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第零話 おパンツ怪盗、参上!


  この作品には大変お下品な表現が含まれます。



「オーホッホッホッホッ!」

 晴天の下、少年少女が泳ぐプールに高笑いが響き渡った。

 前島翔太が声の方向に顔を上げると、プールと校庭の間に設けられたフェンスの上に、珍妙な格好をした人物が立っていた。

 頭にはシルクハット。サイドに穴が空いていて、ウサ耳が飛び出している。ふんわりとしたボブカットにまとめられた金髪が、ウサ耳と一緒に風になびいていた。

 顔にはきらびやかな装飾を施されたアイマスク。マスク越しでも、自信満々な表情をしているのが伺える。

 そして、ピッタリとした真紅のボディスーツ。豊かな凹凸の体が放つ曲線美を見せつけており、さらには、夏にも関わらず漆黒のマントを羽織っている。

「……えーと」

 翔太は目をこすった。しかし、何度まばたきをしてもウサ耳の人物は消えない。どうやら幻覚を見ているわけではないらしい。

 暑さで頭をやられてしまった人だろうか?

 こんな格好をするのはマジシャンか新手の政治家ぐらいだと思うのだが……。

 周りを見渡すと、皆、ぽかんとした表情で闖入者を眺めていた。桂木先生にいたってはボディスーツから伸びた足に見惚れている。

()()(くさ)小学校三年二組の少年たち!」

 これ以上ないほど注目が集まった瞬間を見計らったように、闖入者は叫んだ。


「君たちのおパンツはこの私、おパンツ怪盗が頂いた!」


 は?

 あっけにとられる人々を無視し、おパンツ怪盗を名乗る闖入者は続ける。

「しかああああああし! おパンツは、私が大切に食べるので心配はいらない!」

 そっちのほうが心配だ。

 思わず翔太は心の中でつぶやいた。

「それでは、またね、諸君! 風邪引かないようにしなさいね! オーホッホッホッホッ」

 高笑いをしながら校庭側に飛び降り、走り去っていく。背中にはこんもりと膨らんだ風呂敷を背負っていた。あっという間に怪盗の姿は校舎の影に隠れ見えなくなる。蝉の鳴き声が鳴り止まぬ中、プールには呆然と佇む三年二組の生徒と、担任の教師が残された。

 これが、事件の始まりであった。


 *


 帰りの会が終わった後も、クラスは騒然としていた。

 話題は当然、おパンツ怪盗のことである。

 怪盗の宣言の通り、三年二組の男子全員のパンツは盗まれていた。あの後、警察に通報し、担任の桂木先生は今も事情聴取に協力している。しかし、聴取を盗み聞きしていたクラスメイトによると、警察も一連の話をあまり信じていないらしい(当然だ)。

 分っていることは、現在もまだ、おパンツ怪盗は捕まっていないということ。

 盗まれたパンツが戻ってきていないため、必然的にクラスの男子はノーパンということだった。

「なあ、翔太。どう思うよ」

 やや前傾姿勢で歩いてきた山岸太一が、声をひそめて言った。

「……すーすーして落ち着かない」

 翔太は素直に答えた。

「いや、そうだけど、そうじゃなくって。おパンツ怪盗のことだよ」

 机に手をついて、太一は翔太に顔を近づける。ツンツンした髪の下にある、意思の強そうな眉を寄せ、真剣な表情だ。

「変態か、暑さに頭をやられた人だと思う。大穴で新手の政治家」

「あんな政治家いねえだろ」

 太一は吹き出した。

「じゃあユーチューバーかな。なんにしても、ろくな人じゃなさそうだった」

「政治家とユーチューバーにすごい偏見持ってんな?」

「まあ、冗談は置いといて……正直、警察が話を信じないのも当然だと思うな」

「実際に見た俺たちが信じられないからなあ……」

「うん。世の中にさ……色んな人がいるって知識はもちろんあったけど、目の前にあんなのが現れると、やっぱりびっくりしちゃうよね」

「なんか最近、変質者の噂はやたらあったけどなー。でも、正直あの怪盗の格好、すげえエロかったよな。だってウサ耳バニーだぜ」

 鼻の穴を膨らませる太一に、横から鋭い声が飛んできた。

「太一って、ほんっとエロガキよねっ。サイテー」

「なんだよ、千代。はいってくんなよ。俺は今、翔太と大事な話をしてんだよ」

 口を挟んできた少女――倉木千代に、太一は文句を言う。

「ウサ耳のどこが大事な話なのよ。翔太も太一と喋ってるとバカが伝染るよ」

 千代もすかさずやり返した。ポニーテイルが元気に揺れる。太一に負けず劣らず活発な子だ。

「はいー、じゃあ千代も俺と喋ったからバカが伝染ってるー、ばーかばーか」

 からかうように振った太一の腕に、翔太は目を留めた。

「あれ、太一、怪我してる」

「えっ」

 千代が小さく声を上げた。

 よく日焼けした太一の肘には擦り傷があった。血は止まっているようだが、まだ出来て時間は経っていないようだ。

「ああ、怪盗が走り去っていくとき、俺も後を追ったんだけど、転んじゃった」

「一応手当しといたほうがいいんじゃない? まだ保健室も空いてるし」

「んー、そうだな。さなちゃんに会えるし、行くか」

「ちょっと、わたしを無視しないでよっ」

「付き合うよ」

 翔太は立ち上がった。太一はランドセルをいち早く背負い、先立って歩いていく。

「あ、ちょ、ちょっと」

「なんで千代も来んだよ」

「なっ、なんでもいいでしょっ、べつに」

 太一、千代、翔太の三人は、連れ立って保健室へ向かった。


 *


 保健室には柊佐奈先生がいた。翔太たち三人が保健室に入ると、椅子から立ち上がって迎えた。

「あらあら、どうしたの、山岸くん、と……」

 小首をかしげて翔太と千代に目を向ける。

「前島です」

 翔太は軽く頭を下げた。

「倉本千代ですっ」

 千代は手を上げて応える。

「山岸くんが転んで怪我したので、手当してもらいに来ました」

 翔太の説明に柊先生は微笑んだ。泣きぼくろが柔らかに形を変える。ショートカットの黒髪と、白衣の対比がすこし眩しかった。

「付き添いに来るなんて優しいのね。じゃあ、山岸くん、こっち座って」

 柊先生は手際よく消毒液やガーゼを取り出し、太一の腕を診ていく。

 保健室に来る機会があまりない翔太は、待っている間、室内を見回していた。カーテンの仕切り付きのベッドが二つ、包帯やガーゼなどが入った棚、いくつかのパイプ椅子、机がある。すべての調度品は整理整頓され、よく手入れされていることが見て取れた。机の下には大きなリュックと長方形のかばんが、机の横にはゴミ箱が置いてある。

「そう言えば、山岸くんは三年二組よね? なんだか大変な事件が起きたみたいね」

 柊先生が太一の腕にガーゼを貼り終え、ぽんと叩いて言った。

「ほんっとそうですよ。変な怪盗がいきなり現れて、パンツを盗んだって宣言して、逃げてったんですから」

「世の中色んな人がいるもんだねえ」

「でも、ホント、誰があんなことしたんだろうね」

 千代がパイプ椅子に座り、話に加わった。

「どっかの変態だろ? パンツ盗むなんてことする奴は」

「太一のパンツを盗むなんて相当な物好きね」

「いや、むしろ俺の将来性を見込んで……? 意外とお目が高いかも?」

「バカ? メガトン級のバカ?」

「言いすぎじゃね?」

「なんにしても大変ねえ。風邪引かないようにね」

 柊先生は頬に手を当てて微笑んだ。

「でも、こんな事件が学校で起きるなんて、ちょっと面白いかも。翔太はどう思う?」

 千代の問いかけに対し、翔太は「ん……そう、かな」と曖昧に答えた。

「なんだよ、なんか考えがありそうだな」

 太一が指摘する。

「考えっていうか……。なんで怪盗は僕らの前に出てきたんだろう、て思ってさ」

「そりゃあ……んー? んー、むぅ……?」

 太一は腕を組んで首をかしげた。千代は手をぽんと叩いて言う。

「自分がやったことを自慢したかったとかっ?」

「ああ、確かにそんな感じしたよな」

 太一はうなずいた。

 千代の考えは、あの怪盗が愉快犯という可能性を示している。

 パンツを盗むことだけが目的ならば、怪盗が翔太たちの前に姿を表す必要はない。捕まる危険が上がるだけだ。しかし、被害者がどんな反応をするのかを楽しんでいるとすれば、あのふざけた格好で現れたことも、一応の説明はつく。

「うん。僕も最初はそうなんじゃないかと思った」

「最初は?」

 太一は翔太の言葉を繰り返した。

「他にも、理由があるのかもしれない」

「君たち、探偵団みたいね。面白そう」

 柊先生も翔太たちの会話につられ、腕を組んだ。腕の上で白衣がこんもりと盛り上がる。

「でも、どんな理由があるのかしら?」

 翔太は慎重に言葉を続けた。

「あの怪盗は、『パンツを食べる』と言ってました。去り際に、『またね』とも。ただの愉快犯や変質者なら、パンツを食べるという発想は出てこない。というかパンツを食べるなんて人間の発想じゃない。じゃあ、なぜ怪盗はそんなことを言ったのか? 逆説的になりますが、()()()()()()()()――だとしたら」

 太一と千代はそろって首をひねった。柊先生はハッとしたようにつぶやく。

()()()――⁉」

「はい。怪盗の言葉がすべて真実だとすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり――」

()()()()()()()()()()()()()()()。という犯行予告も兼ねているってことかな」

 ふうむ、と柊先生は唸った。翔太はうなずく。しかし、理由がそれだけではないことも分っていた。

「でもよー、ならなおさら、怪盗が俺らの前に現れる必要なくないか? こそこそ盗めばいーじゃん」

 太一の指摘はもっともだった。

「うん、その通り。なので、逆に考えてみた。怪盗が姿を見せたことで、どんな変化が起きたのか。その変化こそが、怪盗が望んでいたことじゃないか――って」

「えー。どういうこと? 全然わかんない」千代は唇を尖らせる。

「一つは、犯人像が絞れたってこと。身長、体型、おおよその年齢。女性であること。そして、多分誰もが、単独犯だと思っている」

「それが、実は全くの嘘――()()()()()かもしれないってことね」

 柊先生は感心したようにうなずいた。

「そっか。確かに、他の人が協力してる可能性はあるかも」

「そう。そしてもう一つ。僕ら生徒に対して、いたずらに不安を与えなかった」

「うん?」

 太一と千代はデュエットした。

「姿を見せたことで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、てこと。そのおかげで、みんな、不安がると言うより面白がってたでしょ?」

 知らないから不安な場合もあれば、知っているから不安な場合もあるだろう。しかし、おパンツ怪盗というネーミングの馬鹿らしさとあの格好が、今回の事件に喜劇性を与えているのは確かだった。

「まあ、みんな盛り上がってたな」

「うん。女子はノーパン男子のことを影で笑ってたし」

「ひでえ。女子こそパンツ盗まれればよかったのに」

「うるさいノーパン。ズボン下ろすぞ」

「いやん、ばかん、やめてーっ」

 それでも、客観的に見ればただの愉快犯である可能性のほうが高いだろう。しかし――。

「プールの更衣室に簡単に忍び込め、生徒の心のケアも考えている個人またはグループが盗んだと仮定して――僕は、()()()()()()()()()()()()()()()()と疑っています」

 押し合いへし合いをする太一と千代を無視し、翔太は柊先生をまっすぐ見据えて言った。

「……ふうん。面白いね。犯人が学校関係者って考えは、ちょっと発想が飛び過ぎに思えるけど」

 翔太の視線を受け止め、柊先生は柔和な微笑みを返す。

「ただの仮説ですよ。今のところは」

「ふふ。そう。豊かな想像は大切ね。案外、大人よりも君たちのような子が、捕まえちゃうかもね」

 ひとしきりうなずくと、柊先生はゆっくりと立ち上がって手を叩いた。

「さあ、山岸くんと倉本さん、イチャイチャしてないでそろそろ帰りなさい。前島くんも。親御さんが心配するわよ」

「イチャイチャしてませんっ!」

 またも保健室にデュエットが響いた。


 *


 保健室での業務を終え、帰宅準備をして職員室へ向かうと、そこには狙い通り桂木がいた。

「大変でしたね、今日は」

 声の主に気づくと、桂木は嬉しそうな顔を向けてくる。

「や、柊先生、どうも。いやー、まいりましたよ。まさかあんな事件が起こるなんてね」

「事情聴取はもういいんですか?」

「ええ。先程終えたところで。しっかし、警察もあまり信じてなかったようですけどね」

 桂木は頭をかきながら背もたれに体を預けた。

「事件が事件ですからねえ……先程、保健室にも三年二組の生徒が来ましたよ。山岸くんと、倉本さんと、前島くん」

「おや、三人ともですか? 前島が怪我するとは珍しい」

「いえ、倉本さんと前島くんは怪我した山岸くんの付き添いです。しかし、前島くんとは少し話をしましたが、すごく賢い子ですね」

 本心から言った。数分しか話をしていないが、前島の考え方や発想はおおよそ小学三年生のそれではない。

 加えて――勘も鋭い。

「はは。いわゆる神童って奴でしょうね、前島は。担任としては、もう少し手がかかるぐらいのほうが教え甲斐があるんですが。血筋もあるのかなあ」

「血筋、ですか?」

「あの子のお父さんは、有名な研究者なんですよ。確か、脳と幸福に関する研究で最近話題になった……そう、黒山博士」

「……」

「あれ、どうしました。怖い顔して」

「いえ、名字が違ったので。そういうことか、と」

「ああ、そうですね。本人はまあ、あの通りなので、どう思っているかわかりませんが。あ、柊先生、今の情報は生徒のプライベートなことなので……」

「わかっています。他言はしませんよ。あ、ここからが本題ですけど、ほら、あんな事件があったでしょう? 心のケアが必要な生徒も出てくるかと思いまして。桂木先生から見て、気になる子がいれば事前に伺っておきたいなと」

「や、助かります。どうぞ、座ってください」

 しばらく桂木と話をした後、柊はお礼を言って立ち上がった。想定以上の情報を得られたことに、柊は満足していた。

 まさか、()()博士の関係者がこんな近くにいたとは。

 これは、利用価値がある。

「そう言えば、次回は来週でしたっけ、三年二組の水泳の授業は」

「火曜日ですね。まあ、さすがに連続でなにかあるなんてことはないと思いますよ。はっは」

 のんきに桂木は笑った。あまり深刻にならないのが彼の良いところだ。

 出口へ向かおうとする柊の背中に、桂木は声をかけた。

「随分大きなリュックサックですね」

「帰りにプールに行こうかと思いまして。バスタオルとか水着が入っているんですよ。それじゃあ、桂木先生、また明日」


 とびきりの微笑みを桂木に贈り、柊は足取り軽く職員室を出た。


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