15. 本郷修二Ⅱ
初恋の人と毎日関係を深めていく俺。
そしてとうとう意を決して告白することとなる。
……と言えば格好はいいが、もはや出来レース。はっきり言って彼女が俺の告白を待っている状態。
そして冬も近付いてきたある日、俺は彼女に告白した。
彼女の返事は当然OK。分かってたこととはいえその時は本当に緊張した。膝なんかもうカックカク……
でもあの時の興奮は凄かった。初めて好きだと思えた娘と付き合うことができる……本当に幸運だと思った。
そして二人の付き合いが始まる。
今まで遠慮がちだった二人の態度は、日を追うごとに変化していき、二人の距離はゆっくりと確実に近づいて行った。
もうすっかり彼女に舞い上がっていた俺、本来なら恭子のことも完全に忘れていてもおかしくないのだが、彼女と恭子にはある接点があった。その接点のお陰で彼女の口から時折恭子の名前が出てくる。
その接点、それは二人が同じテニス部だったことだ。
もともと彼女が俺のことを知るきっかけとなったのも、部活の時に雑談として恭子から語られた俺の話からだったと後に彼女は言っていた。
ただ、俺としてはあまり彼女の口から恭子の名前を聞きたくは無かった。
恭子に対するコンプレックス……それが理由である。
今思い返してみても、俺が初恋の人にのめり込んだ理由に恭子は絡んでいる。
恭子は俺を褒めることは無い。だが彼女は俺のことを凄いと言ってくれる。
恭子は俺のダメなところばかりを指摘する。だが彼女は俺の良いところを指摘してくれる。
恭子はもっとしっかりしなさいという。だが彼女はそんな俺を好きだと言ってくれる。
彼女は俺が恭子にコンプレックスを感じてイラついていた気持ちを全て癒してくれた。
だから余計に俺は彼女に嵌っていったと思う。恭子に腹を立てた俺の感情は、全て愛情に変化して彼女に注がれた。
はっきり言って歪んでいる。今ならそれもわかる…。
俺はそんな理由もあり、彼女に恭子のことはあまり口にしないで欲しいと頼んだ。それを理解してくれたのか彼女は恭子と少し距離をとるようになり、それ以降は恭子の名前も殆んどでなくなった。
それから時間は流れていき、俺と彼女はどんどん心の繋がりを強くしていった。やがて進級し、2年生、3年生となっていくが、俺と彼女と恭子は全てばらばらのクラスとなり、恭子とは一層疎遠になっていく。流石に顔を合わせれば少し喋ったりはするが、顔を合わせる機会も滅多にない……そんな感じだった。
俺は心から彼女のことが好きだった。彼女も俺のことを好きだと言ってくれていた。
何の問題も無かった。 ―――俺はそう思っていた。
だがその日はやってきた。
3年生の6月、3年生にとっては部活も最後の大会を迎える。
俺は帰宅部なので気楽なものだったが、彼女たちのように部活動に青春を燃やしている人達にとっては正に正念場。それに俺の彼女は結構実力もあり、頑張ればかなり上位を目指せる力を持っていた。
そして男子のテニス部の奴らからひと言われた。
最後の大会に彼女を集中させてやって欲しい。そして大会が終われば彼女を労ってやって欲しいと…。
当然俺はその言葉に納得した。入学してからずっと頑張ってきたテニス。しかも実力もある。なら彼氏としては応援すべきであって絶対に邪魔はしてはならない。
だから俺は休み時間などに出来るだけ彼女に会いに行くようにして、放課後や休日は彼女と会わないように心掛けた。
彼女の方から誘ってくることもあったが、気を遣ってるんだなと思い、その気持ちだけを受け取って上手く断った。
だがやはり会いたい気持ちは抑えきれなくなる時もある。
俺はもう直ぐ大会が始まる頃となったある日の放課後、部活帰りの彼女を待とうと思い学校に残っていた。
やがて部活を終えて恭子たちが帰っていく姿を見た。ということはもうテニス部の部活も終了しているということだ。それを確認した俺はゆっくりとテニス部の部室に向かった。
部室の近くに行くと、建物の奥まった人目に付きにくい場所に誰かいた。
相変わらず彼女が部室から出てこないので俺は何となくそちらの方に向かっていった。
―――いったい誰だろう?
そしてかなり近くまで来た時に俺が見たものは……
彼女が知らない男に抱きしめられてキスしているところだった。
俺が初めて好きになった人、最も愛した人、その人が他の男とキスしている。
何故? どうして? これって何なの? ……嘘だよね……
最初に時間が止まった。そして大事なものがどんどん遠ざかっていく風景が見えた。その次に何も見えなくなった。
死にそうなくらい苦しくなった。絶望という言葉の意味が本当によく理解できた。
叫びたいのに声が出ない。殴りに行きたいと思っているのに今すぐ逃げ出したいとも思ってしまう。
―――お前は何をしているんだ!
どうしてそう叫びたいのに声が出ない?……
簡単だ。金縛りにあったように体が全く動けなくなっていただけの事…。
少しして……
その二人が離れたとき、彼女は俺がそこに存在していることに気付いた。
驚きのまま表情は固まり、全く身動きできない感じだった。
それからすぐに何かに縋るような表情に変化していった。
そこで俺の金縛りはようやくとけた。
そして俺は思いっきり走り出した。逃げたかった……その場から一刻も早く。
あの時はまだ中学生……心に余裕なんて全くない。
あれがその時の俺の精一杯の行動だっただろうと思う。
そしてその後に彼女は何度か俺の前に現れたが、俺は一言も口をきかなかった。彼女が言った言葉も一言も聞かなかった。
俺の彼女はもうこの世にいない……全ては妄想、夢だったんだと自分に思い込ませていた。
それからある程度時間が過ぎたころだった。
もう彼女も俺の前に姿を出すこともなってきて、少し俺も落ち着きを取り戻し始めた頃に、いきなりやって来た。
テニス部の大会も終わり、部活も終了となった頃、家から帰ってきて部屋で閉じこもっていると、恭子がいきなり部屋にやって来た。恭子とうちの両親はよく知った間柄、なので親も俺に断りもなく恭子であれば普通に部屋に通す。
今頃なんで?……
恭子が部屋に来た意味が全く分からなかった。恭子とは疎遠になっていたし、これと言った問題も抱えてないし…。
部屋に入った恭子は黙って俯いたまま何も喋らない。
一体何しに来た?…… 普通にそう思った。
だが少し考えると、恭子と彼女は同じテニス部、……もしかして彼女に頼まれて…
そう考えた俺は怒りの言葉を恭子に向けた。
「恭子、…お前が何を言っても俺は聞かないぞ。もうあいつは俺の彼女じゃない。俺とは関係ない人間だ」
俺の言葉を聞いてどのような反応をするのかと思ってみていたが、何も様子は変わらなかった。
だが、やがて恭子の口から何故かこの言葉が出てきた。
「―――ごめんね、…修二、本当にごめんなさい… 私……」
そこから何も言わなくなった恭子。
何故恭子が謝る? 関係ないだろ?……
………………。
ハッとした。 そう言えば!
「―――お、お前…… もしかして…… まさか… 知ってたのか!?」
恭子と彼女は同じテニス部、彼女の様子がおかしくなれば恭子たちが真っ先に気付く筈だろう。
俺の言葉を聞いても全く否定しない恭子。ただひたすら泣いている。
その時に確信した。 ―――お前、何かを知ってたんだな …それでも黙ってたんだ…
俺はもう我慢できなくなった。
何故俺に言ってくれない? 教えてくれない? 俺達幼馴染だろ?……
裏切った彼女への憎悪が一気に恭子の方へと向かっていった。
それに……そこへ今までの恭子に対する劣等感からくる恨みまで加わってしまい……
「二度と俺に話しかけるな!! 今すぐ出ていけ!!!」
殺してやりたい…… そんな表情で俺は恭子に叫んでいたと思う。
それから恭子は力なく静かに帰っていった。
そしてそれ以降、本当に一度も口をきいたことは無い。
今になって思う。俺は本当のクズだ。
たとえ恭子が何かを知っていたところで俺に教える義務はない。それに誰だってそんな事言いにくいに決まってる。それに幼馴染だから俺のことを想って教えろ?… どの口が言うって感じだ。
その幼馴染を完全に否定していたのは俺の方だったんだから…。
自分に都合のいいようにだけ考えて、恭子が何を想ってくれていたのかさえ全く訊かなかった。
それに……全く関係のない今までの鬱憤までそこで晴らそうとして…
恭子にそう叫んでからだいぶ時間が経ってきた頃になって、俺の中でそのことへの後悔が大きくなってきた。だけど…やはり素直に正面向いて謝る気にはなれなかった。
―――いつかは謝りたい
ずっとそう思っていた。
多分今がその時なんだろうと思う。恭子に謝ってあの時の出来事に全て決着をつけて終わらせよう…。
皆様、ご愛読感謝いたします。
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今後なのですが、話を途中で区切ると理解しにくくなる場合もありますので、
一連の話はまとめて投稿しようと思っています。
そのために更新が不定期になると思いますので、申し訳ないですが何卒ご理解を
頂きたいとお願いいたします。




