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暗殺

     十八

 隠形最大に音速で疾走した。

 火事を知らせる重厚な鐘の音が響いていた。

 カルロスの居城区画が煙に包まれていた。

「カルロス様! カルロス様! いまアンが参ります」

 中庭で半狂乱のアンが建物に突入しようとして衛士に止められていた。

 炎が夜空を焦がしている。

 逃げ惑う者、バケツリレーや魔法で消火にあたる者など周りに人が多い。

 服部半蔵の隠形機能を最大に建物の陰に身を隠した。

(国士無双・隠形・幻惑・完全隔離)

 潜んだ位置から認識阻害を受けずにカルロスにスイッチ可能だ。

(国士無双・スイッチ・カルロス)

 カルロスとして燃え上がる火の中で目覚めた。

(燃えてるじゃねえか! よく寝てたな! カルロス)

 急に目の前に刃が来た。

 届く刃から身を躱す。

(行き成り修羅場か!)

 身を捻りベッドから離れた。

 男が炎を背に剣を振り上げた。

(刺客だな)

 仮面をかぶった衛士姿の刺客と対峙する。

(衛士に化けたのか? 暗殺は早いよ! お前ら、もう二年待てないのか? カルロスの情報が漏れて芽を摘みにきたか?)

「化け物め! ようやく目覚めたか」

 心外な掛け声を浴びた。

 見下ろすとカルロスの寝巻はボロボロだ。恐らく寝ているうちに刀で切り刻まれたのだろう。

 だが体には傷一つない。

 ピンときた。

(国士無双の不破壊属性の勝利だな)

 刺客は火を放ち、逃げ惑う騒ぎの隙を突いた。暗殺手段としては常套だ。

(攪乱して隙を突く! 古典的なゲーム設定の暗殺法だな)

 ただ、手にする剣で涎を垂らして寝ているカルロスを斬り殺せなかった。

(ご愁傷様!)

「死ね~!」

 声が必死だ。

(なぜ傷つかないんですか? お願いです。剣で切られてください! どうか死んでください! って意味だよね)

 声を上げて剣を振りかぶった刺客が迫ってきた。

 待つはずもなかった。

 脳内詠唱した。

(ペイン!)

「ぎゃあ!」

 目の前で刺客が痛みに仰け反った。空中に海老反りの姿で固る。

 腹スライドで床に滑り落ちた。剣が前に転がった。

(お腹スライディングか。痛そうだな)

 暗殺者が首をもたげ睨んできた。

 動けぬほど痛いようだ。

 一瞬、痛みについて考える。

 通常の痛みは神経の伝達に過ぎない。微弱な電気信号に似ている。体を守る防御反応で痛みは重要な情報となる。

 純粋に痛みだけを思う。

 大きな痛みを感じさせるには、伝達経路への刺激を極大にすればいい。

 単純に刺激を強くすれば伝達する痛みは激痛になる。

 刺激は物理的な刺激、化学的な刺激、電気的な刺激、など多様だ。

 人を食料や苗床にするオークに痛みを与えて判った。

 生物は純粋な痛みを中枢神経にダイレクトに受けると痙攣し許容を超えると失神する。

 特に脊髄神経網を化学薬品で焼いたり、直接ハンマーで叩いたり、マイクロ波でローストすると得難い痛みとなる。時にガクガクと体を痙攣させ泡を吹く。

(世の中には痛みに強い生物と弱い生物がいるが。俺の命を狙ったお前はどうかな?)

 刺客は片膝をつき剣に手を伸ばそうとしていた。

(立派だ。戦う意思が折れていない。暗殺者の訓練を受けているな)

 暗殺のプロなのだろう。

 遠慮なく。ローストさせてもらう。

 脳内詠唱で脊髄の中枢神経系を意識しマイクロ波を直に掛ける。

 遠慮なく電子レンジで温まってくれ。

(マックス・ペイン、マックス・ペイン、マックス・ペイン)

「ぐぎゃー! ぐぎゃー! ぐぎゃー」

 男はスイッチを押すように刺激回数の叫び声をあげる。体全体でタコ踊りした。あらぬ方向に曲がる手足が奇妙だ。

 泡を吹き白目になった。股に尿のシミが広がる。

(やり過ぎたか)

 反省する。

(でも放火のうえ命を狙ってきた刺客に遠慮はいらないよな? 起きてもうらおう)

 より強い痛みで目覚めさせる。

 オーク・キングが泡を吹いて失神した痛み(脊髄〈脳から延長した円柱状の神経の束〉をハンマーで叩きつぶす)を男に与える。

(マキシマム・ペイン)

「ぐっぐっぎゃーあー」

 紫がかった泡を吹きはじめた。目覚めてから再び意識を消失した。

(人間は脆い。オーク・キングほど人間は丈夫ではない)

 見回すと部屋の中で炎が揺らぎ始めていた。

(高温過ぎるな)

 寝巻の裾が燃えている。不破壊属性のカルロスの体は無事でも衣服は燃える。

 衣服と刀全てが不破壊属性の服部半蔵とは違う。

 思った以上に火の回りが早い。

(そろそろ危ないか?)

 念のため刺客の状態を確認する。鑑定眼を使用した。。

(刺客、意識消失)

 恐らく政敵の放った手先だ。情報が重要になる。殺さず意識機能を低下させたので調査する。

(脳内サーチ)

 記憶を手繰り情報を入手する。映像が流れ込んできた。目を惹いた暗殺スキル上級をコピペする。

 プロだが金で雇われたフリーランスの刺客だ。五千万ルー(金貨五百枚)で受けたらしい。

(金貨一枚が十万円だから五千万円仕事だな。王子の命の値段って……俺って安くないか?)

 指令を受けた際の場面の記憶を詳しく解析する。

 暗闇で指示をした高貴な女性の姿と声を割り出し保存した。

 あとは娼館の記憶ばかりだ。黒幕をあぶりだすために国士無双機能を使う。

(国士無双・式神憑依・黒幕呪怨・帰還)

 無双技で式神が勝手に黒幕をたどる。見つけたら黒幕に呪いをかけて帰還する。

 熱い! 見回す。

 周りに炎が迫ってきた。

(すぐに脱出だな)

 肩に担ぎ窓を突き破る。

 酸素流入に反応し後を熱と炎が追ってきた。

 一瞬で衣服が燃えた。

 飛び降りて庭に降り立つと衆目を集めた。

(五歳児が大人を肩に乗せてるって変だよな)

 直ぐに男を地面に横たえた。

「カルロス様! ご無事ですか」

 アンが人波をかきわけて抱き着いてきた。なぜか強く体を叩かれた。

(火を消してくれているのか。ありがとうアン)

 華奢なアンの手が真っ黒だ。所々皮が剥けて赤くなっていく。

(高熱による火傷か。カルロスを大事にしてくれてありがとう)

 秘かに脳内詠唱で治癒魔法を使った。

(国士無双・オール・ヒール、オール・クリーン)

 不思議そうな表情でアンが自分の手を見つめている。

 衛士が駆け寄ってきた。

「カルロス様ご無事ですか? 抱えて助けた人物は誰ですか?」

「人払いを頼む」

 周りから人が遠ざかった。アンも席を外した。

「放火犯で殺し屋だ。尋問して背後関係をあたってくれ。恐らく口封じに誰かが来るはずだ。そいつを捕まえろ」

「はっ! 解りました」

 刺客は両脇を抱えられ引きずられて消えた。

 腕組みして考える。

 予想だが恐らく尋問の最中に刺客は静かに殺されるだろう。

 当然、犯人は捕まらない。

 だが式神は殺しに来た者へ憑依先を変えて黒幕に至る。

 俺は黙って待つだけだ。

 慌てた様子のアンが毛布をもって駆け寄ろうとしている。アンの心配気な顔に少し安心する。

 後はいつも通りにするだけだ。

(スイッチ・服部半蔵)

 同化する前に服部半蔵の目で辺りを確認する。

 怪しい人影はなかった。

 改めて気づく。

(カルロスの衣服はまる焦げだな)

 偉そうに半裸で腕組みしていた。大股開きで可愛いひよこを丸出しだ。

(フルチンなど俺は恥ずかしくないぞ)

 心で強がった。

 おそらく今後の陰口で『フルチン王子』と呼ばれるだろう。

 三十五歳の微妙な男心で溜息をついた。

(国士無双・ミッション終了)

 同化しカルロスの体に戻った。

 急に股間が涼しかった。夜の寒さで玉袋が縮んだ。

 見下ろした。思いっきり丸見えのフルチンだ。

 アンが優しく毛布を肩から掛けてくれる。

(これだからカルロスのオート機能は心配なんだよ)

 弱音を吐いた途端に精神的な疲れを感じた。

 朝日が射し込む。

 手をかざした。異世界でも太陽は明るく暖かい。

 アンが朗らかに声を掛けてきた。

「お疲れ様です。別棟で朝食の準備が整いました。食べてください」

 笑顔が眩しかった。

(でもね! 疲れた体に脂っぽい朝食はパスしたいんだよね)

「ありがとうアン直ぐに行くよ」

 気持ちに反して伝えた。

 自分の手を犠牲にして俺の火を消したアンの用意してくれた朝食は拒否できない。

(カルロスは朝から脂っぽい肉を齧るしかないよな)

 アンの用意した朝食を食べるしか道はなかった。

 諦めが心に広がった。

「先程伝言がありました。お伝えしますね」

 笑顔のアンから追い打ちが掛かった。

「レナード・バーンスタイン教授と聖騎士カイン・ゴンザレス様が心配してもう登城されています。『朝食後にこれからの方針を相談したい』とお伝え願いたいと申されています」

(断固、拒否だ! 拒否権を行使する。王子が焼け出されたんだぞ! 玉子じゃないぞ! 王子だぞ! 今日ぐらい休もうよ)

「火事の後だし……どうなのかな?」

 アンが笑顔で応える。

「お会いするだけで良いのでは」

(そうだよね。普通は会うだけでいいよね)

 教授のヤル気の凄さを思うと、面会だけで済むとは思えなかった。

 身を案じて登城した忠臣を会わずに帰す勇気が欲しい。

(せめてコーヒーを出してくれ。海外の泥水コーヒーでもいい。あと甘いものをパスさせてくれ。地味にキツイ。そうすれば目を見開いて会うから……糞ゲーめ! 設定が過酷すぎるんだよ)



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