ホワイトウルフと小さな来訪者
リアが出産してから、数日が経った。
私とカイテルさん、そしてリオが病院から屋敷に戻ると、
ジョアンナお姉様が息子のドミニク君とドナルド君を連れて、メイソン家の屋敷を訪れていると知らされた。
どうやらジョアンナお姉様が、
「屋敷には動物の赤ちゃんがいるのよ」
とドミニク君とドナルド君に話したらしく、二人はそれを聞いて大興奮したみたいだった。
どうしてもリオとリア、そしてその子どもたちを見たいと駄々をこね、
結局ジョアンナお姉様が折れて、屋敷に連れてきたようだ。
「二人ともね、とっても楽しみにしていたのよ」
そうジョアンナお姉様は、少し困ったように、でも嬉しそうに笑っていた。
一緒に晩ご飯を食べ終えると、
私とカイテルさんは、ドミニク君とドナルド君を連れて、リオとリアの小屋へ向かった。
しばらくの間、ホワイトウルフちゃんの子どもたちと戯れた。
子どもたちも新しい友達ができたのが嬉しいのか、
ドミニク君とドナルド君の体によじ登ったり、
ほっぺたをぺろぺろ舐めたり、
短くて可愛い尻尾を、お尻ごとぶんぶん振ったり、
すりすりと体を寄せながら、
「くんくん」と甘えた声で鳴いたりしていた。
「〜〜〜〜っ!」
……破壊的に可愛すぎる〜〜っ!
私はずっと、大人のホワイトウルフちゃんであるリオとリアしか見てこなかった。
だから、ホワイトウルフというのは「無駄に誇り高い動物」だと思っていた。
でも、きっと昔は――
リオとリアにも、こんな可愛くて無垢な一面があったのかもしれない。
世の中は、知らないことばかりだ。
この子たちも、大人になっても、
こんなふうに可愛くて無垢で、純粋なホワイトウルフちゃんのままでいてくれたらいいな。
……期待してもいいかしら?
そんなことを考えていた、そのとき。
私は、ドミニク君とドナルド君による――
とても危険な攻撃を受けてしまった。
「リーマおねぇちゃん、ぼく、ほあいとうふふにのってみたい〜〜」
……五歳のドミニク君が、私の手をぶんぶん揺らしながら、可愛い顔と声で甘えてきた。
うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……。
「ぼくも……おあいとうふーに、のりたい〜〜」
三歳のドナルド君も負けじと、私のもう片方の手を握って、必死に甘えてきた。
うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……。
こ、こ、子どもって……
な、なぜこんなに……っ!?
……誰が、拒否できようか。
子どもというのは、可愛い可愛い小悪魔ちゃんだ。
こんなふうに甘えられたら……断れるわけがないじゃないか。
だからジョアンナお姉様も断れなかったのね〜。
なるほど、納得納得。
「いいよ〜。しっかり掴むんだよ。落ちたら痛いからね〜。リオ、リア、ゆっくり走ってね〜」
私はドミニク君をリオの背中に、ドナルド君をリアの背中に乗せた。
二匹はいやいやな顔をしながら、
(オレタチは――っ!)
とか何とか唸っていた。
でも、気にしないことにしたのだ。
リオとリアはブーブーと文句を唸りながら走り出した。
そしてホワイトウルフちゃんの子どもたちも、お父ちゃんとお母ちゃんの背中を追って庭を走り回った。
ドミニク君とドナルド君は声を上げて笑いながら、
すっかりホワイトウルフちゃんたちと馴染んでいった。
その光景があまりにも可愛くて、平和で、私とカイテルさんは顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
――すごく、楽しい。
……ところが。
しばらくすると、ドミニク君とドナルド君の笑い声が、少しずつ小さくなった。
「うわぁぁぁ〜〜ん!」
やがて二人は、リオとリアの背中の上で、突然大泣きし始めた。
「……えっ?」
私は思わず立ち上がり、思考が止まってしまった。
リオとリアは走るのをやめ、地面に座り込み、そっと二人を降ろそうとしていた。
けれどドミニク君もドナルド君も、リオとリアの毛をぎゅっと掴んだままだった。
二匹の背中から降りようとせず、声を張り上げて泣き続けていた。
……な、なにが起きたの?
村には子どもが一人もいなかったし、王都に来てから、こうして子どもと遊ぶのは初めてだ。
私は子どもの習性がまったくわからず、完全に戸惑ってしまう。
な、なんで急に泣いたの?
どこか怪我した?
……えっ、でも落ちてないよね?
え、え、私が何かしたの?
やばい、やばい、やばい……!
お姉様の子どもたちを泣かせちゃった!?
怒られる!?
怒られるよね!?
頭の中が一気にパニックになる。
慌ててドミニク君とドナルド君のところに走っていった。
二人の体をさっと確認するけれど、どこにも傷は見当たらなかった。
「……?」
首を傾げた。
ますますわからない。
……怪我、していないじゃん?
私は困惑しながら、ひたすら二人に声をかけ、頭や背中を撫でて宥めた。
「か、カイテルさん……どうしてドミニク君とドナルド君が泣いてるんですか?
わ、私、何かしちゃいました?それとも……リオとリアが何か……?」
(シテナイワヨ!)
(ガキガ、カッテニ、ナイタダケ!)
早速、リオとリアから容赦ない突っ込みが飛んできた。
「大丈夫だよ。ドミニクとドナルドは、まだ小さいから疲れただけだ」
カイテルさんは、私の反応を面白がるように、くすっと笑って言った。
そして、ドミニク君をリオの背中から下ろし、そっと抱き上げた。
「今日のお遊びはここまでだね。お姉様のところに連れていこう」
「つ、疲れたから……泣いた、ですか?」
私は思わず首を傾げた。
「そうなんですね……な、なるほど……?
……初めて子どもと過ごしましたから、全然知りませんでした……
子どもって、疲れたら泣くんですね……へぇ……泣くんだ……」
「リーマは、今のうちに子どもに慣れておかないとね。将来のために」
カイテルさんは私の目を真っすぐ見て、意味ありげに、にやりと笑った。
「……そ、そうですね……薬の仕事をするなら、子どもと慣れないとダメです……か?」
泣かれただけで、こんなに焦るなんて。
いい薬師とは、言えないのかもしれない……の?
「……」
カイテルさんは一瞬だけ言葉に詰まり、苦笑いを浮かべて肩を落とした。
……え?
今の、何か変なこと言った?
視線でカイテルさんに聞いてみた。
けれど、カイテルさんは肩を落としただけで、特に何も教えてくれなかった。
私は、その意味が分からないまま、うとうとし始めたドナルド君を抱きかかえ、カイテルさんと一緒に居間へ向かった。
リオとリア、そして子どもたちは、小屋へと走って戻っていった。
居間に入ると、ジョアンナお姉様がすぐに駆け寄ってきた。
ドミニク君とドナルド君をソファに寝かせ、私たちはしばらく他愛もない話をした。
「リーマちゃん、子守りありがとう。最近ずっと病院のお仕事だったでしょう?疲れたでしょう?」
「いいえ、全然疲れていませんよ。すごく楽しかったです。ドミニク君もドナルド君も、ホワイトウルフの子どもたちも、とっても可愛くて」
「屋敷から、あんな笑い声が聞こえるのは何年ぶりかしら?カイテルたちが、まだ小さかった頃以来かもしれないわね」
お母様が、懐かしそうに頬を緩めた。
……小さなカイテルさん。
絶対、可愛かったよね。
見てみたかったなぁ。
私はこっそりカイテルさんを見て、小さな頃のカイテルさんを想像してみた。
――うん。
絶対、可愛い。
「どうした?」
カイテルさんが不思議そうに聞いてきた。
私は慌てて、ぶんぶんと首を横に振った。
……小さなカイテルさんを想像してました、なんて言えない。
恥ずかしいもん。
黙っておこう。
「そうですね〜。懐かしいですね。
またドミニクとドナルドを連れてきてもいいかしら、リーマちゃん?
この子たち、リーマお姉ちゃんにとても懐いているみたいだよ」
ジョアンナお姉様が、にこにこしながら言った。
「はい!もちろんです!楽しみです!
ドミニク君とドナルド君はすごくいい子ですし、
リオも、リアも、子どもたちも、とても楽しそうでした」
「赤ちゃんたちが森に行くのね?
残念だわね。もっといてもいいのに。
この屋敷ではガイル以外、動物を飼ったことがないから、
こんなに賑やかになるなんて久しぶりで……ふふ」
お母様が、嬉しそうに目を細める。
「ガイルちゃんとリオたちが仲良くしているみたいで、本当によかったです」
「それはリーマちゃんのおかげね〜。本当に不思議で、便利な力だわ。羨ましいくらいよ。キルモンキーも手懐けたんでしょう?アラートン様が驚いていたわ」
アラートン様はジョアンナお姉様の旦那様だ。
ジョアンナお姉様に一目ぼれをさせた男……
どんな人なのか、ちょっと会ってみたいかも。
「キルモンキーちゃんのおかげで、あの小屋を見つけられました。とても頭のいい子でした」
私の能力は、お父様たちがなるべく秘密にしてくれていた。
……ちょっとだけ広がっていく気がしなくもない。
「それも全部、リーマのおかげだ」
カイテルさんが、いつもの優しい笑みを浮かべて、私の頭をそっと撫でた。
「私は、皆さんみたいに魔法が使えたらいいなって思います。
自分の手から風が出るって、どんな感じなんでしょうか……
物から記憶を読んだり、物を浮かせたりするのも、全部不思議で……」
「できることなら、俺が教えてあげたいんだけどな」
カイテルさんはくすっと笑った。
「魔力がないと、五年練習してやっと土を一粒出せるかも、っておじいちゃんに言われました……」
魔力皆無で、本当に残念だ。
風の魔法が使えたら、暑い日も涼しく過ごせそうだし、
土の魔法なら、育てにくい植物も元気にできそうだし、
水の魔法も植物の水やりに便利そうだし、
火の魔法は――
まあいいか。
どうせ使えないから、考えなくてもいいか。
そんなことを考えているうちに、ジョアンナお姉様が帰る時間になった。
メイドさんたちがドミニク君とドナルド君を抱き上げ、馬車へ向かった。
私たちも一緒にお見送りに出た。
「そうなの?リーマちゃん、初めて子どもと遊んだのね。
将来のためにも、子どもに慣れておいたほうがいいわよ。
メイドがいても、自分でお世話したほうが、子どもは喜ぶものだからね〜」
そう言って、ジョアンナお姉様はお母様と視線を交わした。
二人とも、なぜかとても楽しそうだ。
……将来?
カイテルさんと、同じことを言っている気がする。
でも、どういう意味なんだろう?
王城の医療室って、そんなに子どもと関わる仕事が多いのかな?
あの七人の件で何度も王城に行っているけれど、子どもを見かけたことなんて、一度もないのに。
「……そ、そうなんですか?薬師になるには……そのスキルも、必要なんですね……?」
よくわからないけど、とりあえず頷いておいた。
「ふふふっ」
お母様とジョアンナお姉様が、楽しそうに笑い合い、ちらりとカイテルさんを見た。
カイテルさんは何も言わず、ただ微笑んで、また私の頭を撫でた。
……本当に、どういうこと?




