62. 変わりゆく関係…Ⅴ
「…………うじ、…ねえ、修二ったらッ!」
「……んあ? だれ? ―――なんだ、恭子か…」
ゆさゆさと肩を揺すぶられ、何となく目覚めた俺が顔を上げると、そこにはプンプンって感じで可愛い怒りの表現をしている美少女がいた。………恭子たん今日も綺麗だね。だから怒っちゃやーよ。
「も~う、授業中ずっと寝てたでしょ? テストまでもう1週間もないんだよ?」
「―――あのさ恭子、………ここって学校?」
ベシッ!……
え~っとですね、彼女の罪状は傷害って感じですかね。(過失ではない)
状況を説明します。被害者は後頭部をいきなりはたかれ、その勢いで机に顔面を強打した模様。そのため、被害者は数時間前までの記憶を全て失ってしまったって感じです。………説明終了。
「私のせいじゃないよね~? ずっと寝てたから記憶が無いんだよね~?」
「多分おっしゃる通りだと思われます……はい」
頬をピクピクとさせながら笑顔を装う恭子を見て、逆らうことの危険性を察知した俺は冷静に対応した。
「はぁ~あ、まったく…… なんで英語の教科書が机の上にあるんだか…」
「―――あったらダメなの?」
「……今日の3時限目って何だったと思う?」
「んっとね、……… あッ! 思い出した、数学だ! わぁ~い……」
ベシッ!……(本日二度目)
「あんまりふざけてたら本気で怒っちゃうよ?……」
―――えッ? 今までのやつ本気じゃなかったの?(怖っ!)
これ以上恭子を怒らせてはマズい……
長年の経験と勘からそれを悟った俺は、「対恭子防衛策」を行使することに。
「う~む… ふむふむ… なるほど… やっぱりな…」
「―――ど、どーしたの? 修二。 いきなり……」
「いや、やっぱ恭子にはその髪型が良く似合ってるって思ってさ…」
「ちょ、ちょっと…… いきなりなに言いだすのよ……」
「いや、だってハーフアップの恭子って俺は良いと思うんだけどね…」
「も、も~う… 修二ったら…」
………(チラリ)
よし、恭子の顔面温度は程よく上昇した。ここで一気に話題を変えるか…。
相変わらずド真ん中ストレートの誉め言葉に弱い恭子ちゃん。
「それよりさ、どしたの? なんか用事だろ?」
「あっ、そうだった。 修二、今からこの席使わせてね」
「別にいいけど…… そっか、今日は蝶野さんと一緒に食べるのか?」
「えへへ~ そーなの。 昨日電話で一緒に食べようって約束しちゃって…」
恭子はニコニコしながら楽し気にそう言うと、後ろ手に持っていたお弁当箱を俺の机の上に置き、早く席を替われと俺を追い立てた。
「ってかさ、蝶野さんは何処よ?」
俺は席を立ち、鞄から自分の弁当箱を取り出していたのだが…… そーいやさっきから蝶野さんの姿を見かけないことに気付く。
「ん~ 私も知らないんだけど… 多分直ぐに戻ってくるんじゃない?」
恭子はそう言うと「行ってらっしゃ~い」といってにこやかに俺に向かって手を振った。なんのことはない、体のいい厄介払いだ。
さってと……んじゃ行きますか。
俺は弁当を片手にいつもの場所へと移動する。
弁当を食べるときの俺の定位置である森田の左隣の席に着席した俺。森田と駄弁りながら弁当を広げて食べる準備に取り掛かる。
少しすると仁志もやってきて、いつもの3人でランチタイムとなったのだが…… ちょっと気になったんで恭子の方をチラリと見て見た。
すると弁当箱を前にして、相変わらず一人でボーっと佇んでいる恭子の姿が目に入ってきた。
―――約束してたんだよな? …ちょっと遅くね?
昼休みに入り、そこそこ時間も経過した頃なのだが、未だに蝶野さんは戻ってこない。教室を見渡してみると、もう殆どの者は昼食を食べ始めている。
なんだかちょっと気になりだして、俺はそれから暫く恭子の様子を見守っていた。
すると少しして………
「ごめんねぇ~ はぁはぁ… 遅くなっちゃって… はぁ…」
かなり急いだ様子で、息を切らしながら蝶野さんがようやく帰ってきた。
やれやれ……ようやくご帰還なされたか。
蝶野さんが席に着くと、ぱっと明るい表情になり楽し気に話し掛ける恭子。
そんな恭子に負けじと、蝶野さんも満面の笑みで恭子に語りかけている。
打ち上げ会以来、急速に仲良くなったこの二人。たった数週間で、もはや親友といった雰囲気になっている。あと、あまり言いたくはないが、加賀美もこの二人とやたら仲がいい。ほんと―に言いたくはないのだが…。
すっかり意気投合した二人、本来ならお昼ご飯はいつも一緒に……ってなるとこなんだけど、そうはクラスが許さない。恭子と蝶野さん、それぞれに仲の良い友達グループがあり、それらの人達と「じゃあね、ばいばい」なんてことは当然できない。
だから、たまにだけ二人で集まり、こうやって一緒にご飯を食べる。……ま、人気者故に好き勝手な行動を取れないってことなんだろうけどさ、なんか不自由って言うか…。バランス考えて行動しなきゃならんってのは大変だと思う。
―――でも、ほんと楽しそうだな… 蝶野さんも、恭子のやつも…。
「ん? どした、修二? 恭子ちゃんの方向いてボケっとしちゃって……」
「……いや、……なんでもねーよ」
仲睦まじい二人の様子をほっこりした気分で眺めていた俺。だが、森田の言葉で意識を戻した俺は視線の向きを変え、気のない返事を森田に返した。
………さて、俺も昼飯といきますか。
そう思ってケースから箸を取り出していると……
「誤魔化すなって、修二。俺もお前とおんなじ気持ちだから…」
森田はちょっとニヤつきながら、そう言ってわざと大げさに何度も頷く素振りを見せる。
「……は? 同じって、何が?…」
森田の言葉の意味が理解できない。完全にイミフ。そもそも誤魔化す要素がどこにあんの?…
そう思っていると、森田が勝手に語り始めた。
「やっぱいいよなぁ~ 絵になるって言うか… 神々しいというか… 見てるだけでも幸せな気分になってくるよな…」
虚ろな感じでそう呟く森田。表情を見ると軽くトランス状態。俺は慌てて森田の弁当の中身を確認した。………う~む、怪しいオカズは見当たらんな。もしかして怪しいエキスをオカズに染み込ませてあるのか?
森田はさらに続けて、
「学年のトップを行く美少女二人が窓際で楽しそうに語り合うこの風景…… まさに天使達の憩いって感じだよな。こんな風景なんて俺達のクラス以外では絶対に見れないぞ。マジこのクラスになれて俺はラッキーだわ…」
そう言い終わると森田は眼を閉じて天を仰ぐ。
………そっか、良かったな、森田。俺はお前という友人がいたことを忘れないぞ。安心して成仏しろ。
―――森田は恍惚の表情と共に昇天した。
「―――なぜ俺が死なねばならん?」
「え? だってもうこの世に『一片の悔い無し!』なんだろ? ならいいじゃん…」
「あほ! 俺はまだこの世に悔いだらけなんだよ! 絵里子とエッチするまでは俺は絶対に死ねん!」
ちなみに「絵里子」というのは現在の森田の彼女。結構可愛い子で森田はべた惚れ状態。そして森田は彼女の奴隷。
「ま、修二にはあの光景のありがたみが分からねーんだよ。恭子ちゃんはお前の幼馴染で仲いいしさ、蝶野さんとも席近でよく喋ってるだろ? お前は恵まれ過ぎてんだよ」
確かに。珍しく森田が正論を言った気がする。
あんな美少女二人とこれだけ仲良く出来てる俺は、普通だったら「ヒャッハー!」って感じで世紀末の覇者を気取っているのかもしれん。
だがな、森田。世の中そんなに甘くはねーんだよ。
恭子には好きな男がいるし、蝶野さんは「え? 彼氏? なにそれおいしくないし…」って人なんだよ。お前は知らんだろーが、あの二人といくら仲が良くてもな、未来につながる可能性は1ミリもないってのが現実なのですよ。
でも、ま、確かにあの二人が俺と仲良くしてくれることには感謝していますがね。恭子は勿論、蝶野さんも俺にとっては大切な人……それだけで俺は十分満足しています。
「だけどある意味俺も恵まれてるって言うか、ラッキーだな…」
「なんでだ、森田? お前のどこにラッキーな部分がある?」
「だってさ、修二と俺は親友だろ?」
「そーだけど、それが?…」
「だから恭子ちゃんが俺にはすっごく優しくしてくれるんだよね~。お前と恭子ちゃんの関係が明るみになって以来、恭子ちゃんが良く話しかけてくれるようになってさ… も~う最高って感じだな。かっかっかっ…」
「そーか、良かったな、森田…」
「おーよ! 恭子ちゃんはやっぱ最高だわ!」
「よし。今の言葉を『絵里子』に伝えておいてやるよ」
「修二、このハンバーグあげようか? とってもおいしいよ?…」
森田の顔から生気が無くなったのは何故なんだろう? 俺には分からない。
「修二くぅ~ん ほら~ 何でも好きなオカズ取っていいからね~」
「いや、オカズぐらいで折れたら絵里子に失礼だろ。だから遠慮しとく…」
「そんなこと言わないでさぁ~」
「なら俺が貰うわ―――」
そう言って森田の弁当箱から、メインディッシュであるハンバーグをこともなげにつまんでいく仁志。
お前さ、居たんならちゃんと会話にまざろーよ。
何でお前は他人から食いもん奪う時だけ存在感を示す?
「そういや仁志、昨日言ってた通りすまんが暫く厄介になるぞ…」
「いやそれは別にいいってか、……本当にいいのか? 俺としては凄く助かるんだが…」
「いいもなにも俺が決めたんだから大丈夫だよ。だってあいつは俺の妹のようなもんなんだからな…」
「そうか…… すまんな、修二」
「別にいいって。俺がやりたいからやるんだよ。仁志のためにやるんじゃないからさ…」
それから暫くして、弁当を食い終わった俺は空になった弁当箱をしまいに、一度自分の席へと戻っていった。
俺の席には椅子を後ろ向きにして、楽しそうにお喋りに興じている恭子の姿がある。蝶野さんの机の上には小さくて可愛いお弁当箱が二つ。中身は空っぽで、どうやら二人とも昼食は終えたみたいだ。
「あれ、修二? どーしたの?」
俺が近寄っていくと、俺に気付いた恭子が声を掛けてきた。
「いや、弁当喰い終わったから鞄にしまおうと思ってさ…」
「そっか。 ねえ修二、もうちょっと席借りててい~い?」
「ぜんっぜんOK。昼休みが終わるまで好きに使ってくれ」
俺が恭子とそんなことを喋っていると、
「あっ、そうだ! 忘れちゃうとこだった…」
いきなり蝶野さんの大きな声が聞こえてきた。
喋っていた俺と恭子はその声に驚いて蝶野さんの方を振り向く。すると、
「見て見て~ 恭子ちゃん。えっへっへ~ 凄いでしょ?」
蝶野さんは何やら袋を取り出すと、おもむろにその中身を恭子に見せた。
袋の中身を見た恭子は、
「きゃあああ~! えええっ? ほ、ほんとに~!?」
目を丸くして驚きながら、本当に大喜びって感じ。
「だってさ、恭子ちゃん…一度食べてみたいって言ってたでしょ?」
「言ったけど…… でも絶対無理だと思ってたし…」
「クスクス… だから私も頑張っちゃった。結構大変だったんだよ、これを手に入れるの…」
蝶野さんが恭子に見せたもの、それはうちの学校の生徒なら誰もが知っている伝説の『限定シュークリーム』だった。
―――説明しよう!
うちの学校はお昼になると、近所のパン屋さんが学校に来て校内でパンの販売を行う。流石に本職のパン屋さんだけあって、コンビニのパンよりは数段美味い。当然大人気であるのだが、数量には限りがある。だから必然的に争奪戦となる。その中でも最も激戦となる品目が、この幻と言われる『限定シュークリーム』なのである。
そもそもシュークリームがパンですか?… といいたいところもあるが、このパン屋さんのシュークリームはガチで美味い。それに看板商品でもある。ただ、完全手作りのため数量が本当に少ない。なのでたまたま授業が早く終わるなどの幸運が無い限り、まず入手することはできない。
………そういや蝶野さんがお昼休みにいなくなってた理由って、……これだったんだ。
「だってね、昨日電話で言ってたでしょ? 一度食べてみたいって? 二人でお昼を食べる機会も少ないしさ、だったら今日は絶対手に入れて恭子ちゃんに食べさせてあげようと思って… えへへ…」
「も~~~う! 麗香ちゃん大~好き!…」
俺は二人の姿を見て……感動に打ちひしがれた。
森田が言っていた。『神々しいよな』って。まさにそれだ。
尊い、あまりにも尊すぎる!
机を挟んで蝶野さんに抱き着く恭子。そんな恭子をしっかりと受け止めている蝶野さん。まさか、まさかこんな光景が見られるなどと思いもしなかった!
―――天使による百合の共演!
その姿はまさに天使達の戯れ。これ以上の百合などこの世に存在しようか?(否!しないだろう…)
おれっち感動した。(涙が止まんない)
でもちょっと不思議に思ったので蝶野さんに質問。
「でもさ、よく狙ってGetできたよね? まさに奇跡的って言うか…」
「そーなのよね~。私もダメかなぁ~なんて思ってたんだけどね、なんと奇跡が起こったのよ!」
「どんな奇跡?」
「並びの人数を見たらね、もう絶対ダメって感じだったんだよね… でもね、誠心誠意、心を込めて並んでる人にお願いしてみたんだぁ~ こんな風に両手を握って『お願ぁ~い』って感じで…」
「…………。」
「そしたらね、なんと並んでた人達が皆よけてくれたの! まるでモーゼの起こした奇跡みたいに!」
「………へぇーそーなんだ。凄いねー(棒)」
「ほんとラッキーって感じ。やっぱりお願いしてみるもんだよね~」
「―――ですよねー」
………カースト頂上の力恐るべし!
……ごめんなさい許してください謝ります土下座します……
無意識に俺の口からこのような言葉が出てきた。
俺が今まで行ってきた蝶野さんへの非礼の数々… それを思い出すと何故か吐き気が止まらない。
「なんかさぁ~ 修二ってやつが勘違いしちゃってね、最近生意気なんだよねぇ~ ……始末してくれる、みんな?」
「イエス! ユア・ハイネス!」
どーしよ? おれギアスなんて使えないんだけど……。




