表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶を失くした少女は、それでも生きていく。  作者: あまね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/102

あの仮説の行き着く先

早朝。


アーロンは定例会議を終えると、自身の執務室に戻り、溜まっていた報告書に目を通し始めた。



――ふむ。




一枚目に目を落とした瞬間、眉がわずかに寄る。


バンデで、ここ最近、肺炎が流行しているという報告だった。


大賢者様の『流行病』の予知通りだ。


この二週間で、すでに死者は百人を超えている。


この件については、保健省のショーン大臣から定例会議のたびに何度も聞かされていた。


肺炎――四十年前、王都で猛威を振るった病だ。


当時は三万人以上の命が失われた。


医者たちは必死で治療法を探したが、できたのは患者の死期をわずかに遅らせることだけだった。


肺炎は、バイ菌による病とされている。


当時取られた対策は、王都の空気と飲み水を徹底的に清浄化すること。


その二つしかなかった。


結果、水の魔法使い、風の魔法使い、浄化系の魔法使いの需要が急激に高まり、彼らは医者と同様に休む間もなく働き続けたという。


流行が完全に鎮まるまで、実に八ヶ月もの時間を要した――そんな記録が残っている。




そして、いま。


同じ病が、バンデで起きている。


今回も、おそらく同様の対策が取られることになるだろう。


流行病は保健省の管轄だ。


だが、病が街を蝕めば、必ず治安は悪化する。


混乱に乗じた犯罪の増加は避けられない。


バンデの騎士拠点は、街民の安全を守らねばならず、人手不足に陥る恐れがある。


そのため現在も、騎士団本部から定期的に数十名の騎士が派遣されていた。




バンデは海の街だ。


海の向こうから、人も物も、そして――目に見えない病までもが流れ込んでくる。


美しい街ではあるが、決して治安が良いとは言えない。


密輸、外国からの違法入国、国内から外への人身売買。


どれも後を絶たない。


これは、十大大臣が一丸となって対処しなければならない問題だ。



……しかし、人間というのは、つくづく賢い。


一つ塞げば、すぐに別の抜け道を見つけ出す。


どうせなら、その知恵を悪い方向に使わなければいいものを。


朝だというのに、胃の奥がきりきりと痛んだ。





『コンコン』


案の定、秘書が部屋に入ってくる。


「アーロン大臣、エミール副団長がお見えです」


「通せ」



――いい報告であってほしい。



エミール副団長は入室すると、すぐに報告を始めた。



「アーロン大臣、ご報告がございます。昨夜、ルーカス・ブローカスの行方を突き止め、逮捕しました。

リーマさんの仮説どおり、専属メイドがルーカスに協力し、虚偽の証言をしていたことも認めています」



つい目を見開いた。


「……何だと?あの仮説が、本当に当たったのか?」



「はい。ルーカスは死亡したことになっていたため、ブローカス家の使用人は次第に辞め、別の仕事へ移り始めていました。昨夜、その流れで件のメイドも屋敷を出ましたが――」



エミール副団長は淡々と続ける。



「我々は三日前から彼女を尾行していました。南町の宿に入ったのを確認し、しばらくしてルーカスと合流して出てきたところを、その場で二人とも確保しました」



「……うむ、そうか」


リーマが楽しそうに披露していた、あの名推――いや、仮説。


それが、ここまで綺麗に当たるとは。


本当に、突拍子もない子だ。


特別な力を持ち、植物の知識も豊富。


頭もいいし、礼儀も悪くない。


貴族の作法を身につければ、社交界でも十分に輝ける。


カイテルと結婚すれば、メイソン家の将来は安泰だろう。




「メイドは、その後ルーカスと共にマラーヤへ向かうつもりだったそうです」


「リーマお嬢様、すごいですね〜。まさか、あの仮説が本当に当たるなんて」


ウィリアムズがくすくすと笑った。



「あの時、あまりにも楽しそうに話していたからな。何を考えているのか気になっただけだ。期待していたわけではない……が、この前の指輪の件を思い出してな」



「ふふふっ。ご本人も、自分の推理が当たるとは思っていないでしょうね。知ったら大喜びでしょう」


「はは……本当に不思議な子だ。結婚式はいつになるんだろうな」


「それはカイテル様次第ですね〜」



「クククッ。それに、ルーカスは庭師を殺す三日前、わざと殴ったことも自白しました。リーマさんの言った通り、計画的殺人です」


エミール副団長は微笑みながら続けた。



「二人とも、我々が尾行していたと知って相当驚いていました。特にメイドは、自分が疑われているとは微塵も思っていなかったようで」



「……だろうな」


アーロンは満足そうに小さく頷いた。



「よし。今回の麻薬事件も、これまでの悪行も、すべて吐かせろ。あいつはもう我々の手の中だ」



「承知いたしました」


エミール副団長が、わずかに口角を上げた。



――スイッチが入ったな。



穏やかな笑みを浮かべる彼は、拷問尋問のプロだ。


彼にかかって口を割らなかった者を、アーロンは知らない。


デリュキュース国は殺人罪に容赦がない。


死には死を。


ルーカスは、もはや逃げ場を失っている。


だからこそ、死ぬ前に、徹底的に役に立ってもらう。


その切り札が、『分解構成魔法』。


エミール副団長の持つ、希少な特殊魔法だ。



初めてその名を聞いたとき、それが騎士団のために、どのような形で使われるのか――


アーロンには、想像もつかなかった。


それが、これほど恐ろしい力になり得るとは。


穏やかで爽やかな彼は、騎士団入団間もない頃から「拷問の天才」と呼ばれ始めた。


理由が分からず、不思議に思っていた――




あの日までは。




優しい声、穏やかな笑み、柔らかな手つき。



次の瞬間、目の前で起きた猟奇的な光景。



あの時感じた恐怖は、今も忘れられない。



単純な名前の魔法を、あんなグロテスクな使い方に結びつける発想。


エミール副団長は、間違いなく拷問の天才だ。


百人いれば、百人が吐く。


もし自分が相手なら、魔法を使われる前に白状する。




ルーカスがすべてを吐くのは時間の問題だ。




あとは、その結果を待てばいい。



事件が順調に進んでいることを実感し、アーロンはようやく肩の重荷が下りた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ