第五話「襲撃と狂信者」
鬱蒼とした森の中を、十数頭の騎馬と二頭引きの馬車が駆け抜ける。地面から盛り上がった木の根を踏んで馬車が大きく揺れた。その後方には黒いローブを纏った集団が、同じように馬に乗って追いかけているのが見える。その黒ローブの内の一人が、短弓を引き絞った。
「うひぃ!」
窓の外を掠めて飛んで行く矢に思わず声が出た。
「情けない声を上げるでないわ!」
後ろから飛んでくる矢を、その手の剣で打ち払いながら叱咤してくるアリアーヌ。彼女は後ろにも目がついているのだろうか。
「タロウ、矢が怖いならさっさと後ろの奴らを吹き飛ばせ!」
無論、透視した上で睨もうとしているのだが――
「アリアーヌ、右前方に五人! 樹上だ!」
「ちぃ! 全員矢に備えろ!」
絶妙なタイミングで別方向からの襲撃があるのだ。これでは前方の敵に対処するので手一杯で、とても後方まで気が回らない。
(おまけに待ち伏せしている奴らは、アリアーヌとクレインを集中して狙っていやがる)
敵は誰が指揮官かを把握した上で狙い撃ちにしてきているのだ。ここで二人を失えばこの隊は容易く瓦解するだろう。だからこそ前方の敵を優先して殺さなくてはならない。
「くそったれが――」
枝の上の五人を素早く睨みつけると、彼らは肉片となって空へと打ち上げられた。ほっと息をついたその直後には背後から矢が飛んでくる。
「ぐあぁ!」
その矢は前方にいる隊員の腕に突き刺さった。どうやら皮鎧の隙間を狙われたらしい。ヒュッ、という音が連続して続き、その隊員に何本もの鏃が襲いかかる。
「グフッ……」
彼は力なく揺れると、そのまま馬から落ちた。一本の矢が深々と脇腹を貫いていたのだ、あれではどうしたって助からないだろう。
前方の敵は指揮官のみを狙い、後方の敵は隙を見てじっくりと間引いていく――なるほど、いい作戦だ。
「タロウ、このままではジリ貧だ! 私とクレインは気にせず後ろの奴らをやれ! 特に最初に弓を引く奴はリーダーだ!」
再び前方から待ち伏せが現れ、アリアーヌに攻撃を仕掛けていく。今度は矢だけでなく、剣を片手に直接飛び掛かってくる者もいた。
「ふんっ!」
マリアーヌは体を大きく傾けることで矢を躱し、戻る勢いで落ちてくる敵をその剣諸共に斬り飛ばす……見ればクレインの方も危なげなく対処していた。
「なら前は任せるとして……」
背後の集団に顔を向ける。その中の一人、中心の辺りで短弓を構えたそいつを神の瞳が捉えた。
「消えてもらうぞ」
リーダーであろうその男が消し飛ぶと、その余波でもって真後ろの黒ローブも馬ごと吹き飛んだ。
「「っ!?」」
敵はあからさまに動揺しているが、容赦するつもりはない、構わず順番に睨んでいった。すると、状況を不利と見たのか黒ローブたちは撤退しようと速度を緩める。
「タロウ! 逃すな、情報を持ち帰られたくない!」
もとより逃がすつもりはない、こんな奴らにこれ以上絡まれては命がいくつあっても足りない!
「バケモノめ――」
そう呟いた最後の一人も、次の瞬間には森に漂う血煙となった。
その後は待ち伏せを数回ほど受けたところで襲撃が止んだ。そのため部隊は速度を落として進んでいる。
待ち伏せといっても、追われていなければゆっくりと対処できる。そもそも、どれだけ枝葉に隠れようと俺からすれば裸も同然なのだ。敵にはこちらを認識するより先に消えてもらった。
「今日一日で何人殺したんだろうな……」
落ち着きを取り戻せば、自然と罪の意識に苛まれる。それはそうだろう、つい一昨日まではごくごく普通の人生を歩んできたのだ。そんな一般人が、たったの一日でこれだけ人を殺して何も感じないわけがない。
(彼らにも家族や友人はいたはずだ)
黒ローブの集団――アリアーヌ曰く帝国の精鋭部隊らしいが、その遺族には、遺体どころか遺品の一つだって届きはしないだろう。他ならぬ俺が木っ端微塵にしてしまったのだから……
「タロウ、お前のおかげでこれだけの隊員が生き延びた。本来なら私を含めて全員死んでいてもおかしくはなかったのだ、それを救ったのは他ならぬタロウだぞ」
アリアーヌは馬車に馬を寄せてきた。
「だから、そんな顔をしてくれるな……」
青色の瞳が心配そうに揺れている。なるほど、確かに救ったといえば救ったのだろう。だが、救ったはずの隊員たちは皆青ざめた顔をしている。怯えているのだ、この眼に。
「すまん、もう大丈夫だ。仕方のないことと割り切るよ、殺さなきゃこっちが殺されるんだ」
「……うむ」
顔を上げて彼女を見れば、アリアーヌは何とも申し訳なさそうな顔をしていた。
「じきに森を抜ける、そうすれば城塞はすぐだ。今日は転移陣も使えんのでそこで夜を明かすことになる。ゆっくり休んでくれ」
「あぁ、ありがとう」
彼女の言う通り、すぐに薄暗い森を抜けて原っぱに出た。道の左右は腰くらいまでの草に覆われていたが、見渡す限りに敵影はない。道の先を見れば、曲がりくねった丘の上には重厚な雰囲気を漂わせる砦があった。一つ一つが大きな石で築かれた壁は大きく、門は遠目から見ても頑強だ。
近づくと格子状の鎧戸の内側に二人の兵士が現れた。先頭にいたアリアーヌが一言二言言葉を交わすと、門が釣り上げられていく。どうやら問題なく入城出来るようだ。
(へぇ、これは外門で、中は少し道が続いているのか)
馬車の中から透視すると周囲の様子がよくわかった。このアルガンザス城塞を表すなら、まさに中世ヨーロッパの城といったところか。
外壁は石と石の隙間がなく、表面も均一に整えられているため、登って侵入することは出来そうにない。そして鉄で組まれた鎧戸と肉厚な城門を抜けると、左右を壁に挟まれながら跳ね橋のついた内門まで進むことになる。その内門をくぐればようやく砦の中なのだが、そこは中庭になっている。素人目に見てもかなり堅牢な守りだ。
「ん、なんか偉そうなのがいるな」
その中庭に何人かの兵士が待っているのだが、その内の一人は金属鎧の上から刺繍入りのマントを羽織っている。おそらくこの砦の責任者か何かだろう。
内門の前に着くと皆が馬から降りた。クレインが足早に近寄ってくると馬車の扉を開けてくれたので俺も降りる。
「タロウ殿、アルガンザス城塞に入りました。これより先は徒歩になります、隊長と合流しましょう」
わかった――軽く頷いてから、クレインと共にアリアーヌのそばに行く。
「クレイン、ご苦労だった。入城後の隊員たちのことは任せる」
「了解しました」
「タロウ、すまぬがもう少し付き合ってくれ。これからこの城塞の最高指揮官と話をするのだが、同席をしてほしい」
自分だってかなり疲れているだろうに、こうして気を使ってくれている。人は疲れている時や慌てている時に本性が出るものだが、その上で部下たちを労われる彼女はやはり良い上司なのだろう。まぁ俺は部下ではないが……
「気遣いは無用だよ、アリアーヌ。これでも体力には自信がある方だ……と言っても、みんなと違って馬車に揺られていただけだけどね」
この数時間、部隊の皆は馬に乗ってかなりのスピードを出していたのだ。その上戦闘までしていたのだから、車内から睨んでいただけの俺とは比べるべくもない。
「頼もしいものだ、よろしく頼む」
にやりと笑った顔からは、まだまだ余裕を感じて取れた。二人で笑いあっていると、内門がゆっくりと開いた。
「ようこそ、アルガンザスへ。みな疲れていることだろう、さぁ入りたまえ」
先ほど外から透視したお偉いさんが、両手を大きく広げて近づいてきた。年配のこの男性は五〇歳くらいだろうか、白髪は短く刈り上げて、目元と口元には深いシワがある。装備を目を向ければ、質の良さそうな白銀の鎧はよく手入れがされていて、マントの刺繍は金糸が使われているようだ。やはりこの人物が最高指揮官ということで間違いないらしい。
「これはドービニエ伯爵、伯爵自らのお出迎えとは恐縮です」
アリアーヌとクレインが深く一礼する。俺は少し後ろから様子見だ。
「お互い知らぬ仲ではないのだ……そうだろう、アリアーヌ卿?」
伯爵と呼ばれた彼が、アリアーヌにいたずらっ子のような笑顔を向ける。
「アッハッハッハッ、相変わらずなようですな。では遠慮なくアルベール殿と呼ばせて頂きましょう」
「それで良い、公の場でもあるまいし堅苦しいのは抜きだ」
どうやら旧知の仲らしい、ニコニコと笑って話す二人は確かな信頼感で結ばれているように見える。
「さてアリアよ、今後について少し話をしたいのだが、ここでは控えたい。調査隊のみなには部屋を用意してある、案内させよう」
伯爵のその言葉を合図に、周囲の兵士たちが調査隊員たちの介抱にあたる。アリアーヌの目配せを受けたクレインも、一礼をしてから彼らに同道した。
「して、そこにおられる御仁が例のお人か?」
伯爵の視線を受けて二人のそばに進み出た。
「お初にお目に掛かります、姓を鷹宮、名を金太郎と申します。どうぞ宜しくお願い致します」
アリアーヌがしたように一礼をした。
「これはご丁寧なご挨拶、痛み入ります……申し遅れました、アルベール・ミシリエ・ド・ラ・ドービニエ、伯爵位を拝命しております。見苦しき面体ではありますが、どうぞお見知り置き下さいませ」
…………おっと、なんだろう、物凄く深くお辞儀をされてしまった。というかすごく丁寧な気がする。ここではこれが普通の挨拶なのだろうか?
「タカミヤ様、何か失礼を致しましたか?」
返事をせずぼーっとしている俺に、伯爵が不安そうに声を掛けてきた。
(あ、これ違うわ、完全にへりくだられてるわ)
「いえすみません、ちょっとびっくりしちゃいまして……その、普通にして頂いて大丈夫ですよ? 私は伯爵様に畏まられるような者ではありませんから……」
「何を仰いますか、あなた様が神アスヴェアの御使いであることは承知しております。神の使いであらせられるお方にどうして礼を失せましょう」
そういえばそうか、俺は神の使い、というより後継者なのだ。本来ならこの応対こそ正しい気がする。
(とはいえこれではやりにくいな)
伯爵は先ほどから頭を下げたままだ、これではなんだかムズムズする。元々はただの平社員なので、頭を下げることはあっても下げられることは滅多にない。
「あの、アリアーヌも俺のことは気軽にタロウと呼びますし、伯爵様にも同じように接して頂きたいのですが……」
「アルベール殿、こやつはこの通り砕けた性格ですぞ。いっそ御使いらしくないとさえ言えますな」
アッハッハッ――と豪快に笑うアリアーヌを伯爵がキツく睨む。
「アリアッ、そんな無礼な物言いがあるか! 今すぐ陳謝いたせこの不心得者が!」
(えー……そこまでキレるか伯爵)
顔を真っ赤にしている伯爵を見て思わず引いてしまった。アリアはそんな伯爵を見てますます腹を抱えている。
「いやすまんタロウ、同席を頼んだのはこれが見たかったのも理由の一つなのだ。アルベール殿は熱心なアスヴェア教徒でな、貴族として爵位を持ちつつ司祭の肩書きもお持ちだ。そんな彼が、アスヴェア神からの使いを前にしたら――と思ったのだが……クフッ」
そっぽを向いたが肩が震えている。なんだか彼女の印象がガラリと変わった。かっこよくて美しい女騎士、時には帝王のような凄みを併せ持つ傑物――そんな感じだったのに、今の彼女はただ意地の悪いいたずらっ子である。そして……
「あぁ、慈悲深き御使い様におかれましては、そのお心を安らけく鎮められますよう謹んで申し上げ奉ります。かくて神の愛とは――」
うん、最初の印象からは数億光年くらい遠のいたのではないだろうか。先ほどまでは頭を下げるだけだったのに、今ではしゃがみこんで胸の前で両手を組んでいる……なんというか、もはや恐怖を感じるレベルである。
(このままでは収拾がつかん、かくなる上は――)
「伯爵よ、神命である」
「なんなりと」
「神は言った、話を進めろ、と」
「はっ、ご随意に」
よし、成功だ。これから狂信者が現れたらこれでいこう。実際のところ俺は神様みたいなもんだから大丈夫でしょ。
アリアーヌは、場所を変えるためにしずしずと執務室へ向かう伯爵を見てますます笑っている。
「伯爵よ、アリアーヌの頭を叩け」
「はっ、直ちに」
「あ、おい、ずるいぞタロウ!」
キエー、と雄たけびをあげながら追いかける伯爵に、アリアーヌはたじたじだ。
(うん、これ良いな――)
ここにきて妙な遊び心が出てきた私です。




