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【◯月◯日】

*****



あの日。


離れたくない、だとか。

行かないで、だとか。

余計な言葉を口走ってしまいそうで。

私は口数を極限まで減らしたままで君の家を後にした。


君はLINEするからって言ってくれたから、私も、と答えた。

だけど分かってた。

忙しく充実すればするほどに、連絡が減っていくということ。


それでも、おはようとおやすみだけは欠かさずくれる君の成功をずっと願っていたよ。

私が願わなくても、君は大丈夫だってことも分かっていたけれど。


だんだんLINEも時々になって、もうダメだなと思ってる。

だけどもう、悲しさは君が居なくなった頃よりはやわらいでいて、やっぱりなという感覚のほうが大きいかも。

私も高校を卒業して大学生になったし、もうすぐ卒業だし、それなりに充実してるから。


大人だったら何か違ったかなとあの時は思ったけれど、むしろ大人になるほど褪めていく気がする。

忙しさに紛れて、きっと恋なんかどこかに行ってしまうんだ。


君はいくつかアルバムを出して、私のイヤフォンからは君の音がいつも流れてる。

そう。

私は君に恋をしたんじゃない。

君の音に恋をしてるだけ。


だから、この音があれば寂しくないし、あの幻みたいな一週間を胸に歩いて行けばいいんだ。


言い聞かせるように、心で呟いた。

だけど……。



『迷ったらいつでも呼んで。絶対に来るから』



なんて、言ってたことあったな、って思い出して。

ドイツから来られるわけないじゃんね、って、冗談のつもりでLINEした。

人生に迷いました、って。



“どこ? いま行く“



嘘。

本当に?

君の音に恋しているだけなんて言ったくせに、たった一行の返信に胸が躍る。



恋愛感情抑制不可能

私は自分の恋が溢れる音を聴いてしまった。



*****



久しぶりに会った君は、写真で見るよりもずっと大人になっていて、向こうでたくさんのことを経験してきたのだということがよくわかった。


君が待ち合わせ場所に選んだストリートピアノが空くのを待ちながら、他愛のないお土産話や近況を話して過ごす。



『人生はカノンだよ。あのとき言ってたとおりだ』



君が呟いた。

私が言った通り……。

それは、永遠に君には追いつけないということ。


君が私に会いに来たのは、別れを告げるため。

今日で人生の迷いを断ち切ってねと。

そういうことか。


ピアノが空いた。


覚悟を決めて、君のピアノに耳を集中させる。

一音だって逃したくない。


初めて君の音を聴いたのもこんな感じの場所だった。

君が別れの曲に選んだのは、やっぱりあのカノンだった。


でも今日はあんまり大幅なアレンジはしないみたいだ。

空に昇っていくような、どこまでも高く、大きく広がる音。


追いかけて重なる音が独特の広がりを見せながら、有名な“ラン、ラララン”のフレーズに入る。


好きだな、と思った。

この音が好きだ。

君の奏でるこの音が。


ううん。

君が。

私は、君が好きだ。


でも、君と私は並んで歩く日常は、あのたった一週間の非日常の中だけにしか存在しないんだ。

私たちはカノンだから。

追いかけても、一緒になることはない。


喉が涙で熱い。


ラン、ララランで一瞬重なって、このあとまた離れる。

これが私たちのあの一週間なんだ。


離れるところは聴きたくない。

君が弾いているうちにさよならしよう。

そう思った時。


突然ピアノの音量が上がって、1つの束になった。


え?


離れない……?

ラン、ララランがずっと続いてる。

君と私も、離れないで一緒に同じフレーズを奏で続けることができるのかな。


それが君の答えなんだね?

そう受け取っていいんだね?

涙が音の粒になってキラキラと天に昇る。


演奏が終わると君が大きな拍手に包まれた。


私たちは拍手の渦を潜り抜け、自販機にマスカットソーダを見つけた。

ボタンを押したらピカピカと画面が点滅しだし、君がパチンと指を鳴らしたら『当たり!!』と表示された。


当たり付きの自販機で当たりが出たのなんて見たことない。

初めて見た、って言ったら、



『だから、魔法使いだって言ったでしょ、あっ、ちょっ、待っ』



なんだか本当にそうなんじゃないかなんて思ってしまったのが悔しくて、私はペットボトルを思いっきり振ってからフタを開けた。


マスカットソーダはシュゥと大きな音とともに溢れて、驚いた君が私の手首を掴んで慌てて口をつけた。



『俺、もう振られちゃったと思ってた。俺のせいだよね、ごめん。まだ大人じゃないけど、今なら言えるよ。今度は一緒に行こう……、いや、一緒に来てくれますか?』



私たちは、お互いにムダな気を遣い合って疎遠になってしまってただけだった。

私は音楽に打ち込む君の負担にならないように。

君は側にいられない自分より私を大事にできる人が現れるはず、って。


気持ちの通じあった二人のこれからを祝して。

シャンパンシャワーみたいなマスカットソーダをあびて。


唇で乾杯。



【END】


最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

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