16. 本郷修二Ⅲ
時刻は午後8時前……流石にそろそろかけないと…だな。
昨日仁志と話した後に恭子の電話番号を教えてもらった。
中学の時はまだスマホをお互いに持っていなかったので俺も恭子も互いの電話番号は知らない。
10年以上幼馴染をやっていて、あいつの好きな食べ物から癖までなんだって知ってるのに……
あいつの電話番号すら今は知らない。
どうしてこうなった?……
冷静になっている今は考えれば考える程、どれほど大切なものを自分の愚かさで簡単に捨てようとしていたのかが分かる。
恭子は俺に苦言ばかり言ってきたが、今考えればどれも大切な事。出来てあたり前のごく単純なことだ。それを俺はつまらない嫉妬心から恭子に八つ当たりして、挙句の果てには裏切られた腹立たしさまでぶつけてしまって…。
俺にとって恭子は今でも大切な幼馴染、……実際離れたことにより余計に恭子の有難さが分かった。
彼女と幼馴染……俺はこの2つを同時に失った。そしてある意味本当に一人となった。
一人になって落ち着いて、冷静に考えられるようになってきたときにようやく気付けた。
恭子がどれだけ俺のことをよく見ていてくれたのかを…。
些細な事までよく注意されたが、逆に考えるとよくそこまで俺のことを見ていたなと感心する。普通だったら絶対に気付かない筈だ。付き合いが長いからだと言えばそうなのかもしれないが、それをしっかりと注意してくれる……それはやはり俺のことを見守っていてくれたんだというのは今ならわかる。あれは恭子の思いやりであり優しさだった…それが分かった。
恭子からすれば俺は本当に出来の悪い弟だったのかも…… いや、紛れもない愚弟だな。
今更謝ったところで許してくれるかどうかも分からないけど、自分が犯した過ちに対してはしっかり向き合って誠意をもって対処しないとこれからしっかり前を向いて進めない。
恭子にはきっちりと謝罪してこれからの憂いを無くしたい。……俺の身勝手な話なんだけど…。
―――だけどさ、……どうなんでしょうね…実際?
いきなり謂れのない事で「二度と口を利くな!」と言われた相手に、いきなり「ごめんなさい」って言われる訳でしょ?…… しかも2年も経って……
普通に考えたらさ、「はぁ? 今さら何言ってんの? 死ねばぁ?!」…だよな。
………どーしよ? すげー電話するの嫌になってきたんですけど…。 ヤバい…なんか死にたくなってきた…。
2択だな……根性出して謝るか、死を選ぶか…… いっそ死んでお詫びを…。
……もう考えるのはよそう、…うん。 なんか俺の後ろに死神が笑いながら待機している姿が見えそうで怖い…。
一応恭子には電話番号を利用してSNSを送ってある。読んでくれていたなら今頃は俺からの電話を待っていてくれていると思う…。
よし! 俺も男だ、しっかり謝るぞ!
いざ!…… いざいざ!!…… いざいざいざ!!!……
……なんてアホな事やってられないんでポチっと…。
トゥルルルッ…トゥルルルッ…トゥルルルッ………
―――5回コールで出なかったら失格ということで…
などとTV番組の視聴者クイズを思い出していると……
『―――もしもし、……修二?…』
いや~~ん、出ちゃった…。
はい、そうです。私は修二です。あれだけ思い遣りを頂いていた大切な幼馴染に絶縁の言葉をぶちまけた修二です。
さて、……冗談言ってる場合じゃないな。先ずは謝らないと…。
『―――どうしたの? いきなり連絡してきて……』
「……恭子、…いきなり一方的に連絡してごめん。俺からあんなこと言っといて……なんだけど…」
『……それで?…』
やはり冷たい反応。そりゃそうだ、…俺だって逆の立場ならそーするわ。本当なら電話に出ないまであるな…。
「まず最初に言わせて欲しい…… あの時は本当にすまなかった。恭子は全く悪くない。悪かったのは全て俺だ…」
『……だから?…』
「あの時のことを恭子に謝りたい…… ただそのために電話させてもらった……」
『―――それで私が許すと思ってるの?……』
ですよね…。 相変わらず御厳しい恭子様、…素敵です。
でも……なんかさ、そう言うと思ったんだよね…。 ある意味恭子らしいっていうか…。
「―――いや、許して貰おうとは思ってないよ。ただどうしてもあの時の事について謝りたいと思って……俺の勝手な自己満足だってことは分かってる。だけどどうしても恭子には謝るべきだと自分で判断したからそうさせてもらった。悪かったな……また嫌な思いをさせてしまって…」
『ホント…嫌な思いばかりさせてくれるよね。 それで?……』
「―――それでって?…」
『だから修二は私にどんなお詫びをしてくれるの?… まさか口で適当に謝ってそれで終わりってことなの?…』
「い、いや…… 俺に出来る範囲でならどんなお詫びでもさせていただきますって言うか……」
ヤバい……恭子はガチの詫びを求めてる? もしかして俺って恭子から死を賜るの?…
マジでここまで怒ってるって思って無かった。電話したことを死ぬほど後悔してるんですけど……オレ。
『だったら私の言うことは何だって聞いてくれるんだよね?……』
「―――き、聞かせていただきます…」
もう何でも言ってください…… 半ば諦めたような感じで話を聞こうとしていたら、恭子は落ち着いた感じで何かを訴えかけるように真剣な様子で話し始めた。
『だったらある女の子のことを許してあげて欲しいの…。その子はね、大切に思っていた幼馴染の男の子に大事なことを伝えてあげられなかった…。そしてそれをずっと後悔してる…今でも。 その子のことを本当に許してあげられる?……修二…』
「………」
―――俺はこんなに大切な幼馴染を… 恭子…ごめん。
「……ああ、その男の子は自分の方こそ許してほしいと思ってるよ。だってもう少しで本当に大事な幼馴染まで失いそうになっちゃったんだから…。その男の子はやっと分かったんだよ、……その幼馴染の女の子がどれ程大切な存在だったのか…」
良かった、本当に。……手遅れになる前に恭子と話すことができて…。
『―――修二……本当にごめんね…』
「謝るのは俺の方だよ… ごめんな、恭子…」
スマホから聞こえてくる恭子の声は微かに震えていた。その声を聴いて俺は情けない自分が本当に嫌になった。
この2年間全く口を利かなかった。顔を合わせても完全に無視していた。最初は怒りに任せてそうしていた。だから何も感じなかった。
ただ、時間が経つとともに自分の誤りに気付くようになった。すると自分のとった行動の卑屈さを感じて余計に恭子の顔を見れなくなっていった。そして…もう一度話したいと思っているのに、いつの間にか話せなくなっていた。
だけど、……ようやく謝ることができた。そして恭子もそれを受け入れてくれた。
………俺はようやく大切な人を取り戻すことができた。
仁志に美月、それに恭子……俺が大切にしていかないといけない人達。俺にとってかけがえのない人達…。これでもう本当にやり残したことは無い。あの時の出来事をようやく終わらせることができる…。
「恭子……またいつかゆっくりと話したい。あの時の事や恭子と離れてから思った事なんかを…」
『……そんなのいつだってできるでしょ?… これからは近くにいるんだし。私達は幼馴染なんだからね……』
「そうだったな…。俺達は幼馴染。それに長い付き合いだしな…」
『フフフ… そうそう、私達はもう腐れ縁…。仕方ないからまた面倒を見てあげる…』
「―――い、いや… 俺も結構成長したんで… もう大丈夫かな~ …みたいな……」
『どーせそんなこと言って何も変わってないんでしょ? 授業だって真面目に受けてないじゃない…』
ヤバい… 同じクラスだったこと忘れてた。
―――でもなんだか懐かしい……
そう感じて胸にこみ上げてくるものがある。まだ二人の仲が良かった時のことを思い出した。
自分がもっと素直であったらずっとこんな感じで楽しく一緒に居ることができた……
最近そんなことをよく考える。
そしてそれを考えると蝶野さんに言われたあの一言が浮かんでくる……
「本郷君はその彼女のことがそこまで好きじゃなかったんだ……」
蝶野さんにそう言われた俺は腹を立てた。何も知らないくせに勝手なことを言いやがって…って。
だけど実際は自分でも感じるところはあった。
―――俺はどうしてあれほど彼女に惚れていたのか…
はっきり言って分からない。これだという明確な理由なんて思いつかない。でもきっかけは分かっている。
俺のことを認めない恭子と違い、俺のことを初めて認めてくれた女の子…それが嬉しかったから。
そしてそこから彼女にのめり込んでいくと、きっかけすらもうどうでもよくなってしまったのが実際の話。
でも今になって思う……あれが本当の愛というものなのかって…。
まるで夢の中に吸い込まれていったようなあの感覚。もしかしたらあれは全て俺の錯覚?…そう思ってしまう時がある。
はっきり言って恭子への苛立ちが無くても俺はあの女の子と恋に落ちたのか? ……多分なかっただろうと思う。
何処か歪んだ理由で好きになって、それが発展していって……本当にそれでよかったのだろうか?
もし初恋の人が裏切らずに今も続いていたのなら…… 俺は今本当に幸せだと思えていたんだろうか?……




