余裕余裕の一日
朝食が終わると、メイガンさんが支度を手伝ってくれた。
保健省と試験、という二つのキーワードに相応しいドレスと靴を選び、髪もきれいに整えてくれた。
一階に降りると、料理長のジョージさんが昼食用のお弁当を差し出しながら言った。
「試験、頑張ってください。夕食はお嬢様の好物、卵の茶碗蒸しを用意しておきますよ」
「ありがとうございます!」
自然と笑顔になる。
――このお弁当も夕食も、絶対美味しい!
メイガンさんも鞄を渡しながら、
「いってらっしゃいませ。試験、頑張ってください」
と微笑んでエールを送ってくれた。
馬車で屋敷を出ると、カイテルさんは私を王城・保健省の正門前まで送ってくれた。
私は試験会場へ、カイテルさんはそのまま騎士団本部へ向かう予定だ。
保健省の正門に到着すると、すでに人がたくさん集まっていた。
みんな、真剣な表情で、誰とも目を合わせず、黙々と中へ入っていく。
開放的な場所のはずなのに、空気はぴんと張りつめている。
――みんなも、試験なんだろう。
気楽に試験に挑むのは……おそらく私だけ。
まあ、仕事は保証されているから、気楽でいいよね。
――と思った、その直後。
なぜか一瞬だけ、背中がひやりとした。
――誰かに見られているような気がした。
思わずキョロキョロと見回したけれど、特に変わった様子はなかった。
……気のせいか。
カイテルさんがギュッと私の手を握った。
「リーマ、頑張ってね。でも無理はしないで。
試験は夕方までだから迎えに来る。誰に誘われても絶対についていくなよ。
話しかけられても無視。
特に男だ。
いいね?」
念押しが止まらない。
カイテルさんってば、私のことを五歳児でも思っているのかな〜?
相変わらず過保護なんだから。
「わかりました!無理せず頑張ります!カイテルさんだけ待ってます!他の男について行きません!」
笑顔で答えると、カイテルさんは顔を赤らめ、そっと私の頬に触れて微笑んだ。
カイテルさんからパワーをもらった。
きっと大丈夫!
私は正門の前で手を振り、保健省の敷地へ入る。
振り返ると、カイテルさんはまだその場に立って、こちらを見ていた。
きっと、私が中に入るまで動かないんだろうな。
私はもう一度、笑顔で手を振った。
カイテルさんも微笑んで、手を振り返してくれたのを見届けてから、私は建物の中へと足を向けた。
試験会場を探しながら、周りの受験者らしき人たちにちらりと見られつつ廊下を歩く。
すると、ある部屋の前に、
「試験のため、関係者以外立入禁止」
という看板を見つけた。
どうやら、ここらしい。
私は受験者と思われる人たちと一緒に、その部屋の中へ入っていった。
試験会場は、メイソン家の屋敷の玄関ホールよりもはるかに広い。
元は会議室か何かだったのかもしれない。
席の指定は特にないようで、少しだけ戸惑ったあと、私は人の少ない一番後ろの席に腰を下ろすことにした。
……ふぅぅぅ〜。
小さく息を吐いた。
試験は、大丈夫なはずだ。
ロラン小父様のおかげで、今までの試験問題はだいたい把握できているし、出題の傾向もわかっている。
問題があるとすれば――
私は、そもそも「試験」というものを受けたことがないという点だ。
変なところで、変なことをしてしまわないか……。
そこだけが……ちょっとだけ心配。
ロラン小父様の過去問題によると、保健省の医療採用試験の内容は、
植物や毒草の効果、
調合方法と分量、
どんな病気にどの植物を使い、
どの薬で治療するか、
さらには病気の診断まで。
……うん。
試験内容そのものは、おじいちゃんに教えてもらったことばかりだ。
村では、実際におじいちゃんと一緒に治療をしたことも何度もあったし、
植物や毒草について、夜通し語り合ったこともあった。
そのせいで寝坊してしまい、ブランちゃんと鹿ちゃんたちに『コンコン』と小屋の扉を叩かれ、
さらに『ゴンゴン』と、リスちゃんや鳥ちゃんに窓をノックされて起こされたこともある。
……今思い返しても、あれはすごかった。
だから、植物と毒草の効果についての試験は、まず問題ないはずだ。
動物たちに起こされたことと試験の出来に関係があるかは、正直ちょっと怪しいけれど――
まあまあ、余裕余裕。
薬の調合方法と、植物の材料の分量も問題ない。
腹痛薬、頭痛薬、鎮痛剤といった基本的な薬はもちろん、
回復薬、睡眠薬、麻酔薬、解毒剤まで――
おじいちゃんに千回以上は叩きこまれたから、余裕余裕。
問題があるとすれば、
その薬の材料に虫が含まれているかどうか、ぐらいかな。
虫は薬にもなるけれど、正直、あまり触りたくない。
虫と同じくらいの効果がある植物もたくさんあるんだし、わざわざ虫を使わなくてもいいよね。
一番許せる虫は……蜂ぐらいかな。
蜂蜜は、お父様からもらったケーキと同じくらい、一生忘れられない味がするから、大好きなんだよね。
昔、森の中で蜂の巣を見つけたことがあった。
おじいちゃんは蜂を駆除したあと、その蜂を薬にして、さらに蜂の巣から蜂蜜を採った。
その蜂蜜は、クーリッジ家の何ヶ月分ものおやつと調味料になったんだよね。
懐かしいなぁ。
それに、メイソン家の屋敷の図書室には、植物や毒草に関する本もたくさんある。
問題集を解きながら本も読んで勉強していたし、合格するはずだから、まったく心配ないよね。
余裕余裕。
ショーン大臣によると、この採用試験は午前と午後の二部構成らしい。
午前は筆記試験で二百問、三時間。
午後は実技試験で二時間。
筆記試験は、二百問中、八割以上正解しなければならない。
……まあまあ。
仮に八割以下だったとしても、
私は国の最高幹部、十大大臣のお四方から、保健省と医療室の仕事が保証されている。
だから、やっぱり――余裕余裕。
実技試験は、調薬試験と病人の手当て。
調薬は大好きだし、おじいちゃんに何千回もやらされたし、
分量も調薬時間も、ぜんぶ頭に叩き込まれていた。
看病だって、村の人たちを何度も看てきた。
最近だと、あの七人の治療もしたし――
これも、余裕余裕。
……あらまあ〜。
今日の試験、私にとって全部余裕じゃないの〜?
それなら――
明日、カイテルさんとのお出かけの計画でも立てておこうかな。
まず中央街で、カイテルさんが食べたいお菓子を奢って、そのあとは歓楽街で楽団を見るのもいいよね。
時間があったら、お芝居も見たいな。
食べたことのないお菓子もたくさんあるし、久しぶりに音楽とお芝居も楽しみたい。
初めて楽団を見たとき、楽器の音が全部素敵だったんだよね。
ヴァイオリン?
首、痛くならないのかなって心配になったし、
ドラム?
あれは楽しそうだったなぁ。
嫌なことがあったら、思いっきり叩きたいよね〜。
……あれ?
これ、全部私のやりたいことじゃない?
カイテルさんのやりたいことも、あとでちゃんと聞かないと。
それに、明後日からはマラーヤで三泊の観光もあるし――
超楽しみ〜〜。
……なんて考えていたら、
私の意識はだんだん、試験から離れていくのだった。
……まあ、余裕余裕。




