第十四話 『魔科学』より
東京の下町に静かに佇む骨董屋『ろまん』
その居住空間である居間に置かれた不思議な扉は
摩訶不思議な異世界の研究室へと開かれた
――王立アレクシア学院
「欲しいーーーーっ!!」
「なんですの、突然?」
魔術科校舎の廊下で叫ぶアンリに、隣を歩くメリッサが呆れた声を出す。
魔術科の二年生同士である二人は共に研究室に向かうことが多い。
「コレだよ、コレッ!!」
アンリが手に持った本を開いて指を差す。そこには風景から直接抜き取ったような絵が描かれており、色もカラフルで見るということを楽しませてくる。
「これは・・・読めませんわ」
だが悲しいかな、肝心の文字がなんて書いているか全くわからないのだ。
「これはね、『オートバイ』っていう乗り物だよ」
「貴女『ニホン語』が読めるようになりましたの!?」
「うんーん、シマさんに聞いただけ」
「だと思いましたわ・・・」
そう、アンリの手に持つそれは日本で発刊されている情報誌であった。
結局打ち上げをした日の夜は、生徒たちに隠し通すことは無理だと判断した志摩が口外しないよう厳令して秘密を打ち明けた。最初は異世界なんて信じられなかったが、ソフィの説得や『科学』についての裏付けなどからひとまず納得することにした。
ソフィの引越し問題は、家賃を収めるということで承諾された。もとより志摩も本気で嫌だったわけではなく、驚愕だった部分が大きかったのと異世界の資金を調達できるという事で直ぐに決着した。
志摩に聞きたいことが山ほどあった生徒たちだが、夜も遅くエーリカが再び眠ってしまったため、ひとまず骨董屋『ろまん』の居間で雑魚寝して一晩を明かした。翌朝、目を覚ましたエーリカは昨晩の記憶をしっかり覚えていたようで混乱と恥ずかしさから引きこもった。―――志摩の家で。
それからエーリカを説得して引っ張り出し、ソフィの引越しを手伝っていたらまともに話が聞けないまま一週間が過ぎていた。元々準備室に住んでいると言っても過言ではないソフィだが、一応住居区に借りた部屋はある。荷物は少ないものの魔術科校舎から遠く、デリケートな魔術道具もあるので時間が掛かってしまった。
アンリが持っている雑誌は引越し作業中に彼女の目に留まり、志摩に頼んだらあっさりくれたものである。本来は骨董品の情報誌だが、広告ページ載っていた荒野を走るオートバイに心を奪われたようだ。
「『おーとばい』ねぇ・・・。でも、車輪が前後に一輪ずつではバランスが悪そうね。それにコレ、馬はどこに繋ぎますの?」
「ふっふっふっ。このオートバイはね、馬も使わないで走ることができるんだよ。しかも馬の何倍もの速さでっ」
「馬も使わずに動くなんて、そんなわけ・・・でも『向こう』なら・・・」
「そっ。あっちじゃ普通に走ってるんだって。あぁ、風を感じながら大地を駆ける・・・ほしいほしいほしいほしいぃーーーっ!!」
「ちょ、ちょっとおやめなさいな!みっともない。それにわたくしに言っても仕方ないでしょう」
「うぅ・・・メリッサだって、シマさん家にあったガラス時計に見惚れて、押しても引いても動かなかったくせに」
「あ、あれは、その・・・もうっ、駄々をこねる貴女よりマシよ!」
ちょうど研究室についたのでメリッサが扉を開けると、中はがらんとして誰もいない。
「やはり、まだ誰も来ていないのかしら?」
「私たちは前の授業が早く終わったからね。ソフィ先生は・・・『ろまん』だね」
「間違いなさそうね」
最近、準備室の奥に引っ越した先生のことを思い、少し笑みがこぼれる。
「折角だからさ、私たちも行こうよっ」
「えっ?でもいいのかしら」
「大丈夫、大丈夫。それにメリッサだってもっと知りたいでしょ?向こうのこと」
「それは・・・まぁ・・・」
「よしっ、じゃあしゅぱーつっ!!」
アンリが駆け出しメリッサも続く。準備室の扉を開けると、そこは魔術道具や書籍が所狭しと置かれいるのは変わらないが、生活感はなくなっていた。『ろまんの扉(アンリ命名)』は準備室の奥に移動させており、横には靴入れも置かれている。アンリは逸る気持ちを抑えながら靴を脱いでゆっくりと扉を開ける。
そこには、
「ほしいほしいほしいほしいほしいぃーーーー」
床にうつ伏せになり手足をばたつかせ、座布団に顔を突っ込んで駄々をこねる先生の姿があった。座布団で覆われているので声は抑えられているが、二人にはしっかりと聞こえていた。
「「・・・」」
「はぁ。どうやったら手に入れ・・・」
ようやく顔をあげて二人に気づく。動きが完全に止まったまま時計の秒針だけが音を刻む。
「あ、あのね。ち、違うの、これは違くてっ!ちがうのっ!!」
耐え切れずに二人が目を反らす。
「そのっ、これは・・・ち、ちがうのぉーーーーーーっ!!」
ガラッ
「うるさい」
顔を真っ赤にしながらソフィが叫び上がると、事務室の襖が空いて志摩が目を尖らせて出てきた。
「「「ごめんなさい」」」
その顔に、何故か関係のないアンリとメリッサまで謝ってしまうのだった。
ようやく落ち着いたソフィが慣れたように二人の座布団を出して座らせる。ちなみに、志摩は店番へと戻っていった。
「はぁ~。はずかしいぃ・・・」
「でも、シマさんに駄々をこねていたわけではないのですね。ちょっと安心しましたわ」
「さすがにそんなことできないですよ。でもどうしても欲しいものがあって、気づかれないようちょっとだけ言葉に出していたのです」
(・・・ちょっと?)
「そこまでするなんて、ソフィ先生なにが欲しいの?」
「・・・ニホン国籍」
「デカっ!!」
物理的でなく規模的な意味で二人が驚く。アンリはやれやれと肩を竦めてみせた。
「もう。だからって駄々をこねるなんて先生も子供だなぁ」
(さっきまで、同じことを言っていた方がいたような・・・)
「そ、その話はもう置いてっ。それより二人は何か用があったのですか?」
話題をそらすソフィに二人は同時に首を振る。
「んーん、早く来すぎちゃったから」
「それに、こちらのことも詳しく知りたかったですし」
「そうでしたか。ここしばらくお手伝いばっかりでごめんね」
「いいんだよ、それくらい。ねっ、メリッサ」
「うぇっ!?ま、まぁわたくし達から申し出たのですし・・・」
「ふふっ、ありがとう。そうだ!こっちのことを学びたかったのなら、ちょうど良い時間です」
「良い時間?モノとかじゃなくて?」
疑問に思っている二人をよそに、ソフィはちゃぶ台の上にあるボタンがたくさん付いた黒い箱をもって赤いボタンを押す。すると、正面のガラスがはめ込まれている謎の黒い板が突然光ったと思うと、ガラスの向こうから音を出して何かが猛スピードで走ってきた。
「ッ!?」
「きゃぁっ!?」
慌てて二人は防御の姿勢をとる。だが、いつまでたっても衝撃はこない。
「えっ?」
「あれ?」
「二人共大丈夫ですよ。これは『テレビ』といって遠くの風景を映す道具なんです。今はちょうど『クルマ』のCMだったみたい。私も最初は驚きましたが」
呆気にとられる二人だが、アンリが何に気がついたようにソフィに身を乗り出してきた。
「先生ッ!!これってもしかして、オートバイと同じモノですか!?」
「おーとばい?あぁ、バイクね。そうですね、同じ内燃機関の乗り物です」
「やっぱり!!すごいよっ、ホントに速い」
「実際の目で見ても信じられませんわ。一体どうやって動いているのかしら」
いまだ放心状態のメリッサと手をあげて喜ぶアンリ。その目はキラキラ輝いている。
「その話はまた今度ということで今はこちらを」
ソフィはチャンネルを変えると、陽気な音と共に白い一室が映し出された。
「ソフィ先生、これはなんですの?」
「これはですね、科学を教えてくれる教育番組です。シマさんに教えてもらったんです」
「『科学』を!?そんな簡単に教えてくれるの?」
「えぇ。科学は誰もが学ぶことができます。科学に限らず、各学問も開かれているので知りたいことがあれば自分で調べられるのです」
「こんなに広く学問を教えてくれるなんて・・・」
「すみません、もう実験が始まるので静かにしてください」
「あっ、申し訳・・・ってリゼルさん!?」
メリッサが素っ頓狂な声を上げた先にはリゼルが座っていた。
「いったい、いつの間にいらしたの?」
「先程からいましたが?それより座ってご覧にならないのですか?」
「え、えぇ・・・」
ツッコミに疲れてしまったメリッサが腰を下ろすと、ちょうどマリオやエーリカもやってきて臨時の科学授業が始まった。
文字を読むことはできないが、話している内容はわかる。不思議な現象だが、扉を通った者は認識しているモノが同じならば通じ合える、というのがソフィの仮説だ。だとすれば、『ガロロマ』とは・・・と志摩は考えたが、ソフィが「黒くてカサカサ動いて時々飛んで、鳴き声は・・・」と言ったところで会話を中断し、それ以上追求することをやめた。
今までよりくまなく掃除された居間で、異界組は真剣にテレビに目を向ける。
画面の中では台の上に透明な容器、長さの違う2本のロウソクが置かれている。2本のロウソクに火がつけられ、透明な容器が被せられる。そして、しばらくすると長いロウソクだけが消えてしまったではないか。
「えっ!?なんで?」
「ロウソクには、あの透明な器が被せられていましたわ。風で消したというわけではなさそうね」
「しかも長い方だけ消えよった。どないなっとんねん」
それぞれが疑問を口にする間に、短い方のロウソクも消えてしまった。
「もしかしたらこれも『ゲンシ』や『ブンシ』というモノの働きなのでは?」
「素晴らしいです、エーリカさん。火は酸素が無いと燃えないということをちゃんと覚えていたのですね。しかし・・・」
嬉しそうにソフィはエーリカを褒めるが、続いて困った顔をする。
「燃焼によって容器が二酸化炭素で満たされれば、確かに火は消えます。ですが、二酸化炭素は酸素より重いと聞きました。ならば、短い方が先に消えるはずです」
「では、あの器の中にはそれ以外の秘密があるのでしょうか?」
「それもありえますが、もしかしたら限定的な反応が起きてるのかもしれません」
それぞれ議論していると、番組は回答編に入っていた。
その答えは『暖められた二酸化炭素は酸素より軽いため、長いロウソクが先に消えた』というものだった。
「おぉ!!ソフィ先生の正解だ」
「いえ、私は先に色々と聞きかじっていたからに過ぎません。エーリカさんもよく始めに気がつきましたね」
ソフィに褒められて得意げになるエーリカ。この間はカッコ悪いところを見られたので名誉挽回に燃えているようだった。
「よーし、次は私がやるよっ」
「いやいや、アンリ先輩。次はオレがいただきます・・・ってあれ?」
「これは、もう終わり・・・ですの?」
意気込む生徒たちだったが、番組は既に終わり別の放送に変わっていた。
「そんなぁ。もっと見たいよっ」
「ソフィ先生、もっと見れないんですか?」
「うーん、この時間はもやってないかな。続きはまた今度ね」
「うぅむ。他の科学も気になって仕方ないが・・・止む終えまい」
残念がる生徒たちを見て、ソフィは嬉しそうに顔を向けた。
「みなさん科学が好きになったみたいですね。でしたら、今度から授業の一部を使って科学も学んでみませんか?」
物足りない顔をしていた生徒たちは一斉に顔を上げ、次に明るい表情になる。
「よろしいのですか?」
「はい。ここはシマさんの家なので勝手に使えませんが、元々科学の原理を使った魔術の行使、『魔科学』の構想を皆さんに話す予定でしたから」
「魔科学・・・。なにそれすっごく面白そうっ!!」
「ソフィ先生。私それやりたいです!すごく!!」
「おぉっ!えぇなっ、兄貴に自慢できるわ!!」
「わたくしもお母様にも自慢できそうですわ!!まさかこんなことになるなんて、思いもしませんでしたわ」
「うむ。ソフィ殿、これからもより一層よろしくお願いしますぞ!!」
「み、みなさんっ。静かにしないとまたシマさんに怒られちゃ・・・」
ガラッ
「あっ・・・。す、すみません、また騒がしく―――
「いいぞ」
・・・えっ?」
「この部屋を使いたいんだろ?好きに使え。だが、なるべく静かにな」
「シマさん・・・。はいっ、ありがとうございます!!」
「シマさんありがとー!!だーい好きだよっ!!」
「ありがとうございます。このご恩はいつか必ず」
「よっ、大将。太っ腹やな!!」
「シマさんのご配慮、メイ家を代表してお礼を申しますわ」
「シマ殿。その心の広さ、感服しました」
感謝の言葉に背を向けて、手を振って答えながら志摩は店に戻る。
(静かにって言ったろうが・・・仕方ないな)
店に戻ると、裏手に住む老夫婦が来ていた。
「すみません、騒がしくして」
「いいんじゃよ、それくらい元気な方が。あの子らじゃろ?グループでホームステイしにきたのは」
「えぇ。欧州で知り合ってその縁で」
「賑やかで楽しそうね。それにシマちゃん、随分好かれてるみたいじゃない」
「大袈裟ですよ。オレはたいしたことはしてません」
「ふふっ、どうかしら。でも、これからが楽しみね」
「それは・・・そうですね。オレもそう思います」
少しムズ痒そうに、しかし満足げに頷くのであった。
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