20ー1.ステラの願い
「……ステラ……」
「……はい」
目覚めるとセスはステラに膝枕されていた。
柔らかな感触も優しい香りも、あの2人きりのピクニックを思い出させる。
セスを見下ろすステラは、まるで親から遺していく幼な子へ向けるような、慈愛の眼差しを注いでいる。
「今の夢はステラが見せたのか。巫女……ノーチェと名乗った少女の夢……」
「はい。今のは彼女の記憶です」
「やっぱり。全て過去に実際起きたことなんだな……」
セスは体を起こして部屋を見回した。
部屋中に張り巡らされていたはずの繭糸はいつの間にか無くなり、黄色い土壁が見えている。
今はただ、大きな繭玉が1つ残されているのみだ。
そしてその内に朧げに透けて見えるのは、目を閉じて微動だにしないもう1人のステラ。
「ステラが2人……⁇」
「分身していたのです、ずっと。セスが見たノーチェの記憶の通り、力を使い果たした私は回復を願われてこの繭の中に匿われました。しかし、衰弱しきっていた私は繭と繋がった魔脈へ意識を引きずられ、自力で目覚めることができなくなってしまったのです。体は動かせずとも意識だけは夢の中にあった私は、遺跡の魔脈を通じて外へ自分の分身を送りだしました。助けを求めるために」
「それで俺たちと出会ったわけか……」
セスは、村へ来て3日目に東の山で初めてステラと会ったときのことを思い出した。
あのあどけない笑顔が可憐だった少女の面影を持ちつつも、今対面している彼女の凛とした気高さは別人のように感じる。
「はい。ですが、セスもよく知るように不安定な状態で送り出すのがやっとで、持つべき記憶も能力も引き継げてはいませんでした。その後も魔脈を通じて少しずつ必要なものを移し続け、また自身も成長することでようやく使命を果たせる状態になったのです。代わりに、元の器の方は抜け殻となってしまいましたが……」
セスは繭玉で眠るステラと目の前のステラを見比べた。
繭玉の光が黄色い土壁を照らす部屋で、壁色の反射ではなくステラは本当に全体が黄色っぽく変色している。
「その色も成長によるものなのか……⁇」
「この色は私の器の限界が近いことを示しています。残された僅かな時間で、私たちはノーチェの計画を阻止せねばなりません。本来、遺跡の制御装置は許可無く操作することのできないもの……しかし、彼女は私が旅の途中に貸した一部の権限を、研究所で彼女自身に与えられた擬似的な精霊の能力で独自に拡張したのです。そうして彼女は遺跡を使い、人間だけを魔脈に吸収して養分に変える術式を発動させようとしているのです」
「ここらの魔脈が乱れていたのはそのせいだったんだな……はっ! まさか、過去の大陸魔脈変動も⁉︎」
「いいえ、その原因はまた別です。ですが、このままでは同じようなことが起こるでしょう。既に現在、無理な世界書き換え術式の負荷によって、この遺跡を中心に多数の魔穴が発生し始めています。最早猶予はありません」
ステラは震える両手でセスの手を包むと、今にも泣き出しそうな懇願の表情をぐっと寄せる。
「セス、どうか……どうかノーチェを救ってください‼︎ 彼女は純粋さ故に悪意に敏感で、誠実さ故に正義感が強すぎる……本当はとても綺麗な心の持ち主なのです!」
「ステラ……」
カン!
「こんな事態になっても『救え』だって? そこは『止めろ』じゃねーのかよww 精霊サマってのはつくづくお人好しのお花畑だよなァww」
「⁉︎」
聞き覚えのある不愉快な声にセスがギクリとして振り返ると、繭部屋の入口にいつの間にかカーマインが立っていた。
愛用の赤シャベルの先をカンカンと床で鳴らしながら、ニヤニヤとセスたちを眺めるカーマイン。
その背後からシアンも現れ、セスたちに向かって真っ直ぐ歩いてくる。
セスが慌ててステラを背に庇うように立ち塞がると、シアンはピタリと歩みを止めて一礼する。
「ご安心を。緑の精霊様、そしてセス君。我々は火の国に人型精霊捕獲を命じられて来たのではありません。我々の真の目的は今2人が話していた今回の騒動の元凶、巫女の保護なのです」
「ええ〜〜っっ⁉︎ そうだったんですか〜⁉︎」
素っ頓狂な声をあげてネリアも飛び出してきた。
ネリア、シアン、カーマインの3人は、セスが目覚めるちょうどその頃から、繭部屋の入口で聞き耳を立てていたのである。
「ネリアまで⁉︎……3人ともどうやって⁇ 遺跡の入口は閉じたはずじゃ……?」
「それがねっ、シアンさんがセスと同じ緑の剣を持ってて、それをかざしたら遺跡の扉が開いたの!」
「ええ⁉︎」
「同じと言っても自分のは折れた剣で、セス君の剣のような力はもう無い。今回の任務に必要になるだろうと上司から託されたものだ。……精霊様、我々の上司は巫女のような有能な魔導士を求めています。彼女の今後の処遇については、我々にお任せください」
シアンはセスに手短に説明すると、すぐにステラへ向き直った。
ステラはシアンを少し観察した後、静かに頷く。
「あなたを信用しましょう。彼女のこと、くれぐれもよろしく頼みます」
「ご理解感謝します」
2人のやり取りをセスは苦々しい思いで見守った。
シアンの言う巫女が求められている理由というのが、おそらく人柱候補としてだろうからだ。
それでも口を挟まずにいたのは、これから還るステラに『巫女には有能な魔導士として明るい未来が待っている』と信じさせておきたかったからだ。
勿論、できることならステラの最後の望みを嘘偽りなく叶えてやりたいと思っている。
だが、シアンたちの力無しにあの巫女を相手にすることも、巫女を逃すためにシアンたちを出し抜くことも、セスの実力で不可能なことは分かりきっていた。
それならせめてステラが安心して還れるように努めるべきだ。
幸い、今回の任務中シアンは人型精霊に対して礼を払って行動してくれるようだし……
そんな風にセスが思いを巡らせていると、ステラがセスの前へ向き直り、剣に右手を添える。
「今のノーチェは自身の体内魔脈を遺跡の魔脈に繋ぐことで、一度に行使できる魔力量を底上げしています。そしてその影響で精神が非常に昂ってもいるのです。あのままでは私の説得の言葉も耳に届かないでしょう。だからセス、あなたの剣で彼女の体内魔脈を斬り、遺跡との繋がりを断ってください。現在、彼女は魔脈制御室で術式実行の準備を進めています。制御装置に被害を出さないよう、まずは皆さんで彼女を誘き出してください。……良いですか?」
「ああ、わかった……」
剣に置かれたステラの手に自身の手を重ねながら、セスは頷いた。
その背後ではシアンとネリアも頷く。カーマインはいちいち頷かないが、反対しようとはしない。
「…………」
セスは重ねた手を見つめてステラに何か言いかけたが、それを待たずにシアンがセスの肩を叩く。
「狭い通路では一瞬で勝負がついてしまう。全員の生還と敵の生け捕りを条件とするなら、大広間で狙いを分散させながら隙を突くのが最適だろう。各々の装備と能力を確認し、戦闘時の連携について手短に打ち合わせるぞ」
「!……はいっ!」
セスたちは急いで作戦を立てると、大広間へ向かった。




