向かおうとしていた。だが……
「修二―――」
いきなり背後からドスの効いた声で呼び止められた。
「どした?」
「ちょっと……」
加賀美はそう言うと顎をクイっと振って教室の外を指し示す。
その態度はまるで輩。姿は変わっても性格は1ミリも変わってないようだ。
尊大な態度で俺を教室の外へ連れ出そうとする加賀美。まあこんな態度されたら腹が立つよね、普通。だから俺は堂々と言ってやった。
「ごめんなさい」
一刻も早く謝った方が良い。命はプライドよりも重い。
男の尊厳を守るよりも明日の朝日を拝める方が俺は大事だと思う。
「いいから… ちょっと付いてきて」
まどかちゃんはそんな俺のささやかな願いを聞き入れることも無く、堂々と俺を拉致って行った。
無言で先を歩く加賀美。
俺は何度も逃亡を考えたが、今逃げたところで同じクラスに戻る事になるという事実が俺の逃亡を抑止する。
やがて人気のない体育館裏までやってくると、加賀美は踵を返して俺をガン見した。加賀美の真剣な眼差しに恐怖を覚えた俺は、視線を下げて加賀美の太腿をガン見した。(ちなみに、ギャルは止めてもスカートは短いままだった。良かった♡)
「―――修二」
「ひゃい…」
「……………」
「……………」
いや、怖いって怖いって!
お願いだからなんか喋って? なんなら殴ってくれてもいいからね。無言で圧をかけるのだけはほんと止めてちょーだい。
黙ったまま俺を見続ける加賀美。俺は自分の判断の甘さを呪うばかりであった。
人気のない体育館裏。無言でそこに連れてこられた俺。そして今までの俺と加賀美の因縁。それらを並べると、この後の展開など容易に想像がつく。……ふっ、まあ良くて半殺しってところか。
やがて意を決したのか加賀美がずいっと俺に近付いてきた。だが、俺は恐怖で体が固まって動けない。
………や、やられる!
そう思ったときだった。
「―――修二、ほんとに……ありがとう」
「………はいい?」
加賀美はいきなりぺこりと頭を下げると少しの間そのままじっとしていた。やがて顔を上げた加賀美は穏やかな表情で俺のことを見つめる。そして、
「修二に一言お礼を言いたかったんだよね…」
そう言って優し気に微笑んだ。
―――た、助かった。
おしっこちびりそうになるほど恐怖に慄いていた俺だったが、加賀美の言葉で俺はようやく現状を把握することが出来てきた。加賀美が俺をここへ連れてきた理由、それは「お礼参り」ではなく、本当に「お礼を述べる」ためだったようだ。
………だったらややこしい態度とるんじゃねーよ!
と、心の中で叫んだ。
あたり前だがこんなこと怖くて本人に言える訳がない。
だが、まあいい。
加賀美が下手に出るというのなら、俺も気分良く話せるってもんだ。
「加賀美、別に礼なんていらねーよ。お前の想いが忠司に届いただけなんだからさ…」
いいよね? この上から目線。
なんかすっごく偉くなったような気分になっちゃう。
俺は自分の言葉に酔ってうんうんと頷いていた。だが、
「クスッ… そーじゃないって、修二」
俺の名セリフが決まったと思いきや、加賀美はクスクスと笑いながらそんなことを言ってきた。だが、「そーじゃない」って言葉の意味が分からない俺は加賀美が何を言いたいのかさっぱり理解できない。
そんな俺の様子を見て笑っていた加賀美だったが、姿勢を正すと真面目な顔をして俺に語りかけてきた。
「私がお礼を言いたかったのは私達が付き合えた事にじゃないの。私が修二にお礼を言いたいのはね、『忠司の傷ついた心を癒してくれてありがとう』ってこと。私にはできなかったことを修二が忠司にしてくれた。私はそれが本当に嬉しいの…」
その言葉と共に加賀美は俺を見つめる。
その瞳はとても印象深かった。加賀美の全ての想いが籠っているって感じで。
………ったく、こいつってやつは。
「どんなけ忠司のことが好きなんだ? お前って……」
「うふふ… そんなもん、比べるものが無いぐらいに決まってるでしょ」
最高の笑顔で加賀美はぬけぬけとそんなことを言いやがった。
―――はいはいご馳走様。
まったく、お礼を言いたいんだかのろけたいんだか…。
幸せそうに微笑む加賀美を見ていると、俺は呆れる思いがした。
だが、すっかり姿の変わった加賀美を見ていた俺はあることを思い出す。
「そういや加賀美、なんで今頃イメチェンしたんだ? 俺がお前に教えてやったのはもうとっくの昔だっただろ? 付き合う前ならともかく、付き合えたんだからわざわざイメチェンする必要もねーだろーに?」
―――黒髪でサラサラのショートヘア。
これは忠司のど真ん中ストライクゾーンなのである。俺はそれを知っていたのでもうだいぶ以前に加賀美に教えてやったことがあった。
「お前もそろそろ下品なパツキン止めたら? 佐藤が好きなのは黒髪サラサラのショートヘアだぞ? 本当に付き合いたいって思うならちょっとぐらいイメチェンしたらどーなんだ?」
だが、折角の俺からのアドバイスを加賀美はガン無視していた。
そんな加賀美が忠司をGetしてから急にイメチェンしたことが俺にはよく分からない。だって、普通はそーいう努力って付き合う前にやるもんだろ?
俺が不思議そうな顔で加賀美を見ていると、加賀美は楽しそうに笑いながら語り始める。
「うふふ… だって、本当に好きな人には本当の自分を見せなきゃダメでしょ? 偽りじゃなくって…。だから私は髪の色も髪型も変えなかったの」
「まあ、そりゃたしかに。それは分かる。でもさ、なら尚の事変える必要がねーだろ? 忠司だってパツキンのお前を好きになったんだから。自分のままでいりゃいいじゃねーか…」
「うふふ… やっぱ修二はダメだね。女心ってもんを全然わかってない」
「はぁ? どこが?」
「今の私は忠司の彼女。すなわち、忠司の女なんだよ?」
「……だから?」
「私の全ては忠司のもの。だから私は忠司の好きな色に染まる。ううん、染まりたい。ただそれだけ…」
「いや… だからさ、それならもっと前からやりゃいいじゃん。そっちの方が意味あるだろ?」
「はああ… やっぱ修二はダメだね」
「何が?」
「私が髪を変えたのはけじめ。忠司の女になったことの証。だから付き合う前にやっちゃ駄目なの。それぐらいわからない?」
満面の笑みで幸せそうにそう語りやがった加賀美。
何と言いますか、もう勘弁してくれって感じ。口から砂糖がドバドバって出てきそう。
のろけまくっている加賀美の話を呆れる思いで訊いていた俺だったが…… なんて言えばいいんだろうか、ちょっと忠司が羨ましく思えてきた。この加賀美の強い想い……それに俺は心底敬服する。
そう言えば……
蝶野さんは違うことを言っていた。
彼女は彼氏に「自分のもの」と言われることに嫌悪感を抱いていた。俺も彼女の気持ちは理解できる。実際に人を「モノ」のように扱うなど許されるはずがない。だが、俺には彼氏がその言葉を出した気持ちも理解できないことは無い。
「忠司のもの」になることを望む加賀美、「彼氏のもの」になるのを拒んだ蝶野さん。考え方の違い、人それぞれ……そうなのだろうが、とても難しいところだと思う。
………さてと、もういいだろ。
「加賀美、確かにお礼は受け取ったよ。まあ二人で幸せにやってくれ。腹が減ったんで俺はもう帰るぞ」
話も済んだと思った俺はそう言ってその場を後にしようとした。だが、
「ちょっと待って修二。まだ話はあるんだから…」
加賀美に呼び止められたので俺は歩みをやめて振り返る。
「どーした?」
加賀美の表情を見た俺は少し驚いた。先程までの緩んだ表情が消え失せている。
「修二はどうなの?」
「何が?」
「まだ、―――昔の事が忘れられないの?」
同類相哀れむ。
加賀美の気持ちは直ぐに理解できた。
加賀美は加賀美なりに俺のことを心配してくれているのだろう。
なら返す言葉などこれしかない。
「そんなもん―――とっくの昔に忘れちまったよ。あははは…」
「そっか。ならよかった…」
俺の笑い声を聞いた加賀美の顔には安堵の色が窺えた。
―――あんがとよ、加賀美。
ちょっと心が温まった俺は踵を返してその場を立ち去ろうとした。
だが、直ぐに俺の背中から大きな声が聞こえてくる。
「あのね、修二……」
「どした?」
「私はたとえ忠司に裏切られることがあっても絶対に後悔なんかしない。それぐらい私は忠司が好き。だからさ、―――修二もそれぐらい好きになれる人を見つけて欲しい。そう想えるぐらいの恋をして欲しい。私はそれを修二に伝えたかったの……」
「ああ分かったよ。任しとけって!」
その言葉を残して、俺はその場を立ち去った。
教室に向かう帰り道、俺の頭には加賀美の声が繰り返しこだましていた。
―――裏切られても後悔しないほど好きになれる相手…か。
なるほど上手く言ったもんだ。そこまで腹をくくって覚悟を決められるような相手であれば、失敗したとて納得が出来るのかもしれん。
加賀美の言葉は俺の心に大きく響くものだった。
そしてこの言葉によって、未来の俺は最後の選択を決める事になる。




