運動会の朝
ガタッ、ガタ、ガタ……。
階段で大きな音がして、ママさんが台所からとび出した。
パパさんとリョウベエもあとを追った。
階段の下。
ジュンが顔をしかめてうずくまっている。
「落ちたの?」
「うん」
「それで、どこが痛いの?」
「ここんとこ」
ジュンは右の足首をさわってみせた。
「今日、走ることになってんだろ。ちょっと立ってみろ」
パパさんの手をかり、ジュンはゆっくりと立ち上がった。ところが右足を床に着けたとたん、すぐにまた座りこんでしまった。
「ネンザみたいだな」
「ダイジョウブ?」
リョウベエが顔をのぞきこむ。
「だいじょうぶなもんか。すげえ、いてえよ」
「運動会、出ラレナイネ」
「ああ、こんなんじゃ走れないよ」
今日は地区運動会。町内の五年生代表として徒競走に出ることになっていたのだ。
「班長さんには出られなくなったって、とりあえず連絡しておくわ」
ママさんが電話をかけに行く。
「シップをしといた方がいいな。それに早く、かわりに走る者を見つけなきゃあ」
パパさんはシップ薬を取りに行った。
「オレのかわり、いるかなあ?」
「ボクガ出ルヨ」
「オマエが?」
「ウン、ボクガ出ル」
「ムリだよ、リョウベエ。オマエ、五十メートルも走れるわけないだろ」
「ガンバッテ走ルヨ」
「ほんとに走れるんか?」
「マカセトイテ」
リョウベエはまん丸の胸をたポンポンとたたいてみせた。
会場はおおぜいの人であふれていた。
ロボットもたくさん来ている。
ジュンはリョウベエを連れて自分の町内のテントに行った。
「その足、どうしたんだよ?」
ユウタがさっそく声をかけてくる。右足の白いホウタイに気づいたらしい。
「朝な、階段から落ちてくじいちゃったんだ」
「それで走れるんか?」
「歩くのがやっとだよ。それでリョウベエが、オレのかわりに走ることになったんだ」
「リョウベエが走るの?」
「ボク、ガンバッテ、一等ニナルンダヨ」
「ムリだね、どんなにがんばっても」
リョウベエの丸いおなかをつつき、ユウタが大声で笑う。
笑い声を聞きつけたのか、となりの町内のテントからヒロシがやってきた。
ヒロシは新型のロボットを連れている。
「オレ、足をくじいて出られなくなったんだ」
ジュンは右足の白いホウタイを見せた。
「なら、オレが一等だな」
ヒロシが両手でブイサインをつき出す。
「今日ハ、ボクガ走ルンダ」
リョウベエもブイサインを作ってみせた。
「ウソだろ。オマエ、走れんのかよ?」
「走レルヨ!」
「オマエが出れば、みんなよろこぶけどね」
ヒロシがバカにすると、ユウタもいっしょになって笑った。
「しかたねえだろ。オレがケガしちゃったし、リョウベエも走るってはりきってんだからな」
自分が出られないのと、リョウベエがバカにされたことが、ジュンはくやしくてたまらなかった。
プログラムが進み、リョウベエの出場する徒競走のアナウンスがある。
ジュンはリョウベエの頭に町内の青いハチマキをまいてやった。
「ムリすんなよ」
「心配シナイデ」
リョウベエはにっこりすると、手をふりながら登場ゲートに向かった。
徒競走の選手の入場が始まった。
選手はそれぞれ、町内の色のハチマキを頭にまいている。
スタートは一年生から。
どのテントも応援する人でいっぱいだ。とくに町内の選手が目の前を走るときは、声援がひときわ大きくなる。
ジュンはゴール近くにあるテントとテントの間にいた。
徒競走は早くも四年生へと進み、もうすぐ五年生のスタートになる。
――だいじょうぶかな?
リョウベエは家事専用ロボット。しかも、ずいぶん旧型なのだ。
五年生の選手たちがスタートラインに並んだ。
そここにはリョウベエもいる。
ピストルの音で、選手たちがいっせいにスタートを切った。
スタートして十メートル。
ヒロシがトップ。
ほかの選手があとに続く。
リョウベエはやはりビリで、しかもみんなよりダントツに遅れている。
差はひらくばかりだった。
それでもリョウベエは、丸い体を左右にゆらして走っている。
――リョウベエ、がんばれ!
ジュンは心の中で叫んでいた。
「あのビリ、ロボットだろ」
「今どき、あんな旧型ロボットはめずらしいな」
「あれじゃあ、歩いてんのとおんなじだよ」
「青いハチマキって、どこの町内だ?」
「あんなオンボロロボット、ここらへんじゃ見たことないよな」
そんな話し声とともに、まわりから笑い声が聞こえてくる。声を出して応援していたら、自分とこのロボットだとわかっていたところだった。
ヒロシがトップでテープを切り、ほかの選手たちも次々にゴールしていく。
そのとき。
リョウベエはまだ半分ちょっとのところ。走るスピードはますます落ちていて、ヨタヨタと歩いているとしか見えない。
リョウベエがテントの前にさしかかった。
「いいぞー、カメロボットー」
だれかが大声でひやかすと、テントの中がいっせいに笑いのうずにつつまれた。
それからすぐに、リョウベエは足をからませて転んでしまった。
丸い体がコロコロと転がる。
リョウベエはレーンをはずれ、ジュンのいるテントの前でやっと止まった。
起き上がろうとするがなかなか起き上がれない。
「転がる方が速いじゃないか」
だれかが指さして笑った。
「ダルマみたいだな」
ほかの者も笑っている。
――走らせなきゃよかった。
顔が熱くなるほどはずかしかった。
ジュンは逃げ出すように、いそいでその場から立ち去ったのだった。