第六話「アリアーヌの出生」
以前まで、「アルガンザス城塞」を「アンガンザス城塞」と誤記していたので訂正しています。
伯爵に追い回される彼女を見るのは楽しかったのだが、伯爵が「神罰っ、神罰っ!」と喚きだしたあたりで辞めさせた。白眼を向いたまま手を振り回す彼を見て、楽しさよりも恐怖のが勝ったのだ。
(教徒に変な命令するのはやめとこう)
大雑把な命令とかも極大解釈されたり、美化フィルター付きで深読みされたりしそうだ。ネットによくある勘違い系小説ではないのだから、教徒の扱い方には気を付けねばなるまい。
「クッ……」
改めて執務室へ向かって歩いていると、横にいるアリアーヌが俺を睨んでいた。文句の一つでも言いたいのだろうが、彼女が俺を睨むたびに前を行く伯爵が白眼で振り返るのだ。そのため何も言えず悶々としているのが伝わってくる。
(というか、彼女が睨むとコンマ1秒で振り向く伯爵はなんなんだ)
神への冒涜センサーでもついてるんだろうか、ますます怖い、というかキモい。最初のダンディな感じに戻ってほしいのだが……
「さ、こちらでございます、どうぞお入り下さいませ」
質素な扉をくぐると、これまた簡素な仕上がりの仕事用デスクとそこそこしっかりとした応接スペースがあった。貴族の応接間といえば、大層な調度品があったり、ものすごく高そうなふかふかの絨毯が敷いてあったりと、もっと豪華なのかと思ったのだが違ったらしい。
「タロウ、アルベール殿は先の通り敬虔なるアスヴェア信徒でな、由緒正しいお家柄でありながらもご自身は質素倹約を旨とされておられる。必要以上の私財は蓄えず、その多くは治水や開拓といった公共事業への足しにされたり、有事の際の蓄えとして穀物等を買い付けて公的に管理されておるのだ」
「それは素晴らしいですね」
「確かにここは必要最低限ですが、さすがにドレームの本宅にある執務室や応接室はもう少しお金がかかっております。やはり立場もありますので」
「ドレーム?」
聞いたことのないワードが出てきた。
「本来の旅程で寄るはずだった街でな、いつもならアルベール殿はそのドレームで執務をされておられるのだ。今は帝国との緊張が高まっておる故、一時的に城塞におられる。……ちなみに、ドレームは王都セントレアに次いで人口が多い都市なのだ」
「おぉ……」
尊敬の眼差しを受けて頬を赤らめているが、この伯爵、かなりの敏腕領主らしい。
(であればこそ油断は出来ないな、この人も)
ただ優しいだけでは領地を治めることなど出来ないし、ましてや国内有数の規模である街の管理など出来ようはずもない。日本だって、東京、大阪をはじめとする主要都市の主導者層にはよくない噂や不祥事が多かった。
もちろん伯爵も同じとは思わないが、国や地方行政を会社や店に例えれば、綺麗事だけでやっていけないのは明白だと思う。
(守らないといけないものがある人は必要とあらば鬼にも悪魔にもなるだろう。なら、この狂信者としての仮面の裏には別の顔があるはずだ)
論理で物事を計る冷静な瞳が――そう思えばこそ改めて気を引き締めた。
「ではアリアよ、まずは事の次第を聞きたい。聖地へ調査に出ていたのは周知のことだが、これほど早く帰ってくるとは聞いておらなんだ。その理由は、御使い様であるという事で間違いないのだろう?」
「はい、巫女様の予言通り、神アスヴェアはタロウを遣わされました。そのタロウはこの通り無事に保護することが出来たのですが、本日、コルネ村にて襲撃を受けたのです」
それも帝国の精鋭部隊に――そう続けるアリアーヌの顔はかなり曇っている。確かに今日の一連の襲撃はかなり手が込んでいた。それに俺を狙ったのだとしたら情報を手に入れてからの動きが早すぎる。
俺がこの星で目覚めたのが昨日の昼前、彼女たちの話を信じるなら、おそらく明け方の雷鳴とともに転移して来たのではないかと思う。そこから日没の直前で彼女たちと出会い、一夜を明かして今日の早朝に出立した。襲われたのはその僅か数時間後だ、幾ら何でも早すぎる。帝国側が予め知っていないと、この襲撃は成り立たないのである。
(いや、待てよ。戦闘中、俺に矢を射かけられなかったのが偶然だとしたら、狙いは俺ではなかった?)
今になって思い返せば、馬車の側にいたのは俺と背中をやられた隊員二人だけだった。そして俺たちを確実に狙えた敵は、最初に殺したあいつだけだったように思える。
「なぁ、二人ともちょっと良いか――」
先ほどの疑問を二人にぶつけてみた。
「なるほど、確かにタロウの言う通りだ」
「アリア、王都への連絡はどのようにしたのだ?」
「昨夜の晩に天文台へ早馬を出し、陛下には草を飛ばしました」
クサとはなんだ……と思ったら、アリアーヌが教えてくれた。
王国の隠密部隊による直接の伝令を「草を飛ばす」と言うらしい。昔の日本では、その土地に移住して諜報活動を行う間者のことを「草」と呼んでいたらしいが、それと似たようなものだろうか。
「ふむ、草はまず問題ないだろう。早馬に関しても今朝方、未明にドレームを通過したと報告があった。ということは……」
「帝国も御使いについては以前から情報を得ていた。あるいは……この襲撃自体が元々仕組まれていたか、ですな」
どちらもありそうだが、襲撃が仕組まれていたものだとすると、その狙いはなんなのだろうか。
「ん、アリアよ、タロウ様には未だご説明をしておらんのか?」
伯爵が不思議そうに問いかけた。
「落ち着いて話せたのはコルネ村までの数時間のみです。この世界についての説明は一通り済んだのですが、私の事はおろか、国内のことに関しても伝えていません」
「なるほど、それもそうか」
ふむ――と顎をさする伯爵。
「アルベール殿、先にタロウへの説明を済ませても宜しいか? 彼にも知っておいて貰いたいことがいくつか増えました」
「その方が良かろう、タロウ様にはこの国の事を知って頂きたい。偉大なるアスヴェア神の加護を賜るこの国の内情を……」
そう言って伯爵は目を閉じた。どうやらここからはアリアーヌが説明してくれるらしい。
「まずは先ほどの話に戻ろう。襲撃の目的についてだ」
「俺が目的でなかったら、という方だな」
「あぁ。タロウの言う通り、これほど素早い襲撃は幾ら何でもおかしい。帝国側が予め御使い降臨を知っていたとしても、あやつらならタロウが山を降りる前に接触することが出来るだろう」
アリアーヌは私の目をまっすぐと見て、再び口を開いた。
「だがなんらかの理由で早期の接触が出来ず、尚且つ我々に先を越された事を知ったとしたら、今回のような強引な奪取に踏み切るかも知れん。が、それこそ腑に落ちんのだ」
「それはどうして?」
先を促すように首をかしげた。
「タロウは自分のことを一国民であると申しておったが、我々からすると正しく神の御使いなのだ。一部では御子とさえ噂されておる。つまり超常の存在だ。その神に等しい存在がいるとわかっていながら、無闇に攻撃を仕掛けると思うか? 返り討ちにされそうな事くらい子供にもわかるだろう」
なるほど、言われてみれば確かにそうだ。事実、敵はあれ程の襲撃を計画しておきながら、あっけなく壊滅している。
「あるいはタロウとの敵対もやむなしと見て、その能力を測ろうとしたのかも知れんが、捨て駒にするにしては惜しいクラスの部隊だ。それもないだろう……ならば敵は御使いについて知らず襲いかかってきた可能性が高い。その場合の狙いは――」
間違いなく、王の血を継ぐこの私だ――そう言ってその美しい髪を軽くつまんだ。
「タロウ様、このアリアーヌ・ド・アルクは、現国王陛下の実子なのです」
「と言っても、所詮は妾の娘だがな」
フッと自虐的に笑う彼女。
「そんな言い方はやめなさいアリア、陛下は間違いなくそなたを愛しておられる。だからこそ、正式な騎士として子爵位まで与えられたのだ」
彼女の姓である「アルク」は、彼女の生まれ故郷の村の名前だそうだ。直訳すれば、「アルク村のアリアーヌ」という意味なのだとか。
「すみません、他意はないのです……ちなみに、騎士として受勲される為に修行をしていたのだが、その際の監督役がアルベール殿だったのだ」
「あの頃はアリアも随分可愛らしかった、私の元に来たのは確か十歳を過ぎた頃か。母の元を離れて随分寂しかっただろうに、修行に励む姿はなんとも健気でなぁ」
昔の彼女を思い出しているのか、目尻の下がった伯爵からは父性が溢れ出ている。一瞬そういう性趣向の人なのかと身構えたが、そうではないようで安心した。
(狂信者でロリコンとか危なすぎる。貴族なんだし、金と権力にモノを言わせればやりたい放題できるだろう)
「タロウ様」
「おひゃいっ!」
変なこと考えているのがバレたのかと思って変な声が出た。
「アリアは、公的には王位継承権を持たぬただの騎士です。しかし、その能力は非常に優秀で、陛下からの信頼も厚い。さらに、母親こそ市井の生まれですが、王家の血は色濃く継いでいます。髪の色はさることながら、王族でも稀な青眼を持って生まれている」
「青眼、ですか?」
「はい、この瞳こそが王家が神の血を引く証拠なのです!」
おっと、神の話題になったからか、伯爵がまた騒々しくなった。
「おほん! 実はな、タロウ。この私が……、ただの小娘が平民に収まらず、一部のものから次代の王に推挙されている理由がこれなのだ」
そう言って目を指差すアリアーヌ。確かに、出会った当初から綺麗な瞳をしているとは思っていた。それに女帝モードの彼女には妙な威圧感があったが、それも神の威なのだとすれば納得である。
「ということは、アリアーヌのそれも神眼なのか?」
「そうとも言えるかも知れんが、タロウほどの力は無いぞ。この青眼の持ち主は神より覇気を授かると言われておるが、精々がこけおどし程度のものだ」
そう言う彼女の瞳は、いつの間にやら昇っていた月の光を受けて煌めいている。と、隣でモジモジとしている伯爵に気がついた。
「あ、あの……」
目を向けると、顔を赤らめながらも申し訳なさそうに切り出した。
「その……恐れ多いこととは知りつつも、神に捧げたこの人生、その神眼を拝謁できるかも知れないと言うのに、それを願わずにいるのはやはり無理というもの。どうか一目っ、一目その神なる瞳を拝ませては頂けませんでしょうか!」
何を言うかと思えばそんなことか。神眼を見せるくらいわけもないので早速開眼する。
「タロウ、ちょっと待――」
アリアーヌが何か言おうとしたみたいだが、すでに眼は開いている。途端に俺を中心に光の波動が発せられた。これは神眼を開いた瞬間の初期スキャンのようなものらしく、透視が出来るようになってからは開眼するとこうなるようになった。この時ばかりは全周囲の様子を認識することが可能で、思考加速と併せれば初手で相手を吹き飛ばす事も出来る。また、この初期スキャンに威圧の念を込めれば、怯えさせたり気絶させたりも出来ちゃうのだ。
(ますます隙がなくなってるんだよなぁ、この瞳は)
「まったく……」
アリアーヌが顔に手を当てて首を振っている。やれやれ――ということなのだろうが……
「お……、おほぉ……」
なるほど、伯爵を見て合点がいった。胸の前で手を組んだまま身を乗り出して来ている。いや、それだけならいいのだが、いっちゃいましたと言わんばかりの恍惚とした表情で、熱い吐息を漏らしているのである。
「んほぉーーっ!!」
そして今仰向けに倒れた、白目を剥いてなおその手を組みながら。
「……ごめん」
「アルベール殿は私が運ぼう、この姿を兵に見せるわけにもいかんのでな」
「…………ごめん」
とりあえず目を閉じた。アリアーヌは無言で伯爵を担いだが、その目でしっかりと批難してきている。いや、ごめんなさい、こうなるとは思わなかったんです。
「とりあえずお前とは話の続きがしたい、じっくりとな」
「……おす」
その青眼、威圧感なら神眼超えてるんじゃないだろうか――そう思いながら先回りをして寝室へ続く扉を開いた。