あの人が笑う理由
*姉妹*
レオの暴走事件が終わり、レンブラント姉妹は少し後ろを歩きながら、前方でマーティス、カイテル、リーマが談笑している様子を眺めていた。
「……カイテル様が、笑っている……」
バーバラがぽつりと呟いた。
「……お姉様、そろそろカイテル様を諦めたほうがいいんじゃないですか?」
ナディアは、ずっと胸にしまってきた言葉を、ようやく口にした。
妹として姉の恋を応援したい気持ちはあった。
けれど、第三者として見続けてきたからこそ、分かってしまう。
——この恋は、実らない。
「私は昔からカイテル様を慕っているよ。
あの女が後から来たのに……どうして私が諦めなきゃいけないの?」
バーバラは、今にも泣き出しそうな声で言った。
バーバラは幼い頃からカイテルに恋をしていた。
家同士の付き合いも深く、互いの屋敷を行き来するのは当たり前だった。
アーロン小父様もジョゼフィン小父様もバーバラを可愛がり、彼女の想いも知っていた。
カイテルが自分を妹のように思っていることも、理解している。
それでも——
もし両家から結婚を勧められたなら、断らないはずだと、信じていた。
昔からの付き合い。
大貴族同士の結婚。
それは誰にとっても望ましい未来だった。
バーバラは、いつかカイテルと結婚するのだと、疑いもしなかった。
——それなのに。
ある日を境に、カイテルは変わった。
仕事以外のことに、まるで興味を示さなくなったのだ。
何度メイソン家を訪ねても、話しかけても、どこか上の空。
アーロン小父様とジョゼフィン小父様の態度まで変わった。
理由は……
カイテルが、ある女性に恋をしてしまったから。
それを聞いた時、バーバラは強い衝撃を受けた。
女性に興味を示さなかったカイテルが、恋をするなんて——。
「リーマ嬢は、後から来たというより……」
ナディアは一度言葉を切り、慎重に続ける。
「カイテル様が、ずっと一方的に想ってきた相手なんです。
……あの二人は、本来なら二度と会えないはずでした。
それでも再び出会ったんですから……誰にも引き離せないと思います」
「……それに……どうして、あんなにきれいなの?」
バーバラは俯いた。
自分の容姿には自信があった。
縁談も多く、社交界でも注目される存在だ。
どの令嬢にも負けない——そう思っていた。
けれど今日、初めてリーマを見た瞬間、その自信は音を立てて崩れた。
「お姉様もお綺麗ですよ。社交界でも大人気じゃないですか」
「あの女……別に化粧も着飾りもしていないのに……」
悔しそうに、バーバラは呟く。
「ねぇ、どうしてあの子があんなにきれいなの?
まさか、女性に興味がなかったカイテル様が、美人好きだったなんて……
私じゃ、足りないの?」
「お姉様は、何もしなくてもきれいですよ」
ナディアは柔らかく微笑んだ。
「毎日見ていますから。私が一番よく知っています」
頭も良く、礼儀作法も完璧で、優しい。
ナディアにとって、バーバラは誇りだった。
だからこそ——
こんなふうに自信を失った姉を見るのは、初めてだった。
「じゃあ……どうして、カイテル様は私を選んでくれないの……」
涙を滲ませながら、バーバラは言う。
「私は侯爵家の娘よ。
あの女は平民なのに……
どうして私が、あんな平民に負けるの?」
「……カイテル様は、外見や階級で人を選ぶ方ではないと思います」
ナディアは静かに答えた。
「ただ、リーマ嬢のことを想っている。それだけです」
「あの日から、カイテル様は笑わなくなった……
でも今は、あんなに幸せそうで……」
バーバラの声が震える。
「約束があると聞いても、絶対に会わないと思っていた。
ずっと、望みがあると信じていたのに……
あんなふうに笑うカイテル様を見たら……もう、勝てない……」
涙が、静かに頬を伝った。
「リーマ嬢のことを、もっと知れば……お姉様もきっと好きになると思います。
お兄様もあんなにリーマ嬢を可愛がっていますから、きっといい人ですよ」
「……それが問題なのよ、ナディア」
バーバラは苦しそうに笑う。
「きれいで、性格も良くて、みんなに好かれて……
性格が悪ければ、よかったのに……
そんな人に、私は勝てないでしょう?」
「……ほらほら。屋敷に着きましたよ」
ナディアは姉の腕を取り、優しく促した。
バーバラは小さくため息をつき、妹に導かれるまま屋敷の中へ入っていった。




