祭り、二人だけの時間
今日の私も、真面目である。
メイソン家の屋敷で、平和で快適な日々を過ごしながら、試験の勉強に力を注いでいた、ある日のことだった。
「リーマ、明日、勉強を休んで街に行かない?祝福祭があるんだよ。興味ある?」
カイテルさんは、いつも通りの優しい微笑みで、そう誘ってきた。
「あります!すごくあります!祝福祭って、どんなお祭りなんですか?何をするんですか?」
――お祭り!?
私の知っているお祭りといえば、村の収穫祭くらいだ。
畑で採れた野菜や雑穀、果物を村の広場に持ち寄って、大きな鍋で料理を作る。
一日中みんなで食べて、笑って、年に一度の特別な日。
普段は作らない、手間のかかる料理を、魂を込めて作るから、どれも本当に美味しい。
動物たちも近くに集まってきて、果物を運んできたり、村の人たちが分け与えたりする。
余った食べ物は平等に分け合って、各家の何日分もの食事になる。
――王都の祭りは、どんなものなんだろう。
もっと広い広場?
もっとたくさんの人?
食べ物も、もっともっと多かったりするのかな。
「祝福祭は、デリュキュース国の平和と繁栄、幸福を祝う祭りだよ。花火もあるし、中央街では大きな踊りのイベントもある。屋台もたくさん出るから、気晴らしになると思うんだ」
……花火!?
踊り!?
屋台!?
なにそれ。
聞いたことも、見たこともない!
「行きたいです!もう、すごく行きたいです!」
思わず身を乗り出すと、カイテルさんは少し笑った。
「祭りは昼からやっているけど、花火は夜だから、午後に屋敷を出ようか?」
「わかりました!じゃあ、明日の午前中は勉強して、午後から祭りですね!」
「ふふ、了解」
カイテルさんは、どこか嬉しそうにそう言った。
翌日。
午前の勉強が終わると、祝福祭のため、私は着替えようと自分の部屋へ戻った。
『コンコン』
扉を開けると、ベテランメイドのメイガンさんが、新しいドレスを抱えて立っていた。
「リーマお嬢様。本日の祝福祭には、ぜひこちらのドレスをお召しください」
差し出されたのは、淡い桃色の半袖のドレスだった。
小さな花柄の刺繍が、胸元や腰、袖、裾にまで丁寧に施されている。
とても可愛らしくて、素敵なドレスだ。
……でも。
田舎娘の私に、こんな可愛いドレスが似合うのかな。
少しだけ、不安になる。
でも、ベテランメイドのメイガンさんが選んでくれたのだから、きっと大丈夫だ。
(あっ、まさか……」
「メイガンさん。このドレスは、誰のですか?」
「ジョアンナ様のですよ」
――ああ、よかった。
カイテルさんが、祝福祭のためにわざわざ新しいドレスを買ってくれたのかと思って、少し焦ってしまった。
また借金が増えるのかと……。
「リーマお嬢様、髪も整えますね」
そう言われ、鏡の前に座らされる。
「私にもできますよ。メイガンさん、忙しいですから……」
「こちらも私の仕事です。安心して任せてください。とびきり可愛くいたしますから」
そう言ってから、一拍置いて、付け加えた。
「カイテル様が、きっと喜ばれますよ」
「……そうですか」
それなら、甘えようかな。
私より、メイガンさんのほうがずっと上手だし。
淡いドレスに合わせて、髪はハーフアップ。
両サイドに小さな三つ編みを作って、可愛らしくまとめてくれた。
「はい、完成です」
自分でやるより、ずっと早くて、ずっと可愛い。
「ありがとうございます!すごく可愛いです!」
「ふふ。では行きましょう。カイテル様が、もうお待ちかと」
玄関近くまで送られると、すでにカイテルさんが立っていた。
「では、行ってらっしゃいませ」
メイガンさんはそう言って、さっと裏の扉へ消えていく。
私は小走りで、カイテルさんのもとへ向かった。
「カイテルさん、すみません。お待たせしました」
カイテルさんは私を見ると、一瞬動きを止めて――それから、少し照れたように笑った。
「……リーマ、すごくきれいだ。とても似合ってる」
(もう……正直者なんだから……)
「ふふ、ありがとうございます。ジョアンナお嬢様のドレスのおかげです」
「いや、リーマがきれいだからだよ」
そう微笑まれて、胸がくすぐったくなる。
恥ずかしいなぁ……。
外へ出て、周りを見回す。
「あれ?他のお兄さんたちは、まだですか?それとも、祭りで集合ですか?」
「邪魔者はいらないから、今日は俺たち二人だけで行くよ」
……邪魔者。
カイテルさんは、にこにこしながら、ちょっぴりひどいことを言った。
てっきり、みんなで行くものだと思っていたけれど。
騎士のお兄さんたちは忙しいだろうし、仕方ないよね。
祭りは想像以上に盛大で、人の多さに、私は少し眩暈を覚えた。
これぞ祭り――本物の祭りだ。
村の収穫祭は……
今思えば、祭りというより、
たまたま村人が広場に集まって、
たまたま一緒にご飯を作って、
たまたま一緒に食べていただけだったのかもしれない。
人の波に流されそうになる私の手を、カイテルさんが、しっかりと握った。
「迷子にならないように」
その一言だけで、手をつなぐ理由は十分だった。
周囲を見ると、恋人同士らしい男女が多い。
腕を組んだり、笑い合ったり――。
それに気づいた瞬間、胸がどきっとした。
顔も熱くなった。
(も、もしかして……他の人から見たら、私とカイテルさんも、こいび……)
――いやいやいやいや!
だめだ、リーマ!
雰囲気に流されちゃだめ!
王都の男の人の優しさに惑わされちゃだめ!
(あなたは妹みたいな存在だからね!)
必死に自分に言い聞かせ、私は何事もなかった顔で、祭りを楽しむことにした。
屋台はどれも美味しそうで、目移りしてしまう。
(あっ……丸いのが串に刺さってる。なにあれ?)
(ケーキだ……!この前お父様からもらった……忘れられない味がしたケーキ……)
(え、白くて長いの焼いてる……肉?お菓子?)
私が正体不明の食べ物をじっと見つめていると、カイテルさんが気づいた。
「リーマ、これ食べたいのか?」
「これは……何ですか?見たことなくて……肉ですか?」
「イカだよ。海の生き物。リーマは食べられると思う」
海――という言葉に、目を丸くする。
「へぇ……初めて見ました。食べてみたいです」
「ふふ。ちょっと待ってて」
そう言って、カイテルさんは屋台に向かい、焼きたてのイカを私に渡してくれた。
一口かじる。
弾力があって、柔らかくて、ほんのり塩味が効いていて――
「……すごく美味しいです!」
初めての食感に、思わず声が弾む。
「こんな味、初めてです。噛むの楽しい……!」
「よかった」
カイテルさんは、嬉しそうに微笑んだ。
もう一本食べたい。でも他のものも食べたい。
我慢我慢!
「他にも食べたいものがあったら、言ってね」
その言葉を聞くと、胸がほんの少しだけ温かくなる。
カイテルさんは私の唇をそっと拭き、微笑む。
やっぱり、顔が熱い。
人混みの中でも、今、この時間は――
確かに、私とカイテルさん、二人だけのものだった。
そのあと、カイテルさんは、盛大に私を甘やかし始めた。
私が屋台を眺めて
(あれ、美味しそう……)
と思った瞬間、なぜか――
「これ、食べる?」
いつの間にか、手に持っている。
(え、なんでわかったの……?)
飲み物も、お菓子も、気づけば私の手元に増えていく。
もしかして私、そんなに食い意地が顔に出ているのだろうか。
……それとも、カイテルさんが鋭すぎるのか。
(借金……どんどん増えてる気がする……)
おじいちゃんからもらったお金、もう余裕で超えている気がする。
そんなことを考えているうちに、今度はアクセサリーの店の前で立ち止まった。
「リーマ、どれが好き?」
「どっちも、きれいですね……」
トレストで見たアクセサリーより、きれいに見える。
「リーマの首飾りと同じ色の髪飾りがいいかもな。似合うと思う」
独り言のようにそう言って――
私が止める間もなく、支払いが済んでいた。
「この前も首飾りをもらいましたし、もう十分ですよ」
そう言ったけれど、聞いていないのは、いつものことだ。
(やっぱり……甘やかしすぎだと思う……)
もしかして、ずっと妹が欲しかったのかもしれない。
でもいないから、年下の女の子を妹扱いしてしまうのかも。
……うん、きっとそうだ。
「つけてあげる。もっと近くに」
私は素直に、一歩近づいた。
髪に、そっと飾りが留められて――
そのまま、やさしく。
ちゅ。
頭に、口づけをした。
「……っ!」
心臓が、一気に跳ねた。
顔が、かあっと熱くなる。
(な、何回目でも無理……!)
慣れる気配は、まったくない。
心臓がうるさくて、落ち着かない。
(だめだ、リーマ!)
(王都の男の誘惑に惑わされちゃだめ!)
(妹!妹!妹!)
必死に言い聞かせながら、
私は俯いて、手をもじもじさせた。
「ふふ。行こうか」
その笑い声が、また心臓に悪い。
……カイテルさんは本当に、ずるい人だ。
その後も、私は満足するまで屋台の食べ物を楽しんだ。
もうこれ以上食べられない、という頃になって――
カイテルさんは、次の場所へ連れていってくれた。
踊りのイベント会場へ。




