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記憶を失くした少女は、それでも生きていく。  作者: あまね


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都合のいい死

アーロンは、ここ最近ずっと憂鬱だった。



麻薬の捜査は、仲介人の存在が浮かび上がった以外、ほとんど進展していない。


そのたびに、十大大臣の定例会議で王様から厳しく追及される。



(胃が痛い……)



特殊魔法持ちの騎士に〈毒の夜食〉の流通経路を追わせても、


それを病院に持ち込んだ男を尋問しても、


押収した大量の麻薬を徹底的に調べても、


さらにはカレル森の麻薬工場を捜査しても――


他の関係者は、一向に見つからなかった。



(はぁぁぁぁ……本当に胃が痛い……)



あの仲介人は、間違いなく誰かの指示を受けて、麻薬工場を作り、管理していたはずだ。


では、その"誰か"とは――?


考えを巡らせる中で、ふと救いになる事実が脳裏をよぎる。


あの七人の容態が、コニファの毒から徐々に回復してきていることだ。


彼らは麻薬事件の重要な証人でもある。


もし、この治療法によって麻薬依存症から解放できるのなら――


国中の麻薬依存患者を救える。


いや、世界中の依存者すら、救えるかもしれない。


……だが、それで全てが解決するわけではない。





そう言えば、麻薬団員の十一人に毒を盛った医師の件もあった。


ジルの取り調べによって、その医師の妻子の居場所が特定されたのだ。


廃街区域の北部を捜査したところ、女と子どもは餓死寸前の状態で発見された。


知らない人物に誘拐され、空き家に放り込まれ、監禁されていたらしい。


食事も水も与えられず、誰も助けに来なかったという。


現在は病院で治療を受け、少しずつ回復している。


妻子のほうは、回復次第、解放できるだろう。


しかし――


その医師は、十一人に毒を盛った。


その結果、四人が死亡。


強制されたとはいえ、罪は重い。


死刑まではいかないにせよ、厳しい裁きは免れない。





そして、問題はそれだけではなかった。


最近は、あまりにも出来事が多すぎる。


大賢者様の予知を受け、王城はかつてないほどの厳重な警備体制に入っていた。


王様を守るために――。


その「眠りに落ちる」という予知が、何を意味するのか。


誰にもわからない。


大賢者様自身も、それ以上の未来を視ることができないという。


現在の王城では、人の出入り、新人採用、王様の護衛――


そのすべてが、今までの数倍厳しく管理されていた。



(はぁぁ……本当に、問題ばかりだ)



そんな思考の渦の中で、ふと、別の考えが浮かぶ。





――そう言えば、この治療法。


他国との交渉材料としても、あるいは輸出品としても、使えるのではないか?


もし国外で用いることになるなら、今の不味いままのディル薬では不十分だ。


もっと飲みやすく加工し、「デリュキュース国の神薬」として売り出すのも悪くない。


麻薬事件が一段落したら、ディル薬を改良できないか、リーマに聞いてみよう。


その後は、産業省大臣のバロウズと、保健省大臣のショーン殿に相談だ。


彼らが興味を示せば、この構想の先は彼らに任せればいい。





――そこへ。



「旦那様、ご報告がございます」


ノックの後、扉を開けてウィリアムズが告げる。


アーロンは、巡らせていた思考を一旦止めた。


「騎士が裏調査をしていたルーカス・ブローカスですが、ここ最近、不審な動きを見せています。

手持ちの金をすべて宝石に替えようと、中央街の宝石店を頻繁に出入りしているとのことです」



「……逃走の準備か」


アーロンは、低くそう呟いた。


「可能性は高いかと」




ルーカス・ブローカス。


裏社会を相手に商売をする、頭の切れる商人だ。


原石の密輸、麻薬、人身売買、賭博、脱税、さらには他の商人への恐喝や嫌がらせ――


どれも、ルーカス・ブローカスの"やり口"として噂されている。


だが、取調べを行っても、毎回決まって手下の誰かに罪を擦り付け、本人の逮捕には至らない。


確実な証拠が、どうしても掴めないのだ。




この世界の通貨は、基本的に硬貨である。


貴族や莫大な財産を持つ者が硬貨をそのまま保管すれば、相当な保管場所を取られる。


そのため、金持ちたちは硬貨を宝石に替える。


宝石は保管しやすい上、時期によってはさらに高値が付く。


物によっては、一つで屋敷一棟を買えるほどの価値を持つものもある。


貴族や富裕層には、それぞれ行きつけの宝石屋がある。


メイソン家も例外ではなく、定期的に硬貨を宝石へ換えていた。




だが――商人は違う。


商売相手の大半は庶民だ。


庶民が高価な宝石を持つことはほとんどなく、支払いに宝石を使うこともまずない。


だから商人は、常に大量の硬貨を手元に置いておくのが普通だ。


そんな男が、手持ちの硬貨をすべて宝石に換えようとしている。


麻薬工場が発見され、

七人の口封じにも失敗した直後に――だ。


偶然にしては、あまりにも出来すぎている。



(逃走の準備……間違いない)



「騎士をあいつにつけろ。片時も目を離すな」


「承知しました」



ルーカス・ブローカス。


現在四十歳、独身。


使用人と共に、ブローカス家の屋敷に住んでいる。


これまでに五度結婚しているが、いずれも結婚から数か月で妻が死亡。


しかも、その全員が、莫大な財産をルーカスに残していた。


アーロンは、妻たちがルーカスに殺された可能性が高いと睨んでいる。


だが、騎士団本部の検視官による調査では、全員が自然死と判断された。


彼女たちは皆、虚弱体質で、

季節の変わり目の急激な気温変化によって体調を崩し、亡くなった――



そういう記録も残っている。


それが、ルーカスの狙いだったのだろう。


だが、自然死と判断された以上、アーロンにできることはない。


あいつは、あまりにも好き勝手にやりすぎている。


それでも捕まらない理由は一つ――

背後に、巨大な権限を持つ何者かがいるはずだ。



「この前、別の麻薬事件でルーカスの商会を取り調べたな。結局、無実だったが」


「はい。ロラン大臣も横領と脱税の調査を行いましたが、

帳簿と財産が一致しており、逮捕には至りませんでした」




「……しかし、あいつ――」



『コンコン』



アーロンが言いかけた、その瞬間。


扉のノック音が思考を断ち切った。


「入れ」


「アーロン大臣、エミール副団長がお見えです。大変お急ぎのようで……」


アーロンは無言で頷き、入室を許可する合図を送った。


エミール副団長が自ら報告に来る――


それだけで、騎士団にただならぬ事態が起きているとわかる。



アーロンは、嫌な予感をした。



(何があった……?)



険しい表情のエミール副団長が執務室に入り、一礼すると、すぐに切り出した。


「アーロン大臣、失礼いたします。至急ご報告がございます。

現在、我々が裏調査を行っていたルーカス・ブローカスですが――

今朝、焼死体で発見されました」



アーロンは、一瞬、言葉の意味を理解できなかった。


「……誰が、死んだと?」


「ルーカス・ブローカスです。

今朝、街の警備騎士が東町郊外を巡回中、焼死体を発見しました。

ただちに本部へ搬送し、現在、検視官が調査を行っています」



耳を疑うとは、まさにこのことだった。


エミール副団長の説明によれば――


遺体は激しく焼損しており、両手は切断されていた。



ブローカス家の紋章入りのブローチを身につけていたものの、

損傷が激しく、本人かどうかは、まだ断定できないという。



そのため、詳細な調査を進めつつ、取り急ぎアーロンへ報告に来たのだった。



(嘘だろ……)


麻薬事件の、唯一の目星。


その男が――このタイミングで?


昨日まで、硬貨を宝石に換えていたばかりなのに?



(……怪しすぎる)


あの遺体が、ルーカス本人ではない可能性は十分にある。


「現在、検視官が引き続き調べております」


「はぁぁぁぁ……わかっ――」



『コンコン』



今日、二度目のノックだった。


「入っ――」


「アーロン、大変だっ!」



言い終わる前に、扉が開き、ロランが飛び込んできた。


秘書の事前連絡も、アーロンの許可もない。


普段なら、必ず使いの者を寄こす男だ。


それが自ら、しかもこの慌てよう。



(……来るのが、少し遅かったな)



「アーロン、大変だ!」


ロランは事務机に身を乗り出し、同じ言葉を繰り返す。


「なんだ?そんなに慌てて。直々に来るなんて珍しいな。

悪いが、私はもう十分大変だ。何も言わずに帰ってくれ」



「大変だ!あいつが死んだんだ!」


「……ルーカス・ブローカスか?」


「そうだ!……えっ?もう知っているのか?」


「あぁ。今、聞いたところだ」


「なーんだ……全力で走ってきたのに……」



ロランはつまらなそうにソファへ腰を下ろし、話し始めた。


今朝、別の横領事件で、ロラン配下の調査員がブローカス家を訪ねた。


だが、使用人たちは皆、ルーカスの居場所を知らないと言った。


本人不在では話にならず、調査員は一旦引き上げることにした。


その帰り道――


偶然、騎士たちが担架を運んでいるのを目撃したという。


気になって近づくと、

そこにはブローカス家の紋章入りブローチをつけた遺体があった。


調査員は、そのブローチを身につけたルーカスを見た記憶があり、

遺体は本人の可能性が高い――そう報告してきたらしい。


「私の脱税の捜査対象が、一人消えた……」


ロランが、心底つまらなそうに言う。


「いや、まだ決まったわけじゃない。

遺体は激しく損傷していて、本人確認はできていない。

あいつじゃない可能性もある」



「そうなのか!?……確かにな。あんな抜け目のないルーカスが、簡単に殺されるとも思えない」


「エミール副団長。進展があれば、すぐに報告を」


「承知いたしました」


エミール副団長は一礼し、退室した。


「じゃあ、何かわかったら教えてね〜。

私はもう行かないと。ちょっとジョセフの目を盗んで来ちゃったんだ〜。

じゃあね〜」


ロランは、嵐のように来て、軽やかに去っていった。



『パンッ!』



アーロンは、苛立ちを抑えきれず、事務机を叩いた。


「……ルーカスの遺体、怪しいですね」


ウィリアムズは眉間に皺を寄せ、

いつもの穏やかな口調ではなく、低く真剣に言った。



「あぁ。

麻薬工場の発覚、口封じの失敗、宝石への換金――

それらが終わった直後に、都合よく焼死体で発見。

しかも、本人かどうかわからない状態でな」



「都合が良すぎますね」


「屋敷を洗え。

使用人、秘書、執事、庭師、御者――全員だ。

誰かが、必ず絡んでいる」



「承知いたしました」



ウィリアムズは即座に行動に移るため、執務室を出ていった。


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