甘い罠
「お母さま、ひとつ聞きたいことがありますの」
薄暗い廊下を蝋燭の灯りを灯してライリはゆっくりと歩き、母親の部屋の前立ち止まるとドアをノックする。
夕食の時間ではなく皆が寝静まった深夜に、彼女の部屋を訪れたのには理由があった。
「あの日のことを覚えていますか?」
ライリは夫に迷惑をかけることなく、真実を知りたかった。
「あの日というと?」
姉が野獣に襲われた日、母親は目の前で苦しむ姉を見捨ててライリと城に戻った。
父親(国王)には『リリーは野獣に食べられた』と説明したが、数日後母親が教会にリリーの遺体を探しに行って戻ってきても棺の中は空だった。
「あの日お母さまは、お姉さまは野獣に骨まで残さず食べられたので、遺体はなかったとおっしゃられました。……お姉さまは本当は生きているのでないですか?」
ライリに問い詰められて、シュリーゼは目を細める。
シュリーゼは自分の下唇を強く噛み締める。きつく閉じた唇の広角が少し上がった気がした。
「私が嘘をついていると……?」
シュリーゼは部屋の外に声が漏れぬよう、ライリを部屋に連れ込むとドアの鍵を締めた。彼女は怪しい笑みを浮かべている。
ライリの瞳孔は開き、心臓のトクトクトクという音と共に瞳の泉も揺れ動いた。暫くすると潤んだ瞳からは搾り取る様に一滴の雫が溢れそれは頬を伝い、顎の下に落ちる。
***
「ケルベロス……」
「なんだい? 俺の花嫁殿」
冥界の神殿に戻ったリリーとケルベロスは、大きなベッドに寝転んでいた。
「このような格好で異性とベッドに寝転がるだなんて、誰かに叱られそうだわ」
リリーは手直ししたドレスを大層気に入っていた。
リリーは、現世から解放された今、何を気にするわけでもなく空に広がる星を一つ一つ数え、ぼんやりと眺めていた。そんな彼女を見て、ケルベロスはリリーの頭を撫でる。
「リリー……一回だけでいい」
「なに?」
ケルベロスは胸に込み上げる感情の正体がこれが果たして『愛』なのか確かめたかった。
「俺に好きだと言って欲しい」
…………そう、誰かに言われたら、すんなりと納得し、心が動くと思ったからだ。
「いやよ、嘘は言わないの」
「……嘘?」
ケルベロスは眉と眉の間にシワを寄せる。
『好きではない』と否定され、肺に煙が入ったかのように息が苦しくなり、呼吸をするのが辛くなる。
「私はそう簡単に悪魔になんか堕とされないんだから」
彼女は否定した。されども、最初に彼に求婚された時の否定とは違く、今や彼女はケルベロスを抱くことで、気持ちが安らぎ安堵していた。
「本当にそう思った時、言ってあげる」




