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神眼のサラリーマン ―建国編―  作者: 晴乃チユキ
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第四話「突然の戦闘」



 先ほど新鮮味がないなんて思ったが、そんな甘い考えは早速へし折られた。


 こういった一般的な農村では、多数の軍馬を入れておけるような立派な馬小屋はない。その場合どうするかというと、集落の入り口付近に横並びで杭を打っておき、そこに馬を繋ぐのだ。その側に休憩スペースを設けて、思い思いに休む。つまりは、家々の集まる集落の中ではなく、その外で休憩することになるのだが、そこを野盗に襲撃されたのだ。


 休憩スペース近くではトウモロコシのような背の高い穀物が植えられていて見通しが悪く、敵の接近に気づくのが遅れた。おまけにアリアーヌとクレインが集落の方に向かったところを狙われたので、隊のみんなも慌てている。


 「敵襲! 敵襲!」


 「全周警戒! 畑の中からの矢に気をつけろ!」


 俺はすぐさま開眼し、警戒する。


 「タロウ殿、すぐに馬車の中へ移動、うぐっ!」


 兵士の一人が馬車に案内してくれようとしたが、その背に矢が刺さった。


 「くっ」


 兵士を抱き寄せながら矢の飛んできた方向を見ると、生い茂った畑の中に(やじり)と手が見えた。


 「悪く思うなよ!」


 そう言って強く睨む。その瞬間、そこに居たであろう人間が周囲の作物と共に消し飛んだ。少し遅れて、パンッという軽い音が響く。


 (殺した、殺しちまった――)


 いや、今は悩んでいる場合ではない、今も隊のみんなには矢が射かけられている。とにかく、敵を倒さなくては。


 「どうにかして敵の位置を確認しないと……」


 腕の中の隊員が小さく呻いた。彼の治療も急がなくちゃいけない。


 (落ち着け、落ち着け)


 幸いにも、こちらに矢を射かけられることはなかった。飛び交う矢の一本に集中し、その出どころを探るが判然としない。トウモロコシの茎や葉で見通せないのだ。


 (さっきは射線上に居たから手や鏃が見えたんだ。射角から外れた場所では敵の位置が確認出来ない)


 いっそのこと畑ごと吹き飛ばしてまわるのも手かと思ったが、万が一隊員が紛れていると目も当てられない。仕方なしに必死に見つけようと注視する、すると――見えた。

 手が見えたとか、鏃が見えたとかそんなことではない。作物に遮られて見えないはずの敵、その全身がはっきりと見て取れる。


 「これは透視かっ!?」


 なんにせよ見えるならあとは睨むだけだ――また一つ、畑に軽い音が響いた。








 それからは早かった、全部で十二人の盗賊を殺しきるのに1分もかからず、残されたのは負傷した味方と多少荒れた畑、そして敵の遺体が1つ。

 有事の際の集中力なのか、それともただ単に慣れただけなのかは分からないが、神眼をかなり繊細に扱えるようになった。

 開眼時の威圧は対象や範囲を調整することが出来るようになり、睨みに関しても、集中すれば効果範囲を限定することが可能だ。実際のところ、畑ごと吹き飛ばしたのは最初とその次の二回だけである。


 (そういえば、神も言ってたものな)


 瞳を開くときには心で強く念じる、と。この神の瞳は、心の眼でもあるということなのだと思う。だからこそ、肉体としての目に映るトウモロコシ畑ではなく、心の眼に映る盗賊を攻撃できるのだ。透視も同じ理由だろう。


 (それにしても、やはり奇妙だ……)


 なぜ一人だげ加減をして殺したのかというと、その装備や体を調べるためだ。

 そもそも、今回の襲撃自体がかなり不可思議なのである。村を襲うことが目的なら、俺たちが去った後にでも襲えばいい。明らかに小休止をしているだけの部隊を狙ったことには、何か理由があると思ったのだ。


 「タロウ! 無事か!」


 村の中からアリアーヌとクレインが走ってくる。どうやら早い段階で村人が知らせてくれたらしい。


 「俺は無傷だ、だが何人かが深手を負っている」


 「クレイン、皆の治療に当たってくれ。それと、動ける者を一人村へ……戦闘は終わっているが念のため家から出ないように、と伝えて欲しい」


 「了解です」


 足早に向かうクレインを見送った後、早速足元の死体を探っているアリアーヌに話しかけた。


 「何があったか聞かないのか?」


 「いや、大方の察しはついている。こいつらの正体もな」


 特に発見がなかったのか、手をパンパンと叩きながら立ち上がる。


 「帝国の者か?」


 「あぁ、まず間違い無いだろう。それもおそらく精鋭部隊だ、まさかここまで早く仕掛けられるとは思わなんだが……他のやつも見てみたい、死体は畑の中か?」


 そう言って周囲を見回すアリアーヌ、そして、ようやく何かおかしいことに気がついたらしい。


 「あー、タロウ、これをやったのは貴殿か?」


 綺麗に消失した畑の一角を指差す彼女。それは最初に吹き飛ばした時の跡だ。


 「すまない、こいつ以外はかけらも残っていないと思う」


 「……詳しく聞くとしよう。とりあえず馬車に入ろう」






 馬車に入ると、緊張の糸が切れたのか大きなため息が出た。透視で敵がいないことは確認していたが、やはり馬車の中は安心だ。


 「して、タロウ。二つ三つ聞いてもよいか?」


 「あぁ、なんでも聞いてくれ」


 神眼の影響で、状況の整理はとっくについている。


 「まずは……そうさな、貴殿は戦いの心得がないものと記憶していたが、この戦闘をどう切り抜けたのだ?」


 「すまん、どういう意味だ? 確かに、それこそ殴り合いの喧嘩だってしたことはないが……」


 「いや難しい話ではない、ただどのようにして敵を倒したのかが知りたいだけなのだ」


 アリアーヌは静かに腕を組んで目を瞑った。


 「この部隊は調査隊ということもあり急遽編成されたもので、その上戦闘を目的に組まれておらぬ。そんな隊員たちが奇襲を受けて連携を取れるはずもない。正直に言って、帝国の精鋭を相手に地理的不利を覆すことは無理なのだ。それゆえ、荒事については私かクレインが主戦力となる」


 「なるほど、弓兵が少なく前衛とのバランスが悪いのはそのためか」


 この隊はアリアーヌとクレインを含めれば全部で二十二人、その中で弓を持っているのはたったの三人なのだ。幾ら何でもバランスが悪すぎる。


 「うむ。見たところ、反撃が可能なその三人は真っ先に狙われたようだ。なればこそタロウよ、どのようにして敵を全滅させたのだ。やはり――その眼か?」


 「ありゃ……、すまん閉じ忘れていた」


 やはり突然の状況に少しは混乱しているらしい、神眼が開きっぱなしになっていたのだ。


 「そうか、例の威圧感もないので、てっきり意図してそうしているのかと思うたぞ」


 興味深そうに瞳を覗き込んでくるアリアーヌに少しドキリとした。やだ、これって恋?


 (彼女には悪いがさっさと閉じさせてもらおう)


 心静かに目を閉じる。そうすると、先ほど殺したものたちの最期の姿が浮かぶようだった。恨んでくれるなよ――そう念じてから目を開ける。彼女はすでに元の位置に戻っていた。


 「さて、どう倒したか、だったよな」


 「うむ、その瞳がどれほどのものなのか教えて欲しい」


 さて、ある意味では俺の生命線。どこまで話したものか……いや、正直今の所は弱点という弱点もなさそうだ。目を潰されても心眼でなんとかなりそうな予感さえある。


 (いや、油断大敵だ。国家情勢とてアリアーヌに(うそぶ)かれている可能性もあるし、よしんば嘘がなかったとしても都合の悪いことは話していないはず。なら……)


 「それが自分でもよく分かっていないん「嘘とはたまげたな」すみません保身に走りましたごめんなさい」


 言葉は静かだけど目の奥が鋭く光っている。女帝モードだ、これは不味い、何が不味いか分からないがとにかく超怖い。その目やめてください。


 「貴殿の事情は察するがこちらも仕事だ、お互いに正直が一番だ……な?」


 あんた絶対腹の中は明かさないだろう――なんて口が裂けても言えない、だって怖いから。なんというか、この人が魔眼を持ってると聞かされても驚きはしないだろう。


 「さて、改めて聞かせてもらおう、どのように倒したのか」









 結果から言うと、彼女に洗いざらい打ち明けた。

 え? お前はやり手の営業マンじゃなかったのかって? 逆に聞きたい、業界歴数年の営業(村人レベル1)が、一流企業の社長(女帝レベル99)を相手に何が出来るというのか。

 扱うのが商品ならまだ頑張るが、お互いの命が品であるなら話は別である。


 「なるほどな、よくわかった。やはりこれは帝国の差し金で間違いない。十二人全員が弓持ちだったというのなら、別の部隊がいるとみていいだろう」


 「あぁ、透視では装備までしっかりと見て取れたから間違いないと思う」


 「ふむ……クレイン、そう言うことだ。襲撃がある以上は帰路を急ぐ、負傷者は村に残して、動けるものだけで出立するぞ」


 「はっ、承知しました。向かう先は()()()()()()()でよろしいですな?」


 びっくりした、どうやら馬車の脇に控えていたらしい。


 「あぁ、危急につき()()()を使う」


 「ハトを飛ばしますか?」


 「いや、精鋭相手には堕とされるだけだ。草がいればよかったのだが、いつも肝心な時におらぬ」


 「まったくですな。では部隊の再編と出立準備に取り掛かります」


 「あぁ、頼む」


 どうやら道中を急ぐ算段のようだ。俺にも出来ることはあるだろうか。


 「アリアーヌ、先に伝えた通りだが、戦闘の際、俺にだけ矢が飛んで来なかった。と言うことは奴らの狙いは俺なんだろう? なら手を貸す」


 運よく狙われなかったのかもと思ったが、状況を考えれば火を見るより明らかだろう。


 「ならタロウ、車内から透視をして警戒をしてくれるか。これより進路を変え、アルガンザス城塞といところに向かう。馬を飛ばせば日暮れ前には着くだろう」


 「任せとけ!」


 馬車を降りた彼女にグッと親指を立てると、ニヤリと笑ってから整列を終えた隊員たちの方に向かった。


 「諸君、我らはこれよりアルガンザス城塞に向かう! その間は敵の襲撃が予想される、各員警戒を厳となせ!」


 「「「はっ」」」





 王都まではゆっくり景色を楽しめると思っていたのだが、この星(いせかい)はどうにも落ち着かせてくれないらしい。


 「新鮮味がないなんて口が裂けても言えないな」


 再び静かに神の瞳を開いた、こちらの準備は万端だ。馬車の斜め前で騎乗しているアリアーヌに視線を向ける。

 ――頼むぞ

 彼女の目がそういった気がした。


 「みな(はぐ)れるなよ! 進め!」

 






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