田舎娘、貴族様とのお付き合いで忙しいです。
メイソン家に来て二週間たった頃、私とカイテルさんはマーティスさんの屋敷を訪れた。
初めてバロウズ小父様にあった日に、「家族にも紹介するよ」と言われていたのだ。
先日、「一緒に夕食するのはどうか」と誘われ、そして今に至る。
私は――
貴族との付き合いにとても忙しいド田舎娘である。
……誰が想像できようか。
「リーマ、いらっしゃい。カイテル、バーバラがすげぇおまえを待っているぞ〜」
マーティスさんがニヤニヤしながら屋敷に案内してくれる。
バーバラさん……誰だろう。
「バーバラはマーティスの妹だ。もう一人、末の妹のナディアもいるよ」
私の疑問に気付いたのか、カイテルさんが教えてくれた。
「バーバラはすげぇカイテルに惚れこんでいるよ、リーマ」
マーティスさんはまたニヤッとした。
「マーティス、黙れ」
カイテルさんがマーティスさんを睨む。
さすがカイテルさんだ!
モテモテだね!
「そうなんですか?
さすがカイテルさんです!
早くバーバラさんに会ってみたいです!」
お兄さんたちはかっこいいもんね。
一人や二人の女の人に惚れこまれてもおかしくないもん。
「り、リーマ……」
カイテルさんは急に肩を落とし、しょんぼりした。
……あっ、私が、言っちゃだめなこと、言っちゃったかな……。
「俺は、リーマしかいないから……」
カイテルさんは何かを小さく呟いた。
「うん?何か言いましたか?」
私は少し、カイテルさんの顔を覗き込むようにして近づいた。
声が小さすぎて、何も聞こえない。
「……何も」
カイテルさんは少し口を尖らせた。
「はははっ!じゃあ、早く入ってきて。紹介するよ」
マーティスさんは笑い、カイテルさんを無視して私を居間に連れて行った。
居間に入ると、バロウズ小父様と、きれいな三人の女性が椅子と長椅子に座っていた。
「お母様、バーバラ、ナディア、今日のお客様が到着しましたよ」
マーティスさんは、貫禄のある女性を紹介した。
「リーマ、俺のお母様のマーガレット侯爵夫人だ」
そして、妹さんたちに手を差し出した。
「そっちはバーバラ、あっちはナディアだ」
「初めまして、リーマと言います。よろしくお願いします」
私は、平民なりにできるだけ丁寧に挨拶した。
「まあ、バロウズ様が仰った通り本当に可愛い子ね〜。
マーティスの母、マーガレットです。よろしくね」
うわぁ~、マーティスさんのお母ちゃんだ。
美しいなぁ。
「長女のバーバラです……よろしくお願いします」
二人目の美女が私をじっと見ながら自己紹介した。
バーバラさんもすごくきれいだ。
カイテルさんにお似合いだわ。
そう思うと、胸がぎくっとした。
……あれ?
何なの、今の?
「……あぁ。バーバラさんですか?よろしくお願いします」
私は微笑んでカイテルさんをちらっと見て、バーバラさんにも微笑んだ。
「ふふふっ」
マーティスさんはなぜか笑い出した。
そして、カイテルさんは頭を抱えた。
「リーマ嬢、初めまして。マーティスお兄様の末の妹のナディアです。よろしくお願いします」
ナディアさんは可愛らしい微笑みを浮かべ、マーティスさんとは違って雰囲気が柔らかい人だ。
「よろしくお願いします」
「リーマ、マーティスたちと森で会ったわよね?ここに座って」
マーガレット小母様が、自分の隣のところを軽く叩いた。
私はそれに従って、マーガレット小母様の隣に腰を下ろした。
「はい、そうです。ありがとうございます」
座りながら、小母様にお土産を渡した。
「あの……小母様、この花ですが、イブニングローズです。
えーと、これはすごく珍しい薔薇で、とてもきれいで……
えーと、もしよろしければ……」
「この花はリーマが屋敷の庭にたくさん植えていて、来月開花の時期だそうです」
カイテルさんは、私の下手な話し方に我慢できなかったのか、代わりに話し始めた。
「リーマに、小母様がお花が好きだと聞きましたから、イブニングローズをお渡ししたいと言いました。
もしよろしければ、お受け取りください」
カイテルさんが近くの椅子に座り、私の言いたかったことをまとめて小母様に伝えてくれた。
……そうそう、まさにそんな感じを言いたかった!
今日は初めましての相手だからか、いつも以上に話し下手で……。
「まあ、本当にきれいだわ。これがジョゼフィンが話したあのイブニングローズなんだね」
マーガレット小母様が花を受け取る。
「ずっと見てみたかったのよ。ありがたくいただくわ。ここの屋敷にも植えてもらおうかしら」
「開花したイブニングローズを乾燥させて潰すと、疲労回復のお茶にもなるんです」
「この花、カレル森の小屋から回収した花だよな?」
「……はい……」
思わず声が小さくなった。
大事件の証拠から少し分けてもらったものだから、
堂々と言っていいことではない気がする……。
でもバロウズ小父様なら、もう知っていたかもしれないけど。
「なるほどなるほど」
バロウズ小父様がニヤニヤしながら、カイテルさんに視線を向けた。
「カイテルがどうしてもあの花が欲しいって、アーロンに懇願したと聞いたんだが、何のことだろうと思ったんだよ」
カイテルさんは何も言わずに真顔で頷いた。
そうか……
カイテルさんがそんなにお父様にお願いしてくれたんだ。
さすがカイテルさんだ。
優しすぎる……。
イブニングローズが開花したら、すぐにイブニングローズ茶を作ってあげよう。
「……平民が……」
ぽつりと、低い声が落ちた。
バーバラさんが、私を睨む。
部屋に一瞬沈黙が落ちた。
「……」
……えっ?
……な、なぜ、バーバラさんが私を……?
私を見るバーバラさんの目は――
焦りのようにも見えた。
「バーバラ、言葉に気をつけろ」
マーティスさんも、カイテルさんも、同時にバーバラさんを睨みつけた。
「……」
バーバラさんはすぐに黙り、視線を落とした。
バロウズ小父様とマーガレット小母様は苦笑して、小さく首を振った。
……何か、言わないと。
「……えーと、はい。森の奥の村出身ですから、平民です」
私は慌てて口を開いた。
「村を出て、貴族の方と出会うなんて、夢にも思いませんでした」
「俺も、リーマに会えるとは夢にも思わなかったよ。でも、すごく嬉しい」
カイテルさんは、本当に嬉しそうに微笑んだ。
さっきのバーバラさんの反応に、私はかなりショックを受けていた。
でも、カイテルさんのその言葉を聞いて、胸の奥がすっと落ち着いた。
……でもバーバラさんはどうして私を?
大貴族だから、もしかして――平民嫌い、なのかな。
「ゲホゲホっ。リーマは動物たちと仲良くなるんですよ」
わざとらしく咳払いをして、マーティスさんは話題を変えた。
「リーマ、俺のドラゴンを見に行く?この前の任務に連れて行かなかったやつだ」
「はい!会ってみたいです!」
助かったよ、マーティスさん!
「一か月くらい前から、ルークの体調があまりよくなくてな。だから任務に出せなかったんだ」
「ルークちゃん、というんですか?
体調が悪いって……お医者さんには診てもらいましたか?」
「飼育場の専属獣医に診てもらったんだが、原因がわからないってさ」
マーティスさんは、小さくため息をついた。
「ずっとここの小屋で休ませてる。食欲もなくて、ほとんど寝たきりだ」
「ルークちゃん……可哀想……」
胸がきゅっとなる。
「早く、ルークちゃんに会いたいです」
「じゃあ、行こうか。俺が連れていくよ」
カイテルさんが椅子から立ち上がる。
「私も行きます!」
バーバラさんが、すっと立ち上がり、カイテルさんの腕を組んだ。
うわぁ~。
一緒に立つと、絵になるなぁ。
さすがカイテルさん。
本当に惚れ込まれているんだなぁ。
カイテルさんはというと――
なんだか困っているように見えた。
……なぜ?
バーバラさんはすごくきれいなのに。
逆にバーバラさんは、どこか悲しいように見えた。
バーバラさんの指先が、カイテルさんの腕を強く握りしめていた。
……どうしたの、二人とも?
不思議に思っていると、
「私も〜」
とナディアさんは甘い声で言った。
今度はナディアさんが、私の腕を組んで、居間の出口へと促した。
人懐っこくて、自然な仕草。
ナディアさん、可愛いなぁ。
妹みたい。
「ついでに、レオにも紹介してあげたらどうですか?お兄様」
廊下を歩きながら、バーバラさんがにやりと笑ってマーティスさんに言った。
……気のせいかな。
さっきから、ずっとバーバラさんに睨まれている気がする。
嫌われちゃってるのかしら……。
でも私――
何かしたっけ?
初めましてから、まだ二言三言しか話していないのに……。
気のせいだといいな。
気のせいであってほしい……。
今まで、誰かに嫌われたことは――
たぶん、ない。
少なくとも、この記憶の中では。
だから、心の準備がまだできていないの。
「バーバラ、いい加減にしろ」
マーティスさんが、鋭い視線でバーバラさんを睨みつけた。
「……」
バーバラさんは、口を結んで何も言わずに俯いた。
「……レオって誰ですか、マーティスさん?」
私がそう尋ねると、マーティスさんは肩をすくめた。
「まあ、リーマなら大丈夫だろう」
……その言い方、ちょっと引っかかるんですけど。
「レオは、バーバラが小さい頃に別荘地で拾ったライオンだ。子どもの頃は可愛かったんだがな。野生動物だから、人間があまり好きじゃない」
歩きながら、淡々と説明する。
「この屋敷の者なら襲わないが、それ以外の人間だと襲うことがある。だから、あまり小屋から出せない」
「……マーティスさんのご家族以外の人を襲うライオンちゃん、ですか……」
私は思わず、後ろに歩いているマーティスさんをじっと見た。
「ふーん……へぇ……
そんなライオンちゃんが近くにいるのに、
どうして私に『リオとリアを森に置いていけ』なんて言ったんですか?」
我ながら、少し語気が強い。
「全然、納得できません」
「……君、意外と根に持つタイプだな」
マーティスさんは苦笑した。
「でも結局、リオもリアも君と一緒に来てるじゃないか」
「……あのとき、リオもリアも、すごく傷ついたんですよ」
……たぶん。
正直、あの強き誇り高きホワイトウルフちゃんが傷ついた姿は、あまり想像できない。
「それを言うなら――」
マーティスさんはちらりとカイテルさんを見た。
「君が『別行動する』って、即決しただろ。一番傷ついたのは、カイテルだと思うぞ」
「……えっ……?」
胸がきゅっと縮んだ。
「そうだろう、カイテル?」
マーティスさんは私の隣を歩いているカイテルさんに視線を送った。
「そ、そうなんですか……?」
私は慌ててカイテルさんを見る。
「ごめんなさい……」
……やっぱり、あのときは我が儘すぎたんだ。
「謝らなくていいよ」
カイテルさんが一歩近づき、私の手を取った。
「リーマは、俺と一緒に来てくれただろ。だから、全然大丈夫だよ」
いつもの優しい声だった。
「さあ、ルークとレオに会いに行こう?」
カイテルさんは私の手を握ったまま歩き出した。
……ふむ?
片方の腕は、バーバラさん。
もう片方の手は、私。
これって――
もしかして……
……り、両手に花、ってやつ……?
……自分のことを花って言っちゃっていいのかしら。
まあ、深く考えないでおこう。
さすがカイテルさんだ。
「ふふふっ、面白い」
後ろで、マーティスさんが笑いを堪えていた。




