静かな日常、賑やかな訪問者
病院でディル薬を調薬した日から、日々が過ぎていった。
私は相変わらず、メイソン家の屋敷の図書室で、真面目に勉強している。
ほぼ毎日、カイテルさんから、あの十一人の近況を聞いていた。
カイテルさんは、ときどきその十一人の見張り当番になるらしい。
カイテルさんの所属する騎士団の一番隊と、ザインさんとアレックスさんが所属する二番隊が、この事件を担当しているそうだ。
十一人は、逮捕された頃と比べて妄言も減り、食欲も戻ってきた。
最近は、お粥のような柔らかいものも食べられるようになり、身体も順調に回復していると、お医者様が言っていたらしい。
―――よかった。
胸にのしかかっていた重たいものが、少し軽くなった気がした。
メイソン家の図書室は、「一生かかっても読み切れないのでは?」と思うほど、本がぎっしり詰まっている。
私は採用試験の過去問題集を勉強する合間に、気分転換として動物の本や歴史書、小説なども手に取っていた。
経済、政治、法律の本も並んでいるけれど、三ページほど読んだところで、猛烈な眠気に襲われた。
それ以来、二度と触らないと心に決めている。
あれは気分転換の本ではない。
眠れない夜に読むための本だ。
ときどき、カイテルさんやお父様、お母様が差し入れを持ってきてくれる。
お兄さんたちも、仕事終わりや出勤前に屋敷へ立ち寄って、いろいろな話をしてくれた。
みんな、本当に、本当に、田舎者の私に優しすぎる。
――だからこそ、絶対に合格しなきゃ。
そんな軽いプレッシャーを感じながら、私は気を引き締め、さらに勉強に没頭していた。
平和な毎日。
そんなある日、マーティスさんが図書室にやって来た。
マーティスさんが来てくれた時。
「リーマ、お疲れ」
淡々とした様子で図書室に入り、私の向かいの椅子に腰を下ろす。
そして机の上に、何かの箱を置いた。
「勉強どうだった?」
「こんばんは、マーティスさん。順調ですよ。今日は、ここでご飯を食べるんですか?」
「そうしようかな。たまには家と違う味もいいだろ?」
そう言って、軽く背伸びをする。
「もう、ここでの生活には慣れたか?」
「はい。皆さん優しくて、とても居心地がいいです。おかげで、こうして勉強にも集中できます」
「それはよかった。カイテルが聞いたら、喜びそうだな。これ、やるよ。食べてみろ」
机に置いた箱を、私のほうへ滑らせてきた。
「何ですか、これ?」
「最近、マラーヤへの遠方任務があってな。途中で見つけたんだ」
口角を上げて、鼻で笑う。
「君、森の奥の村に住んでたから、見たことも食べたこともないだろ?最近いろいろ活躍してるみたいだし、ご褒美だ」
――麻薬事件のことね。
ド田舎娘の私が、これを知らないと?
その通りですよ、マーティスさん!
「マラーヤの名物菓子だ。勉強中にでも食べろ。お茶と合うぞ」
私は箱を開けた。
箱を開けると、小さな四角いお菓子が整然と並んでいた。
香ばしい焼き色。鼻先に近づけると、ココナッツの甘い香りがふわりと広がる。
一つ取って、口に入れた。
小麦粉の生地に、細かく刻まれたココナッツ。
歯応えがあり、甘さ控えめで、とても美味しい。
「すごく美味しいです!ありがとうございます!」
「だから言っただろ」
マーティスさんは、なぜか得意げだった。
……これ、作ったのはマーティスさんじゃないですよね?
ジルさんが来た日のこと。
「リーマ、お疲れ〜。なんか久しぶりだな〜」
「あ、ジルさん。昨日も一緒に晩ご飯を食べましたよね?」
私の言葉を軽く流して、ジルさんは話し続ける。
「あのさ、この前、街でめちゃくちゃ怪しい店を見つけたんだ」
「……どうしてそんなに嬉しそうなんですか?」
「怪しい路地裏にあって、怪しい外見でさ〜」
楽しそうに語る。
「でも入ってみたら、普通に立派な店でさ。試しに食べたら、めちゃくちゃ美味かった」
「へぇ~」
「今度カイテル誘って行ってみなよ」
「ふ~ん」
「俺が連れてってもいいけど、カイテルに知られたらうるさいからな」
「ほぉ~」
「ねぇ、ちゃんと聞いてる?こんな態度だと、王城に来ても案内してやらないぞ」
「心配無用です。カイテルさんに案内してもらいますから」
「ふふっ。カイテルに頼ったら、一生王城に行けないかもな〜」
意味深な笑み。
「……どういう意味ですか?だって、連れて行ってくれるって……」
「まあまあ。カイテルが、いつリーマを王城に連れて行くのか、楽しみにしてるよ」
……平民が王城に行くのって、そんなに面白いことなの?
そもそも、ジルさんの訪問目的って何だったんだろう。
ファビアンさんが来た日のこと。
「リーマ、勉強はどうだ?」
「こんにちは、ファビアンさん。今日はお休みですか?」
集中力が切れかけた、ちょうどいいタイミングだった。
「朝まで夜勤だったんだ。夕食、ここでいいか?」
「もちろんです」
「勉強は順調か?正直、飼育場に入ってもいいと思うんだが。どうだ?」
「飼育場は確かに楽しそうですけど―――
おじいちゃんから薬のことをたくさん教えてもらいましたし……
ロラン小父様から問題集をもらいましたし……
カイテルさんも試験を申し込んでくれましたから……」
「律儀だな。そこまで気にしなくてもいいのに」
ファビアンさんが小さくため息をついた。
「ロラン伯爵もカイテルも気にしないと思うぞ」
「でも、できるだけ頑張りたいです」
「……まあ、気が変わったらすぐ言え」
私は少し迷ってから、切り出した。
私の命に係わる――大事な話を。
「……あの、ファビアンさん」
「何だ?」
「カイテルさんから聞きましたけど……ファビアンさんって、だ、第二王子、ですか……?」
「そうだけど?」
「え……じゃあ、私……王族への言葉遣い、全然……」
「確かに今までの君は、第二王子である俺に対して、言葉遣いが全くなっていないよな。これは重罪だぞ。どうしようかな~?」
「えっ!?や、や、やっぱり……死刑!?」
「王族への無礼は死刑一択だよな」
「ちょっと!ファビアンさん!
こんな可愛い可愛い妹を、本当に、ほーーーーっんとうに死刑にするんですか!?
ファビアンさんって、そんな残酷なことができるんですか!?」
「自分で可愛いとか言うな!
こんな時でも、まったく第二王子に対して言葉遣いがなっていないな!」
「王都は私の死に場所なの……?」
「将来はそうかもしれないが、今じゃない。
安心しろ。君を死刑にしたら、その後、俺も誰かさんに殺されるからな」
「第二王子を殺すような人がどこにいるんですか?」
「いるよ。俺が君を殺したら、確実に」
……誰?
「じゃ!じゃ!今までのは、なかったことに、ということですね!?やった!よかった!
……で、でもやっぱり言葉遣いを、知りませんけど……」
「今まで通り話せ。むしろ変えるな」
「本当にいいですか!?本当の本当の本当にいいですか?
後で死刑だとか、受け付けませんよ!?」
「あぁ、本当の本当の本当にだ」
「やったぁ!」
――ふぅ。命拾いした!




