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記憶を失くした少女は、それでも生きていく。  作者: あまね


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21/145

惚れた弱みと、甘やかし禁止令

アーロンやジョゼフィン、バロウズ、ロラン、そして若き四人の騎士たちは、

メイソン家の屋敷の居間で思い思いに寛いでいた。


――ただ一人を除いて。


カイテルは居間に入ってから、まったく会話に参加していなかった。

窓際に身を寄せ、庭にいるリーマの様子を気にして、ずっと窓の外を見ていた。


――ガツンッ!


「いてぇ!」

「見すぎ!」

ついに我慢できなくなったファビアンが、苛立ちを隠そうともせず、カイテルの頭を遠慮なく叩いた。


「ジョアンナはリーマに何もしないから、安心しろ!」

「わかっている!」


即座に言い返したものの、視線は相変わらず庭のままだった。


「カイテル、あなた。あのあずかに会ったから、任務の帰りが四日も遅れたわけね。心配していたのよ」

伯爵夫人らしく優雅にソファに腰掛けたジョゼフィンが、くすりと微笑みながら息子を見やる。


「はははっ!あの子は森の中で、植物だの花だの動物だの……

それに毒草まで相手にして遊んでましたからね。

効果の説明まで始めるもんだから、全然前に進まなかったんです」


ジルが笑いながらカイテルの隣に立ち、同じく庭を覗き込む。

ジルはカイテルを振り返った。


「あずかちゃん、そんなにマイペースだったっけ?」


「……」


カイテルは何も言わず、視線だけ庭のほうへ向けていた。

完全に心ここにあらずだ。

ジルは呆れた目でカイテルを見た。


「毒草で遊ぶとは、どういう意味かしら?」

ジョゼフィンは首を傾げた。

「毒のある植物を見つけると、必ず近づこうとするんです。だから私たち、毎回全力で止めてました」

ジルは小さく笑った。


「触ったら秒速で死ぬ猛毒キノコを見つけた時なんて――

生き生きした顔で、そのキノコに飛び込もうとしたんです。あの時は本当にひやっとしましたよ」


「まあ……」

さすがの大貴族夫人も、言葉を失う。


「どうやら昔にも、そのキノコを見つけたことがあったらしく、その時はクレスおじいさんに止められたそうです。

今回はクレスおじいさんがいないから大チャンスだと思っていたみたいで、まったくこちらの気も知らないで」

ジルは呆れたように首を横に振った。


「意外とマイペースな子でした。

あれ、たぶん森を出る気なんてなかったと思います」

マーティスはくすっと笑った。


「あずかが十日も森を歩いたおかげで、私はやっとあずかに会えました……本当に良かったです」

震える声で、カイテルが語り出した。


「もし――

もしあずかがどこにも寄らないで歩いてたら、私は二度とあずかに会えないかもしれません……

ずっとここにいたとは……

こんなに近くにいたのに、どうしてもっと早く会えなかった……?

もっと早く、あずかに会いたかったのに……」


庭を見つめたまま、血が滲みそうなほど拳を強く握りしめた。

ジルたちは顔を見合わせ、小さく肩をすくめた。

さっきまでの軽い空気がすっと消えた。


「まあまあ。奇跡的に会えたんだ。それでいいじゃないか」

アーロンが静かに言った。


「過ぎたことはもういい。これから、どうすればあずかにここにいてもらえるかを考えろ」

「そうよ、カイテル。私もアーロン様も、約束は守るわ。あとは、あなた次第よ」

「はい。絶対にあずかを手放しません」


カイテルは、真っ直ぐに父と母を見据えた。

誰も、その言葉を軽口だとは思わなかった。


「皆さん、あまりあの子を甘やかさないでくださいね。会った瞬間から本当に生意気ですから。いてっ!」


カイテルは、風の魔法で風球を放ち、ファビアンの頭に命中させた。


「あずかは何をしたというんだ?」

「まずおまえからだよ!あの子を甘やかすな!」


「四人の男がいきなり現れたから、あんなに警戒して当然だ」

マーティスが苦笑した。


「っていうかさ、あのとき、おまえはあずかちゃんを攻めすぎ!めちゃくちゃ警戒されてたじゃないか。正直、おまえが一番怪しかった!」

ジルは半ば呆れたようにカイテルを見た。


「……」

カイテルは黙った。


「カイテル、あなた、何をした?」

ジョゼフィンは息子を見据えた。


「こいつ、森で会った時から、ずっと『一緒に行こう』って、しつこすぎでしたよ。もしあずかちゃんがホワイトウルフたちに一言でも命令していたら、私たちがどうなっていたか分かりません」


「……しょうがねぇだろ。あそこで別れてしまったら、どうする?」

カイテルは歯切れ悪く言った。


「そもそもあのホワイトウルフたちはあずかを過保護にしすぎですよ。ドラゴンたちも。

お父様たちが想像もつかないくらいです」

マーティスは、各家の当主たちを見回した。


「どういうこと?」

「トレストのドラゴン小屋で、リーマが管理人に怒鳴られたことがあったんです。するとドラゴンたちがその管理人に怒って、襲いかかろうとしたんですよ」

マーティスが苦笑した。


「幸い、ドラゴンたちは鎖につながれていたので、管理人は無事でしたけど」


「強盗に襲われたときも、あずかちゃんが四人組の強盗に狙われて……

二頭のドラゴンと二匹のホワイトウルフが、その四人をあっという間にボコボコにしました。

さすがに、あれはちょっと可哀想でしたね……」

ジルはため息をついた。


「自分がホワイトウルフに守られているから、調子に乗りすぎるよな、あの子。いてぇ!」

カイテルは、また風球をマーティスの頭に命中させた。


「トレストのあの騒ぎ、俺がいなくて残念だったな……

あぁ――っ!先に食堂に行かなきゃ良かった!」

ジルは悔しそうに言った。


「ジル、トレストに何があったんだ?」

ロランは息子に問いかけた。


「あずかちゃんは当たり屋に遭い、どこかへ連れて行かれそうになったそうです」

「あの当たり屋、実は騎士だったんです」

マーティスが続ける。


「……えっ!?

き、騎士?……騎士がなぜそんなことを!?」

アーロンは驚き、声を上げた。


「まあ……あの子の魅力に当てられたんじゃないですかね。結局警告処分されたみたいですが」

ジルは答えた。


「あぁ、なるほど……でも、まさか騎士が一般市民にそんなことをしたとは……

騎士の規則と行動には厳重注意が必要だ……

時間を見つけて、偵察もしたほうがいいだろう」

アーロンが呟き、右腕のウィリアムズに向いた。


「予定を組んでくれ」

はっきりと命じた。


「承知いたしました」

ウィリアムズが恭しく頭を下げた。


「可愛い可愛い田舎娘が、無防備にあちこち歩き回っていた。

だから一か八か、その田舎娘に接近した……

しかし、ホワイトウルフに突き飛ばされ、あの田舎娘には群衆の前で馬鹿にされて、結果は警告処分、か……」

マーティスは首を横に振る。


「ある意味では、あの騎士も被害者だったのかもしれません……可哀想に」


「あずかにあんなことをしたんだ。当然だ」


「『私があなたとぶつかって別に痛くもかゆくもないのに、あなたはそんなに痛いの?騎士なのに、体が弱すぎない〜?それでも騎士なの~?おばあちゃんと一緒にお裁縫でもやればいいんじゃないの~?』」

まるでリーマの物まねをするかのように、ファビアンは甲高い声で言った。


「ふふふっ!」

カイテルとマーティスは噴き出した。


「……うん?なにそれ?」

ジルが首を傾げる。


「あの子が、群衆の前でその騎士を馬鹿にした言葉の一部だ。その後もずっと天然発言を連発して、完全にコケにしてた」

ファビアンはクスクス笑いながら続けた。


「おまえがあの場にいなくて、本当に残念だったな。あの騎士、街の人たちにめちゃくちゃ笑われて……

もう二度と家から出られないんじゃないかな?」


「はははははっ!」

マーティスとカイテルは、あのときのリーマの天然発言を思い出し、また笑い出した。


「あれ、ふふふっ、天然なのか悪意なのか判断できねぇのはタチが悪いよな。はははっ!」

マーティスが腹を抱えた。


「そもそも、なんであの騎士が“おじいちゃんおばあちゃんと暮らしてる”前提で話したのか、謎だ!」

「最後の『お裁縫仕事のために、まず勇気を出して』ってやつ、最高だったよな!はははっ!」

マーティスとファビアンは言った。

カイテルは腹を抱えて、しばらく笑い続けた。


「えーーっ!なにそれ!?そんなに面白いことあったのかよ……?先に食堂に行かなきゃよかった……」


「トレストの騎士……まったく私に仕事を増やすな」

アーロンは険しい表情で呟く。


「いえいえいえ、むしろあの騎士の方が可哀想でしたよふふふっ」

マーティスは、くすくすと笑った。


「あずかちゃん、めちゃくちゃ楽しんでいましたよ。『街は意外と面白いところですね~』って、嬉しそうに言っていました」

ジルは苦笑いした。


「まあ、私の未来の嫁はやるじゃない〜」

ジョゼフィンは口元を緩めた。


「それにしてもあの子、あんなにきれいな子だと思わなかったわ。可愛らしい子だとは想像していたけれど」

ジョゼフィンは、息子に視線を向けた。


「あなた、相当美人が好みなんだね。知らなかったわよ。

化粧や着飾りをしていないのに……

社交界でも、あんな令嬢は滅多に見ないわよ。

だからあなた――あのとき、死にそうになっていたのね?」


「私は、あずかの見た目で好きになったわけではありません。あずかの中身が好きなんです」

カイテルは真っ直ぐに言った。


「……あら、そう」

ジョゼフィンは、冷めた視線を息子に送った。


「あのとき、私たちはどれだけあなたを心配したのか……わかっているよね?」

カイテルはジョゼフィンから目を逸らした。


「これから、たくさんの人が手を出してくるだろう」

アーロンは静かに言った。


「おまえがあずかを誰かに奪われたくないなら、しっかり掴んでおきなさい。すべては、おまえの努力次第だ」

「もちろんです」

「王様と王妃様には、報告したか?」

「はい。お二方とも、早くあずかに会いたいと仰っていました」


カイテルは窓際からソファまで移動した。

庭にいたリーマはもう屋敷に戻ったらしい。


「王都に来て早々、王様と王妃様に会うのは……さすがにまだ早いな。あの子も驚くだろう」

「私もそう伝えましたが、『できるだけ早く』と仰っていました」

「その時はその時だな。王様と王妃様には、待っていただくしかないな」


「あずかちゃんの力はなんなんだろうね?

動物を支配する能力とか聞いたことない。かっこいいよなぁ、うらやましいなぁ」


ロランは、うらやましそうに口を尖らせた。

まったく年に合わない仕草である。


「ですよね〜。魔法より便利な力ですし」

ジルは指先から水をぴちゃぴちゃと出しながら、何度も頷く。


「あの力は、むやみに誰かに言ってはいけない。カイテル、おまえはあずかにちゃんと注意しろ」

バロウズは言った。


「はい」


「本当に特別な子だな~。あずかちゃん、テレンス家のお嫁さんになってくれないかな〜?チョイスが三つもあるんだから、メイソン家より選び放題だろう?」


ロランはにやりと笑った。


「ダメです」

「ダメですわ」

「ダメに決まってんだろう」

メイソン親子は、息ぴったりだった。


「絶対、飼育場の仕事のほうがいいですよ。

あの能力、使わないのはもったいないです。

王城なら、あの力のことを秘密にできます。

だから、保健省の試験はやめましょう。

カイテル、おまえもあずかに飼育場に入るよう言えよ。

俺が推薦するから、問題ない。明日からでも仕事を始められるぞ」

ファビアンはカイテルに向かって言った。


「断る。

あずかはもともと医者になりたかった。

だから、もしあずかが薬の仕事をしたかったら、俺はあずかを応援する」


カイテルは一瞬も迷わず断った。




「だ・か・ら・甘やかすな!」


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