黒百合と百合
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赤い絨毯が敷かれたバージンロードの先に見える大きなドアがガシャンと音を立ててゆっくりと開かれる。そこから今日のヒロイン、花嫁が登場する。
背中が大きく空いたドレスは背中から腕にかけて花の蔓が伸びたように繊細な刺繍が施してある。素手で触ってしまったら溶けてしまいそうな程薄く透明な生地のドレス。ドアの隙間から射し込む眩しいほどの太陽の光に包まれて、煌め輝くベール。先代の王妃から受け継がれ、王国を受け継ぐ花嫁が必ず付けるという由緒ある王冠。
長い長い裾のドレスが汚れないように、ブライズメイドが花嫁の歩く歩幅に合わせてゆっくりゆっくりと付き添った。
「ライリ……」
祭壇で白いタキシード姿のルイスが花嫁を見つめる。
花嫁が歩くと、花のようなドレスはふわりふわりと波打つ。ドレスの隙間からはその甘い風貌には不釣り合いな、鉄で出来た足枷がきつく締められ、鉄の塊を引きずって歩く。
花嫁が新郎の元につくと、ライリはルイスの瞳を見て微笑んだ。ルイスもまたその表情を見て、微笑み返し、そっと耳打ちをする。
「もう少しの辛抱だよ……」
ルイスもまた片方の足に足枷をつけられていた。
「汝健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「……誓います」
二人は神父とここにいる全ての人の前で神に永遠の愛を誓った。
「どうか、神様、私たち、シュリア帝国の未来に祝福をーー……」
***
「……もう、ケルベロス、次はどこにいくの?」
街を歩く人をかき分け、颯爽と道なりを進むケルベロス。
「ケルベロス……待って、高いヒールでは貴方の足に追い付けないわ」
ケルベロスはくるりと振り向くと、リリーの方を見つめた。
「では、花嫁殿、靴をお脱ぎください」
「へ……?」
リリーは突然の言葉に驚いた。
「ちょ……ちょ……わっ!」
ケルベロスは問答無用にリリーの体を軽々と抱くと、小さな靴を脱がせ、靴擦れをした足先に軽くキスをする。……お姫さま抱っこだ。
「や、やめなさい……!」
「なぜ? 花嫁殿がお望みになったことでしょう……?」
「確かに靴では歩けないと言ったが、誰も一人では歩けないとは言ってないわ」
抱き締められて、二人の距離がやけに近くなる。
「そういえば花嫁殿」
調子に乗ったケルベロスが段々と顔を近づける。
「その呼び方されると聞いているこっちが恥ずかしくなるから……やめなさい!」
お気に入りの呼び名を否定されて、不貞腐れるケルベロス。
「……それでは、なんと呼べば? ……奥さん? ……お嫁さん?」
だが、彼は諦めない。
「……冗談でしょ? ……リリーでいいわ」
「リリー……?」
ケルベロスはあまり納得がいかない様子で首を傾げる。彼のしぐさはあざとい。
いつの間にか二人は街を抜け、幻想的な葉牡丹のアーチを潜り抜けるとそこには一面葉牡丹が咲き乱れた秘密の庭園が広がっていた。
暗くとも色鮮やかな葉牡丹の蕾が開花すると、まるでランプシェードのような僅かな灯りが辺りを照らし出す。光輝く七色の蝶々がゆっくりと蕾の中から羽ばたき、宙を悠々と飛び回っている。
二人は花に覆われたベンチの前に腰を下ろした。
「汝健やかなるときも、病めるときも」
「……ちょっと、なんでアンタが言うのよ?」
ケルベロスは以前教会でリリーの左手を手に取る。薬指にはめた棘の結婚指輪がキラキラと輝いていた。そのままリリーの左手を自分の唇にあてる。
微かに指先にケルベロスの唇が触れると、トクンと胸が脈を打った気がした。
「喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い」
ケルベロスは言葉とその意味を一つ一つ確認し、花嫁を口説き落とすかのように、耳打ちをし、リリーに問いかけた。
「その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
新郎、新婦、二人の影がゆっくりと重なり、唇からそっと離れる。
「……ライリ、ひとつだけ希望はあるよ」




