慎重すぎる男の決意
『コツン!』
「見過ぎ!」
カイテルは窓際に立ち、ずっと庭にいるリーマの様子を気にしていた。
そんなカイテルを見て、マーティスは少し苛立ち、カイテルの頭をピシャリと叩く。
「いてぇ!マーティス、おまえっ!」
カイテルが険しい表情でマーティスを睨む。
「そこまで見張らなくても、バーバラがリーマに何かするわけないだろ。安心しろ!
俺の妹を何だと思っていやがる!?」
「ふふっ。リーマは噂通り、美しい子ね〜」
マーガレットが柔らかく微笑んだ。
「だからあなたは、バーバラに興味がないのね〜。納得したわよ」
マーガレットは、カイテルがバーバラに興味を示さないことを、特に不満には思っていない。
「……いいえ、そうではなくて……」
「バーバラは侯爵家の娘よ、カイテル。侯爵家と結ばれて、何が不満なの?
平民と結婚するより、いいことしかないじゃない。
今からバーバラを選んでも、遅くはないわよ」
マーガレットにとって、娘と伯爵家――しかも十大大臣の息子が結婚すれば、
レンブラント家の権力はさらに強まり、娘の恋も実る。
喜ばしいことばかりだと思っていた。
しかし、あの日を境に、バーバラとカイテルの結婚話は、
メイソン家からもレンブラント家からも、誰の口にも上らなくなった。
――言えなくなった。あの時のカイテルを見てから。
「私も、お父様もお母様も、リーマが平民かどうかなんて全く気にしていません。
私は、絶対にリーマと結婚します」
カイテルは侯爵夫婦の前でも、堂々と自分の意思を述べた。
カイテルは、絶対にリーマと結婚する。
両親もすでに、リーマを未来の娘として接してくれている。
後は――リーマが、自分のことを想ってくれるまで、
カイテルがアプローチし続けるしかない。
「あっ、そうだカイテル。もし君がリーマに振られたら、リーマをマーティスと結婚させるぞ」
父親のそんな冗談めいた言葉に、マーティスはヒヤリとした。
……恐る恐る幼馴染を見ると、
カイテルは相変わらず庭にいるリーマを眺めていて、マーティスは内心ホッとする。
「ご心配なく。リーマの結婚相手は、私です」
「よく言うなぁ。おまえ、ただのお兄さんだろ?
リーマは、お兄さんとは結婚しないと思うけど?」
マーティスが揶揄う。
カイテルが森でリーマと出会ってから、
いつも仏頂面だった彼は、驚くほど表情豊かになった。
こんな友人を見るのは、何年ぶりだろう。
これだけ揶揄い甲斐があるから、父親たちや叔父たちも、つい弄るのだ。
「……これから、お兄さん以上になる。心配無用だ」
「口先だけで、リーマと結婚できるほど甘くないぞ」
バロウズが追撃する。
「……私とリーマの結婚式を、楽しみにしていてください」
カイテルはムッとした。
確かに、リーマは鈍感だ。
――鈍感で、純粋。
だが、これまでの自分の言動を考えれば、気づいていてもおかしくはない……はず、なのか?
いや、わからない可能性の方が……高いのでは……?
正々堂々、告白した方がいいのだろうか。
――だが、いきなり告白して、驚かせてしまったら?
もし怖がられて、逃げられてしまったら……。
だめだ。
確実に、慎重に、リーマにアプローチしなければならない。
万が一、怖がられて逃げられてしまったら――
俺は、おそらく……
バロウズ、マーガレット、マーティスがカイテルを揶揄ってしばらくすると、
バーバラとナディアがリーマの腕を組み、居間に入ってきた。
「カイテル様、リーマを連れてきましたから、お返ししますね。
リーマ、今度また一緒にお茶でもしましょう?」
バーバラはリーマの手を握り、優しい表情と口調で言った。
「はい、ありがとうございます。
バーバラさんとナディアさんとのお茶会、楽しみです」
バーバラは、リーマの頭をそっと撫でて微笑む。
――確かに、リーマは明るくて、人懐こくて、天然だ。
話しているうちに、初めて会った時の嫌悪感は、いつの間にか消えていた。
それどころか、自分の妹のように可愛く思えてくる。
……不思議な子だわ。
ナディアもすっかり懐いているし、三人で姉妹になれたら素敵なのに。
リーマも、この屋敷で暮らせたらいいのに……。
三姉妹になる方法はないかしら?
……お父様に、リーマを養子として迎えてもらうしかない?
そんなことを考えながら、バーバラはリーマの頭や頬を撫で続けていた。
リーマも、その愛情を拒むことなく、微笑んで受け入れている。
本当に、小動物みたい。
可愛い……。
思わず、ぎゅっと抱きしめたくなる。
――だから、カイテル様はあんなに過保護なのね。
「お兄様、カイテル様、またリーマお姉様を連れてきてくださいね」
ナディアが楽しそうに言う。
「リーマお姉様は、お花や植物にも詳しいですし、今度はお母様の花園にご案内するんです!」
「「「「……」」」」
バロウズ、マーガレット、カイテル、マーティスは顔を見合わせた。
……庭で、いったい何があったのだろうか。
ナディアはともかく、さっきまでリーマを敵視していたバーバラが、今は溺愛している。
ほら、まだ頭や頬を撫でているし、レンブラント家のお茶会にまで誘っている。
「保健省の採用試験のお勉強、頑張ってね。息抜きに、いつでもこの屋敷に来ていいのよ」
「ありがとうございます。バーバラさんも、産業省の採用試験、頑張ってください」
リーマが嬉しそうに微笑んだ。
「……えーと、もう仲良くなったみたいだな……?」
マーティスが首を傾げる。
何かされるとは思っていなかったが、ここまで仲良くなるとは、正直予想外だった。
さっきまで、ルークをけしかけようとしていたとは思えない。
庭で、何があった?
「はい!たくさんお話ししました。
リーマのおかげで、レオともとても仲良くなれたんです」
「さっきは、レオが私の膝元で寝ていました。すごく可愛くて!」
「レオ、とてもふわふわでした!お腹も触らせてくれたんですよ!」
「それに、リーマお姉様がルークに、この屋敷の人たちを守るように言ってくれましたから、
もう檻に入れなくても大丈夫だと思います!」
「ルークとも仲良くなりました。少しだけ、背中にも乗せてもらいましたよ!」
「お兄様、早くルークをそのドラゴンのところに連れて行ってあげてください。
元気になってほしいです!」
「それに、もしこの屋敷にもう一頭ドラゴンがいたら、ラッキーですよね!?
赤ちゃんも生まれるかもしれませんし!全部、リーマお姉様のおかげです!」
「……も、もう"お姉様"呼びなんだな、ナディア」
「同い年くらいかと思いましたけど、リーマお姉様、十八歳くらいだって言っていましたから」
「十七歳だ」
カイテルが即座に訂正する。
「??どうしてわかるんですか?私さえ、はっきり知らないのに」
リーマが首を傾げた。
「……い、いや。えーと……十八より、十七に……見えるから……」
カイテルは、もごもごと言った。
「十七と十八って、そんなに違うんですか?
カイテルさん、すごいですね。私は全然わかりません」
「あ、あぁ……うん……まあ……結構、違うよ……」
カイテルは視線を逸らす。
「ふふっ、まあまあ。確かに君は十八より十七に見えるよ」
マーティスが笑って場を収めた。
「もうこんな時間だし、そろそろ屋敷に戻ろう。カイテル、リーマを連れて帰れ」




