1話 騒がしい1日
それは突然起こった。
いつも通りの時間に起床、朝食をとって顔を洗って登校する。
そんな当たり前の朝を迎えたはずだったあの日。
家を出た瞬間、私の人生を狂わせたあの出来事が突然として私、望月 桜を襲った。
「ーーーーーーーーーえ?」
強烈な目眩に襲われ膝をつく私。
貧血、風邪、ありえそうな事を思い浮かべるもののあまりの辛さから甘い考えを捨てる。
何か大きか病なのかもしれない。
おかしいな、最近は健康的な生活をしてたんだけどなぁ。
「……ぅ……」
とうとう膝をつくこともままならず倒れこんでしまう。
目眩だけでなく身体中の力が入らない。
私……死ぬのかな?
だったら嫌だなぁ、まだやりたいことが沢山あるしやらなきゃいけないことだってあるのに。
ああ、なんでもするからどうか死ぬのだけは勘弁してはしいな。
それを最後に私は意識を失った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……まえ! しっか……ろ! 大丈夫……!」
誰だか知らない人の声がする。
朦朧とする意識の中、曖昧にだが私に話しかける声が聞こえた。
ーーー眠い、ただ眠い。
とてもじゃないが返事をする気になれない。
「オマエ! どこも怪我はしていないようだな……。だったら目を覚ませ!」
知らない誰かの声はだんだんと大きく鮮明に聞こえるようになって来た。
ーーーうるさい。
気持ちよく寝ているんだから起こさないでほしい。
ポカポカと暖かい日差しと爽やかな風が心地よい。
なんとしてでも寝ていたい。
「ぅーん……。あと5分ぅ……」
知らない誰かは私が寝たいだけだと気がつくと、怒っているような低い声に変わる。
さらには私の身体を揺すってまで起こそうとしてくる。
全く、レディに気安く触らないで欲しいんですけど、というかうざい。
「あーもうっ! なんなの!」
我慢できなくなった私は起き上がるとともに怒りの声を上げる。
私は睡眠を邪魔されるのは世界で5番目に嫌いなの。
例えマブダチの蕾ちゃんであろうと私の睡眠を妨げれば許しはしない。
だが私の怒りはすぐに消え去ってしまう。
なぜなら見知らぬ場所で目を覚ましたのだから。
ゴミ溜めのように汚く、廃墟だらけの中にあるボロいベットの上に私はいた。
一体どうしてこんな場所にいるのか。
「はーーーーー。え? ちょ、どこよここ!」
汚いし臭いし寒いし最悪ッ。
辛うじてフード付きのローブのお陰で寒さは耐えられている。
ーーーあれ? こんなローブ、いつの間に着てたんだろ。
1人思考に耽っていると、私を起こした声の主がなにやらギャーギャーと喚き始めた。
「ちょっとオマエ! 我を無視するなよなっ」
私の主の方を振り向き、目を見開いて驚く。
なぜならそこには絶世の美女がいたのだから。
高1の私よりも小さく小柄、髪は金色でロングヘア、地面スレスレの長さにもかかわらず汚れ1つない。
全体的には、まるで棘のようであり鱗のような形をしている。
ワックスつけてもこうはならないよね。
「なに? それよりここどこ?」
「ヌガーーーーーーーッ!」
少女は雄叫びを上げると口から火を吐いた。
ーーーーーはい?
なんで、どうして、どうやって!?
人間って火なんて吐けたっけ?
私は混乱している中、立て続けに起こる出来事について行けずパニックに陥った。
「火いぃぃぃ!?」
大昔から人は火を恐れる習性があり、特に派手な炎は怖ろしい。
私の中のパニックの許容量、パニックゲージが徐々に上がっていきマックスに達した。
その瞬間、混乱を通り越した私の脳は急激に冷めた。
「あー。口から火を吐くとかえぐいね!」
よく分からない状態を打破するには情報源が必要になる。
そしてこの場にいる唯一の他人はこの少女のみ、よって冷静になった私の脳は反射的に仲良くすることを選び出したのだった。
では仲良くするのに1番初めに行うと効果的なことは何か。
答えは相手を褒めるだ。
例え出会ったばかりの人でも、かっこいいですね、可愛いですねと言われて嫌な人はいない。
よって私は褒めたつもりなのだった。
唯一の誤算としては日頃から使っていた若者語が出てしまったことだった。
「えぐい? つまり気色が悪いと言うのかッ!」
少女は顔を真っ赤にして激怒した。
無理もない、えぐいとはアクが強く喉や舌を刺激する味という意味で、今日では気色悪い、という言葉として使われるようになった。
さらには若者の間で、ヤバイやカッコイイと言った意味で使われるようになっていた。
だが、この少女の場合は前者の意味で捉えられてしまった。
「違う違う違うっ! かっこいいって意味だよ」
「あぁん? えぐいって気持ち悪いってことだろ?」
冷や汗が止まらない。
ここで協力者を得られなければ、私はこのゴミ溜めに1人さまようことになってしまう。
それだけは避けなければ……
「私の住んでるとこじゃかっこいいって意味で使うよ?ホントヨ、ホント」
嘘ではない。
学校じゃよく使われているのだから。
それにしてもここはどこなんだろう。
ゴミ溜めってこと以外にも不可解な事がある。
廃墟を見るに、元は西洋風の建物だったと思われる。
ならここは外国? それとも……
「なーんだ。ならアタシはかっこいいという訳か!あははは」
嬉しそうに尻尾をブンブンと振っている。
ん? 尻尾ーーーーーー?
なんなのこの子、もうヤダ。
先程までは普通の女の子の姿だったのに……
これはアレか、感情が高ぶると出てくるタイプか。
ここはファンタジー世界なのかしら?
「っ……、ファンタジー? ねえ、ここどこ?」
「あん? ここはニングスタルス国の外れにある放置場だぞ」
嫌な考えが確かなものへと変わっていく。
ファンタジー、聞いたことのない名の国、目の前の不思議な少女。
こんなの現実じゃありえない。
なら夢? いや……この不安さが、気味の悪さが夢だとは思えない。
つまりーーー、
「ここは異世界ってことね」
理解できたところでどうすることもできない。
まずやらなければならないことは、衣食住の確保ね。
ああ、どこかに衣食住をなんとかしてくれる親切な人でもいないかな。
などと思っていると、物陰からたくましく男が10現れた。
本当に来ちゃった!? 親切な人ーーー
「ぎゃははは。おいそこの嬢ちゃん達! 有り金全部……いや、服も含めて持ちもん全部渡してもらおうか?」
ではなく、私はごろつき10人に囲まれてしまった……貰えるどころか奪われようとしている。
ごろつきは手に錆びついたナイフを持っているし、体格的に見ても勝ち目はない。
あまりの不運に哀れな気持ちを通り越して怒りの感情が湧き上がりつつあるくらいだ。
「ああん? わけわかんねえこと言ってんなよ。ヌガーーーーーーーあれ?」
どうやら口から火を吹こうとしたらしいが煙が出るだけで、先ほどのような荒々しい火は出ない。
察するにガス欠状態だろう。
せっかく活路が開けたと思ったのに、まぢテンションバリ下がりなんですけど……
ごろつきは薄ら笑いを浮かべ、少女を嘲笑し始める。
「ぎゃはは。こいつら竜族の亜人か。誇り高き竜族ともあろうものがブレスすら使えないなんてな!」
竜族? 亜人?
聞き覚えのないワードが次々と出てくる。
念のため忘れないようにしておこう、いつか役に立つかもしれない。
少女は悔しそうに顔を真っ赤にして激怒してしまう。
どうやら馬鹿にされた事が癪に触ったらしい。
少し可愛いなんて思ってしまうが、今はそんなことを考えている場合ではない。
よくわからないが火を出せない以上、少女は私と同じく非戦闘員と考えていいだろう。
となればごろつき10人からどう逃げるかを考えなければならない。
状況は最悪、囲まれているせいで逃げ道はない。
ないなら作るしかないが、私にできることなんて高が知れている。
なにも答えが出せないまま立ち尽くす私の前へ、亜人の少女が立ちふさがった。
「オマエは下がってろよな。あのクズは我が喰らう!」
「え? 待ってもっと冷静にーーー」
その一言を私に伝えると私の言葉など聞かずに、すぐにごろつきへ向かっていってしまう。
小柄な少女1人じゃ勝てるわけないことは明白。
けれど少女は私が考えているよりもずっと強かった。
同時に襲いかかってくる2人のごろつきを小さな拳1つで無力化し、次のごろつきの元へと素早く駆けていく。
「このガキッ!」
私達を囲んでいたごろつきは少女を倒そうと陣形を崩した。
今なら逃げられるかもしれない。
そう思う私に相反して身体はまるで動かない。
どうしてーー?
怖いから?どこに逃げたらいいかわからないから?
そっか、あの子は私を庇って1人で戦っている。
それが私の判断を鈍らせているんだ。
「うらぁ!」
少女は次々とごろつきを倒していく。
けれど残る3人のごろつきは倒れた奴等と比べると見てくれからして強い。
果たして少女が勝てるのかーーーー無理だ。
体格も武器も何もかも違う。
何よりもごろつきは余裕の表情でいる。
少女の強さを目にしてもなお、余裕でいるという事は余程の自信があるという事になる。
そんなごろつきが束になって襲いかかって来たら勝ち目なんてない。
今なら私1人逃げたところでバレはしない。
ーーーーー逃げなきゃ。
「ぎゃははは。子供とはいえ流石は竜種の亜人だな」
ごろつきは少女へ間合いを詰め始める。
手にあるナイフは雑魚達のものと違い鋭そうだ。
かすりでもすればいとも容易く切られてしまうだろう。
怯む私とは対照的にやる気満々でいる少女、どうしてそんなにも強いんだろう?
「ヌガァアアア!」
先に動いたのは少女の方だった。
まるで獣のような雄叫びを上げつつごろつきの1人へと拳を突き出す。
ごろつきはそれを防ぎつつナイフを振るう。
しかし、少女はそれを先読みしており微かな動作だけで避けるとごろつきの顔面へと強烈な一撃を叩き込む。
「ガハッ」
まるで紙切れのように吹き飛ぶごろつき。
その様子に満足そうな少女。
だが、その背後には既に別のごろつきが迫っていた。
ーーーダメなんだ。このままじゃ負けちゃう、やっぱり1人で逃げてしまうしか……
「なッーーーーー」
背後に迫っていたごろつきに気づき驚きの表情を浮かべた少女は地面へと叩きつけられてしまう。
瓦礫の上に叩きつけられた少女は傷を負いつつも、必死にその身を起こそうと試みる。
だがごろつきは少女の頭を鷲掴みにすると地面へと叩きつけ、顔にナイフを当てる。
少女は悔しさと恐怖で涙を流し始めた。
声を上げる事はなく歯を食いしばり、涙だけを流す。
その様子を満足した様子でごろつきは嘲笑する。
「ぎゃははは。俺らに逆らうからこうなるんだぞ?」
「リーダー。あんま笑ってやるなよ、これから挫く心が折れちまってちゃ面白くーーーーー」
「黙りなさい! 私はとてもキレたわ!」
私は少女を押さえつけているごろつきのすぐ近くまで行き、喧嘩をうった。
すっかり私を忘れていたらしいごろつきは意外そうな顔をしてすぐに笑い出した。
忘れるほどの雑魚が騒いでいるのが面白いらしい。
「ぎゃはは。おいおい、てめえもこうなりてえのか? フードで顔を隠しているような臆病な亜人風情が調子にのるな!」
「うるさい。私は亜人じゃないわ。私はーーー」
フード付きのローブを乱雑に脱ぎ捨てる。
そして露わになる私。
その姿を見たごろつきは何故か激しく動揺して歯をガタガタと言わせ始めた。