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あとがき


瀬戸内の師走の候には珍しく、雪の降る冷え込んだ日に、私は産まれた。




穏やかな海と、趣きのある山々に囲まれた、あの温かいお家の座敷で、お産婆さんに取り上げられ、元気に産声をあげたのだ。




くみ子姉ちゃんも知恵ちゃんも、赤子が産湯をつかうのに興味津々で、二人揃って監督さんの様に赤子を見守っていたそうだ。




実に63年前の出来事なのであり、二人のいとこ達も親となり、自分がそうして貰って来た様に、それぞれの子供たちに愛情をかけて育て、見返りを求めない愛という物の存在を自らの中に見出し、実践し、実感をしているだろう事と考える。




例に漏れず、私自身もこの世に子供達を産み落とし、時には嵐や竜巻の様な人生の荒波に翻弄されながら、命からがら生き長らえて来た。




自身の子育てにあたっては、多分に自身の子供時代の経験や親との関係性が、良くも悪くも影響力を持って関わって来るであろう事は想像していた訳だが、実際の生活の場では、ひとつひとつの場面に接した際の自分の捉え方や具体的な対応は、実に無意識の種類の物なのであり、それは身体の芯にまで染み付いてしまっているくらいの、自分に取っては当たり前の道理であったのだった。




ところが、自分の意図する所とは全く別の次元での、子供との軋轢、義理の親との不和、そして夫との衝突を経て、私は然るべき医療機関を訪ね、医師に相談し、複雑性PTSDという診断を受けた。




診断を下される少し前から、何かに突き動かされる様に執筆を始めていた本作品であるが、いつの頃からか、私は自身の母との関係を、見つめ直したいという気持ちを持ち始めていたのだと気付かされた。




主に幼少の時代に、長期間に渡って、心理的、身体的な虐待を受け続けた事により、何十年も経過してから、心身に悪影響が出現するタイプの疾患であるという事であった。




子供は、全面的に大人を頼らなければ、生命の維持において保証されない。




にもかかわらず、子供が到底知りえぬ部分で、虐待性を秘めた大人に関わり続ける事を強いられた場合は、果たして子供の心身は健全に育成されるのであろうか?




母が亡くなった年齢を過ぎて、自身も子育てを経験して、母を一人の人間として冷静に観察する時、私は心の奥底に、深い傷を負っている事に気付いたのだった。




そしてその傷の原因として、大きく絡んでいるであろう、母の存在という物に、一度きちんと向き合って、自分の中で折り合いを付ける事が必要なのだと悟った。




本作品は、自分自身の為に、自分への鎮魂歌の様な意味合いで、自身の再生を願って、大切に綴った物語である。




それと同時に、愛しい、愛すべく、最愛の母の魂への、レクイエムにもなっていく事だろう。




何故なら、母と子はいつまでも、一心同体なのだから。




私は今や、母の人生を生き直すのではなく、自分自身の人生を生き直そう。




一体どんな展開が待ち受けているのか。とても楽しみだ。






2026年 4月吉日

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