変わらない子
馬車の中で、リーマは今日の出来事を楽しそうに話していた。
試験が無事に終わったことに、かなり自信を持っている様子だ。
ずっと勉強してきたし、もともと頭のいい子だ。
それも当然だろう。
そして――
どこかの貴族の息子に食事へ誘われ、断ったところ、
手をつかまれ、どこかへ連れて行かれそうになった、と。
その言葉を聞いた瞬間、
俺は思わず、血がにじむほど拳を強く握っていた。
「あいつは――」
誰だ、と聞きかけて、言葉を飲み込む。
ここで感情をぶつけても、リーマを不安にさせるだけだ。
だが、当の本人は、まるで他人事のように、取り調べの話を続けていた。
まるで危険な目に遭った自覚がない。
――いや。
自覚は、あるのだろう。
ただ、彼女の中では「解決したこと」になっているだけだ。
「まだ大人になり切っていない人でしたから、常識というものを、ちょっと教えてあげました」
そう言って、リーマはジョージが作ったクッキーをかじる。
どこか照れたように、少しだけ声を落として。
「昔、おじいちゃんが教えてくれたことを、ほぼそのまま言っただけなんですけど……
ラシェルさんとセシルさんに、『えらそう』って思われちゃったかもしれません」
そう言って、また小さくクッキーを齧り、自信なさそうに眉をひそめる。
……ああ。
あの場で相手を完膚なきまで追い詰めた本人が、まさか自分の言葉を反省しているとは。
「おじいちゃんみたいに、説得力はなかったかもしれませんけど……」
小さく息を吐いて、リーマは言った。
「誰かが、大人になるための、ほんの少しの背中押しになれたら、嬉しいなって思ったんです」
……そんな顔で言うな。
――本気で、そう思っているのだ。
叱ったつもりも、打ち負かしたつもりもない。
ただ「正しいと思ったこと」を言っただけ。
……昔も、今も。
リーマは変わらない。
純粋で、天然で、どうしようもなく優しい。
だからこそ、危うい。
俺は、そっと視線を逸らし、握りしめていた拳を、静かにほどいた。
この子がそんな役目を背負わなくていいように。
誰かに背中を押す前に、誰かに傷つけられることのないように。
―次は、俺が守る番だ。
胸の奥でそう誓いながら、
何も気づかず楽しそうにクッキーを食べるリーマを、ただ見つめていた。




