夢の続き
冥界に戻るとリリーは珍しく他の景色が見てみたいと言い出した。ならばとケロベロスは冥界のいくつかある場所のひとつに彼女を案内した。
「ここはハーデス様が人間界で一番のお気に入りの場所の景色をそのまま冥界に再現したものだ」
石畳の地面にピンクとオレンジ、グレーのまるでおとぎ話に出てくるような建物。広場の噴水の回りや、お店の玄関先の花壇には白と薄紫色の葉牡丹が植えられている。綺麗に咲き誇った花からは甘い香りが街中に広がっていた。
「へぇ……北陸シュリア帝国も葉牡丹の栽培には適した場所だけれども、こんなに綺麗には色づかないわ。気候が違うのかしら」
「さぁ……俺がハーデス様に連れて来られた時は、花はいつも同じ様に咲いてたけどな」
リリーは葉牡丹を一つ一つじっくり観察する。すると一つだけ元気のない萎られた花があった。元気のない花は一枚一枚ゆっくりと花びらを落とすと、新芽が咲き、同じ場所から新たな花の蕾が現れる。蕾は少しずつ大きく膨らむと再度花を咲かせた。
「……ここの花は枯れても何もなかったかのように、同じ花が咲くのね。……何だか寂しいわ」
リリーは葉牡丹を見ては一人で喜んだり、悲しんだりしているが、ケルベロスには彼女の心情がよく理解できない。
「寂しい……?」
……そう。彼にとって、花というものは固有名詞でしかない。花といわれれば咲いていようが、枯れていようが、そこに存在さえすれば花であり状態など関係ない。
ケルベロスは幾度となくこの街には来てはいるが、街の構造、閉店の時間、品物の有り無しは把握しているものの、誰が住んでいて、どんな暮らしをしているのか全く興味がないし、知ろうとも思わない。ただ、お店に行って用事を済ます、用事が終わると街を出る。その繰り返しだ。
*
橋を渡ると蛍のような小さな灯りがゆらゆらとこっちに向かってくる。リリーはケルベロスの手を強く握りしめた。辺りは暗くなり、どこからか霧が立ち込める。
リリーはケルベロスの手を取り、歩き出した。
「幻想的でとても綺麗な街だけれど、落ち着かないわ」
「そう言いながらも、俺を守ってくれているのですね。……頼もしいです。花嫁殿」
リリーは橋の途中で足を止め、後ろを振り向く。手を離すと、ケルベロスはほほ笑み拍手をしていた。
「……違うわ」
リリーは不機嫌な顔をする。
ケルベロスは笑った。
橋を渡り終えると古びた木造のおうちが見える。おうちの窓からはトルソーに着せた洋服が並んでいた。看板には「仕立屋」という文字が書いてある。
「すみません、お邪魔します」
リリーはドアを開けると中は窓からは見たよりも沢山トルソーが並べてあった。木造の机には使い干されたミシンとまだお直しの途中のドレスが置いてある。奥から年を取った白髪の老婆が杖をついて出てきた。
「……いらっしゃいませ、お直しする物はどれでしょうか……?」
老婆はゆっくりとお辞儀をすると、リリーのもとへ近寄る。
「はい」
「随分と愛着のあるドレスですね」
「それと、彼のベストも」
ケルベロスは豆鉄砲を食らった鳩のように目をまんまるくし、黙り混む。これで良いと拒絶しても、老婆の目がきらきらと輝いていた。
二人が痴話喧嘩をしている間にものは仕上がった。リリーがお金を払おうとすると、すかさずケルベロスが横から入り老婆に小袋を渡す。
二人は次の場所へと向かった。
老婆が袋を広げると中には、珍しい品種の花の種がたくさん入っていて、それを部屋の奥の棚の引き出しへと大事に仕舞った。




