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第一話 ちびっこ探偵団、結成!

「俺たちで怪盗を捕まえようぜっ」


 校門を出たところで、素晴らしいアイデアを閃いた、という顔をして太一が拳を天に向けた。

「うわ、絶対思いつきで喋ってるでしょ」

 即座に千代が反応する。

「だってさ、またパンツ盗まれたらやだし、それに楽しそうだろ。探偵団」

「むむ。探偵団かあ……犯人捕まえたらテレビに出たりできるかなあ。お手柄天才小学生! なんて……」

 打って変わってうっとりした表情で千代はつぶやく。

「翔太もいいだろ。あの怪盗を俺たちで捕まえてやろうぜ」

「ん……いいよ、僕で良ければ」

「よっしゃ。そうと決まれば作戦会議だ!」

 三人は小学校の横にある公園に向かった。ベンチに並んで座り、真ん中の太一が自由帳を広げる。勢いよく鉛筆を構え、そして――

「作戦会議って、何をすればいいんだ?」

 首をひねった。

「もう。ほんと太一ったら、勢いだけなんだから」

「じゃあ千代がやってみろよ」

 不服そうに太一は千代に自由帳と鉛筆を押し付けた。

「えー……ええっー、会議なんだから、こう、ねえ? ほら?」

「あれれーっ? 千代さん? さっきはあんなに偉そうにしてたのに、いざ自分がやるとなったら出来ないんですかーっ?」

 踊りだしそうな勢いで太一がはしゃぐ。

「うるさいな。これから考えるんでしょっ」

「そんなこと言ってるようじゃあ、天才小学生には程遠いなぁっ? 天才に恥じぬ高い知性を見せつけてくださいよぉ―?」

 およそ知性のかけらも感じさせない表情(平たく言うとバカみたいな表情)で太一は千代を責め立てた。太一にしてみれば千代の反撃を予想した口撃だったのだろうが、しかし、千代は唇を噛み締め、うつむいてしまった。みるみるうちに大きな瞳がうるみ、目尻へ涙が溜まっていく。

「ぅ……ぐすッ……」

「げっ」

 予想外の反応に太一はうろたえ、翔太に囁いた。

「お、おい。やべえ、泣きそうだぞ、どうする」

「そりゃ、あれだけ言えば傷つくでしょ」

 翔太は思ったことをそのまま囁き返す。

「素直に好意を伝えればいいのに」

「コウイって何?」

 太一は理性を微塵も感じさせない表情(短く言うとアホみたいな表情)で尋ねた。

「好きだって気持ちのこと」

「ばっ、ばっかお前っ、そそそ、そんなわけ無いだろぅ」

「あれ、違うの? まあ、どっちにしても謝ったほうが良いと思うけど」

「お、おう」

 耳まで赤くした太一は、深呼吸をした後、千代の目の前にひざまずいた。手で顔を覆い、肩を震わせている千代をまっすぐ見上げる。

「千代、その、今のは言いすぎた。ごめん。ごめんなさい」

「……ほんと?」

「うん。この通り」

 太一は手を地面につけて深く頭を下げた。

「……じゃあ、今度駅前のケーキ屋さんでシュークリームおごってくれる?」

「う……わかった。だから、その、仲直り……しようぜ」

 太一の言葉を聞くと、千代は手を顔から離し、舌を出した。

「えへへっ、じゃあいいよっ」

「あーっ、お前、もしやっ」太一は大声を上げながら後退りした。

「シュークリーム、約束だからねー」

 勝ち誇ったように千代は笑みを浮かべる。

「くっそー、これだから……」

 ぶつくさ言いながらもほっとした様子でベンチに座り直す太一と、涙に濡れた手をこっそり拭き取る千代をみて、この二人は素直になれない似た者同士なんだな、と翔太は納得した。


 *


 太一と千代にぎこちない空気が漂う中、気を逸らす狙いも込めて、翔太は知りたかったことをたずねることにした。

「ところで、話変わるけど、柊先生ってどんな人?」

「ん? 翔太が人に興味持つなんて珍しいな」

「明日は雪だねっ?」

「僕は世捨て人かなにか?」

「さなちゃんはいい人だぜー。優しいし、美人だし、みんなから人気だな。何が知りたい?」

「食べ物の好き嫌いとか」

「ん、んー……あ、納豆は嫌いだって言ってた。ねばねばがいやって」

「ふうん。僕は好きだけどな、納豆」

 確か、次の月曜日に給食で出るはずだった。

「わたしと同じで、シュークリームが好きだよっ」

「俺も好きだぜ、美味しいよなー」

「食べづらいけどねっ」

   太一と千代のやり取りを興味深く聞いた後、翔太はたずねた。

「さっきも思ったけど、しゅーくりーむって、何?」

「えっ」

 翔太の言葉に二人は驚きの声を上げる。

「お菓子?」

「……んー、そうだな。ケーキの一種?」

「うん、こう、サクサクしたシューの中にクリームがつまってるんだよ」

「ふうん。食べたことない」

 そういうケーキもあるのか、と納得した翔太に、太一はいささか気まずそうな目線を送った。

「どうしたの?」

「いや、翔太、今は家の方は、いいのか?」

「うん。だいぶ落ち着いたよ」

「そっか、良かった」

 千代は不思議そうに太一と翔太のやり取りを聞いていたが、口を挟まず黙っていた。

「あ、さなちゃんのことだったな。そうだなー、頭もすごい良いはずだぜ」

「今年学校に来る前は、どこかの研究所にいたって言ってたもんね」

「研究所?」

 嫌な言葉だ。

「ああ。他になにか聞きたいことはあるか?」

「いや……大丈夫。ありがとう」

「よしっ」

 太一がベンチから勢いよく立ち上がり、二人へ振り向いた。

「最初っからやり直して、作戦会議だ! 翔太、どうすればいいんだ⁉」

「え、そこで僕に来るの?」

「おう!」

「お願い!」

 太一と千代は揃って手を合わせる。

 こういうのは言い出しっぺがやるものじゃないだろうかと思いつつ、翔太は考えていたことを口にする。

「えっと、まずは、目標を決めるんじゃないかな」

「目標か! それなら怪盗を捕まえることだな!」

「うんっ」

 二人はやけにハイテンションになっていた。

「こういうのって、聞き込み調査とかして、犯人を追い詰めてくんでしょ。ドラマでやってた」

「そういうのは警察がやっているだろうし、それで捕まるなら警察が捕まえてくれるよ、きっと」

 翔太の指摘に太一は眉を上げた。

「でも、それじゃ俺たちは何すればいいんだ?」

「まず、目標に具体性をもたせる。そのためには、ターゲットを絞る」

「Ahan? オレ、ユーのイッテルコト、ワカリマセーン?」

 両手を左右に広げ、太一は大げさに首を振る。

「その顔すっごい腹たつーっ」

「えっと、テストでいい点を取ろうと思ったら、テスト範囲の勉強をするでしょ? サッカーを上手くなりたかったら、ドリブルの練習や、シュートの練習をするよね?」

「Oh! ワカリまーす!」

「ちょっと太一、真面目にやんなさいよ」

「僕らは子供だから、警察のような聞き込み調査はできないし、怪盗がすでにこの町から逃げていたら、正直お手上げだと思う」

「あっ、それは確かに」

「だから、怪盗の次の行動を決め打ちして、その対策を打つ。そこで保健室での話に戻るけど、怪盗が次も僕らのクラスからパンツを盗むと決めて、目標と作戦を立てるんだ」

 普通に考えれば、怪盗が同じクラスのパンツを盗むリスクを負う必要はない。他のクラスや、別の学校のパンツを盗めばいい。だが、その場合は警察に任せておけば良い。

 翔太たちのアドバンテージ――それは、翔太たちのパンツが、また狙われる可能性がある、という一点なのだ。

 ならば、そのアドバンテージを最大限活かす作戦を立てる。

「わかった! 更衣室に張り込みするんだ!」

「怪盗が現れて、パンツ盗むところを捕まえるんだな。ゲンコーハンタイホ? だっけ」

「うん。それは結構現実的な案だと思う。だけど、現行犯逮捕には問題がある」

「何?」

「僕ら三人で怪盗を捕まえられるかな? あの怪盗は、女性と言っても大人だし、僕らより力も強そうだった。ひょっとしたら、武器を持ってるかもしれない。危険のほうが大きいよ、きっと」

「そっかー。じゃあ……大人にも張り込みを手伝ってもらう?」

「僕らが大人にそんなこと言っても、信じてくれないんじゃないかな」

「あー……それはムリだろなー」

「なので、僕らの狙いは、()()()()()()()()()()()()()()。怪盗だって、あのふざけた格好をずっとしているわけじゃない。どこかで必ず社会で過ごしている格好に戻る。その時を狙うんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが僕たちの目標になる。具体的には、この人がパンツを盗んだと誰もが理解する写真でも撮れれば、僕らの勝ちだ」

「なるほど!」

「そして怪盗が動くとすれば――」

「次の水泳の授業!」太一と千代が声を揃えて叫ぶ。

「そう。来週の火曜日だ」

「よっしゃ。目標と日時が決まって、こっからが具体的な作戦だな! どうやって証拠を抑える?」

「考えがある」

 保健室でのやり取りを思い出しながら、翔太は言った。

「僕らのパンツに、罠を仕掛けよう」


 *


 翔太が家に帰ると、姉の加奈子が出かける準備をしていた。

「バイト?」翔太が声をかけると、加奈子は疲労を滲ませた声で返した。

「んー、そう。ご飯作っといたから、食べといて。かーさんは今日も遅くなるって」

「カナ姉、最近、シフト多くない?」

「ほしいアクセがあってねー」

 肩まで伸びた艶のある髪をまとめ、髪留めをつけながら加奈子は答えた。

 それが嘘であることも、彼女がバイト代の殆どを生活費に入れていることも翔太は知っていた。

「カナ姉」

「んー?」

「今日、学校におパンツ怪盗がでたんだけど」

「は?」

「おパンツ怪盗がでた。で、パンツを盗まれた」

「はあッ⁉」

 加奈子が素っ頓狂な声を出して、翔太に顔を向けた。

「何? どした? まさかしょうちゃん、いじめられてんの? あたしが乗り込んでやっつけよっか?」

 肩を掴まれ、軽くゆすられる。これが当然の反応なのかもしれない。

「いや、そういうのじゃないから大丈夫」

 この姉が出てきたら小学生ではひとたまりもない。怪盗だってぶっ飛ばしてしまうかもしれない。

 翔太は今日起きたことをかいつまんで加奈子に説明した。

「あー。そう言えば小学校から留守電が来てたような……その連絡だったのかあ」

「ねえ、カナ姉」

「ん?」

「子供のパンツを盗む大人ってどう思う?」

「ヤベー奴だと思う」

 ごもっとも。

「僕もそう思ったんだけど。思い出してみるとね……なんか、その怪盗、すごく笑ってて、楽しそうだった」

「うん」

 続きを急かすことはせず、加奈子は優しくうなずいた。

「正直、悪い人には思えなかった。それで、大人ってなんだろう……って思って。うまくいえないけど、なんか、こんな大人もいるんだって、びっくりした」

「世界は広いってか。お姉ちゃんとしては、しょうちゃんのパンツ盗むなんて万死に値するけどね。まあ、良かったよ。いじめとかじゃなくて」

 それから、とつぶやいて、加奈子は翔太を軽く抱きしめた。

「難しいことあんまり考えなさんな。困ったらお姉ちゃんを頼んなよ?」

「わかった。カナ姉もね」

「うん。じゃあ、いってきー」

 ひらひらと手を振って加奈子は出ていった。

 残された翔太は、少しの間、ぼうっと突っ立っていた。

 人がひとり減っただけなのに、2Kの間取りが急に広くなったように感じた。食卓にはラップをかけた皿があり、焼きそばがよそわれている。

「……パンツ履こ」

 翔太は棚からパンツを取り出して、履いた。いつの間にかノーパンの状態に慣れていたらしく、パンツを履いている状態に違和感があった。そして、そんなふうに感じる自分がおかしかった。案外、ノーパンでも普通に生活はできるのかもしれない。

「普通って、何だろ……」

 意味もなくつぶやいて、図書室で借りた、昆虫の生態について記した本をランドセルから取り出した。まだお腹は空いてないので、勉強をして時間をつぶすつもりだった。本を開いて畳に腰をおろした時、ちょうど電話が鳴った。畳の上を転がりながら移動し、受話器を取る。

「はい、もしもし」

「翔太か」

 電話から響く声を聞いた途端、心臓が早鐘を打ち始めた。

「さっきは加奈子が出たんだが、私とわかるとすぐに切られてしまってな。今はおでかけかな?」

「……父、さん」

 受話器が滑り落ちそうになるのを抑え、声を絞り出す。

「母さんは元気か?」

「……うん。今は、落ち着いてる」こみ上げてくる吐き気を噛み殺しながら翔太は答えた。

「それは良かった」

 翔太の心情を知ってか知らずか、上機嫌な声が聞こえてくる。

「ふふ。研究に大きな進展があってな。ほら、前に、母さんが拒食症になっただろう? 離婚後だったから、私がそれを知ったのは随分後だったが」

 嫌悪感を抑えきれなかった。

 この人は。この大人は。

 どうしてこうも無神経に、他人の気持ちをまるで考えないで、ズカズカと踏み込んでくるのだろう?

 突然離婚したときも、その後も。

「父さん、僕、夜ご飯作んなきゃいけないから……」

 とっさに苦し紛れの嘘をついた。

「おお、そうか。じゃあこの話はまたの機会に。母さんと加奈子にもよろしく頼む」

「うん」

「ああ、最後にひとつだけ。()()()()()()()()()()()

 不思議な忠告に違和感を覚えながら受話器を戻すと、疲労感が全身を襲ってきた。

 翔太は大の字に寝転がる。

「くそ……」

 急に、加奈子やクラスメイトとの会話が思い起こされ、寂しさがこみ上げてくる。

「早く大人になりたいよ、僕は……」

 セミの喧騒に紛れ、翔太のつぶやきは誰の耳にも届かなかった。


 *


 しばらくの間、クラスの話題はおパンツ怪盗で持ちきりであったが、しかし、警察の捜査の進展もなく、話すことも無くなっていった。学校の対応は、校門や周辺の見回りを増やすという、ありきたりなものに落ち着いた。それは、怪盗が外部の者である場合は一定の効果があるが、内部の者である場合、意味のない対策だと翔太には思えた。

 町ではおパンツ怪盗の他にも変質者が続出しているらしく、そちらの対応で警察の手も回らないというのが実態らしい。

 このまま何事もなければ、おパンツ怪盗事件は風化していく。

 そんな雰囲気が三年二組に漂う中――待ちに待った(?)、水泳の授業の日がやってきた。


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