ベテランメイドの本気
翌朝。
「お嬢様、おはようございます」
体内時計どおりに目を覚まし、身支度を整えて部屋を出る。
廊下を歩いていると、メイガンさんと鉢合わせた。
「今日は、何をなさるご予定ですか?」
「メイガンさん、おはようございます。今日はカイテルさんと一緒に、中央街へ出かけるんですよ」
いつも優しくしてくれるメイガンさんに、私は笑顔で答えた。
「今まで、ずっとカイテルさんにいろいろ奢ってもらいましたから。今日は私が、カイテルさんにいろいろ奢るんですよ」
そう言うと、メイガンさんがぱっと目を見開いた。
「まあ!それでしたら……お着替えのお手伝いをさせてくださいませ。朝食のあとに、着替えましょう」
「??大丈夫ですよ?支度はもう終わっていますし、このままで行きますから」
そう言いながら、私は自分のドレス姿を見下ろす。
ジョアンナお嬢様のドレスだから、ちゃんと綺麗だ。
髪も、ジゼルお姉ちゃんに教えてもらったとおり、可愛くできている。
今の私は、田舎娘には見えない……はずだけど?
「ダメです!」
メイガンさんが、びしっと言い切った。
「せっかくカイテル様とデー……いえ、お出かけなのですから!いつもより、二倍も三倍も可愛くしないといけません!」
……あ、これは。
ベテランメイドのスイッチが入った気がする。
でも、何度もカイテルさんと出かけているし、そこまで気合を入れなくてもいいんじゃないかな……?
この淡い緑色の、小さな花柄のドレスだって、とても可愛いのに。
「私にお任せください。カイテル様が、絶対に喜ばれますから!」
(……そうなの?)
いつも優しいカイテルさんが喜んでくれるなら、任せたほうがいいのかもしれない。
「そうなんですか……?じゃあ、お言葉に甘えますね」
「任せてください!」
メイガンさんは胸を張った。
朝食後、出発までの時間を、カイテルさんと庭を散歩したり、居間で過ごしたりした。
そして、居間にメイガンさんが現れる。
「お出かけの支度に、少しのあいだリーマお嬢様をお借りいたします。カイテル様、お楽しみになさってくださいませ」
にやにやと笑うメイガンさん。
「よろしく頼むぞ」
カイテルさんも、意味ありげににやっと笑った。
……え?
私の支度なのに、どうして私は会話に入れてもらえなかったの?
首を傾げている間に、メイガンさんに手を引かれ、部屋へ向かう。
部屋に入ると――
クローゼットにはなかった、ジョアンナお嬢様のドレスが一着、姿見のそばに掛けられていた。
また、ジョアンナお嬢様のドレスが増えてしまうのね……。
クローゼット、もうパンパンなのに……。
それにしても。
そのドレス、なんだかいつもより輝いていない?
淡い桃色のドレスなのに、光を受けて、きらきらしている。
どうやったら、こんな光沢が出るのかしら。
……値段を聞いたら、私はきっと気絶する。
今までどおり、聞かないでおこう。
メイガンさんは、私が着ていたドレスを手際よく脱がせ、そのきらきらしたドレスを着せていく。
あまりに豪華で、だんだん不安になってきた。
これ……田舎娘の私に、似合うのかな。
「まあ……思った通り、お美しいですわ、お嬢様〜」
「ほ、本当ですか?慰めの言葉じゃ、ないですよね?」
「本当です。私は着付けのプロですから。信じてください。今日は、いつもより、うんと可愛くいたしますよ」
そう言って、白粉を薄くのせ、唇に口紅を引く。
終わると、胸の前で手を組み、満足そうに何度も頷いた。
「……あれ?これだけですか?」
今日のメイガンさんはいつもより気合いを入れているから、もっと派手な化粧をされる覚悟をしていたのに。
「ふふっ。お嬢様はもともとお美しいですから、これ以上はいりません」
メイガンさんは、やさしく笑う。
「それに……自然な美しさのほうが、カイテル様のお好みでしょうし〜」
……好み?
それって、理想の妹、という意味かな?
……たぶんそう。
「では、次は髪型ですね〜」
そう言うと、髪を巻き、結び、編み込み――
手際よく仕上げていく。
鏡に映る自分を見るたび、私の顔はだんだん引きつっていった。
最後に、カイテルさんが買ってくれた髪飾りをつけて、完成。
……すごく、可愛い。
本当に、可愛い。
でも。
こんなに豪華な髪型、私に似合ってるの……?
「素敵です〜〜!とても美しいです〜〜!」
「も、もう少し普通のほうが……」
「何を言っているんですか。とてもお似合いですよ。普通にしたら、もったいないです!
せっかくデー……お出かけなのですから!」
「……あ、ありがとう……ございます。メイガンさんのおかげです」
顔を少し引きつらせたまま、そうお礼を言った。
「では、お嬢様。今日は頑張ってくださいね。いってらっしゃいませ」
玄関まで見送り、そう言うと、メイガンさんはくるりと身を翻し、どこかへ消えてしまった。
……「頑張れ」と言われても、今日の私の所持金次第なんだけどね。
玄関では、カイテルさんが待っていた。
「カイテルさん、お待たせしました」
声をかけ、小走りで近づく。
カイテルさんも、今朝とは違う服を着ていて、いつもより、ぐっと大人っぽくて格好いい。
どんな姿でも格好いいけれど、今日は特別だ。
騎士というより、貴族のオーラを纏っている。
……さすがカイテルさんだわ。
「…………」
こちらを向いたカイテルさんは、固まってしまった。
……あれ?
何か、褒めてくれると思ったのに……。
やっぱり、似合わなかったのかな。
髪型、変えたほうがいいかしら。
「あ、あの……カイテルさん――」
「リーマ……今日も……すごく、きれいだ」
頬を赤く染め、照れたように笑うカイテルさん。
それを見て、私の顔まで熱くなる。
「ほ、本当ですか?よかったです……ありがとうございます」
俯きながら、そう答えた。
「メイガンさんが……すごく気合を入れてくれて……」
気に入ってもらえたみたいで、よかった。
多分、この髪型、そこまで変じゃない。
「……すごく、きれいだ」
カイテルさんは口元を押さえ、視線を逸らして深呼吸する。
「じゃ、じゃあ……行こうか?今日は、リーマが俺を甘やかしてくれるんだろう?楽しみだな」
顔を真っ赤にしたままのカイテルさん。
「はい。今日は何でも甘やかします。任せてください!」
ふふっと笑い、私の手を取るカイテルさん。
私たちは、そのまま一緒に馬車へ向かった。




