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百六十九話 狼の魔物

 オゥアマトの案内に従って歩き、絶てぬ毛皮を持つ狼という魔物を探していく。

 木の根に刻まれた爪痕が目印なのだけど、分かりにくく痕がつけてあって、うっかりすると見落としそうになる。

 なのにオゥアマトはあっさりと見つけ、迷うことなく森の中を歩いていく。

 けどときどき、発見した爪痕の近くで、オゥアマトは自分の先割れた舌を出し入れすることもある。


「それにどんな意味があるんだ?」

「匂いの強弱で、付近に最近来たかが分かる。あまりにも古いものだと、居場所が変わっていたりすることもあるからな。この爪痕は、ごく最近ついたものだから、そんな心配はないようだがな」


 試しに自分でやってみるが、鼻に感じるのは木々の匂いだけ。

 獣っぽい臭いは、まったくと言っていいほど分からない。

 首を傾げる俺の横で、オゥアマトは苦笑していた。


「人間には無理だ。鼻のいい獣人なら、どうにか分かるというところだ」


 それほど、微細な臭いなんだろう。

 前世の知識から、人の鼻で感知できない臭気があることはわかっているので、狼の魔物の匂いを感じることは諦めた。

 再びオゥアマトが先導して、森の中を歩いていく。

 少しして、オゥアマトがまた舌を出し入れした。


「もうすぐ先にいるようだな。今回はすぐに見つかってよかった」


 先ほど、ごく最近爪痕が付いたと言っていただけあって、狼の魔物は近くにいたようだ。

 それから数分歩くと、森が開けた場所に出た。

 この世界に生まれ直してから初めて見る、天然の花畑がそこにあった。

 種類は分からないが、野草や野花が咲き乱れている。

 風が森の奥から花畑を通ってこっちにやってくると、花屋の店先よりも数段強い、花の濃い匂いがした。

 そんな爛漫な花畑の中に、ところどころ丸まった毛皮のようなものが見える。

 目を凝らすと、明るい茶色をした狼らしき姿だと分かる。

 けど、その大きさに俺は首を傾げた。


「なんだか、小さくない?」


 そう口にして、自分でイヤイヤと突っ込みを入れる。

 その茶色の毛皮は、優に大人の人間ほどもある。

 なので、小さいとはとても言えない大きさだ。

 でも、森の奥にいる魔物の多くが、人の背を超えるほど大型だったので、小さいように感じてしまったのだ。

 俺の疑問を、オゥアマトは笑う。


「なにも体の大きさだけで、その者の強さが決まるというわけではないだろう。僕らだって、森の魔物より体格は小さいが、倒してきたではないか」

「そういわれてみれば、その通りだけどさ」

「それにだ。断てぬ毛皮を持つ狼は、個の強さもあるが、群れとしての強さが群を抜いて優れているのだ。ああして暢気に日向ぼっこをしている姿からは、想像がつかないかもしれないだろうがな」


 改めて花畑の中を見ると、狼の魔物の多くは横向きだったり、腹を出して寝転んでいる。

 オゥアマトの言った通り、暢気な見た目だ。

 その姿を微笑ましく思ったが、そう笑っていられないことに気づく。

 犬が横向きや仰向けで寝ているときは、外敵がいなくてリラックスしている証だと、前世で聞いたことがあった。

 そのことを現状に照らし合わせると、あの狼たちは脅威を感じていないということに繋がる。

 強い魔物が闊歩する森の奥の一角で、そんな態度を取れるということは、それだけ強さに自信があるんだろう。

 さらに言えば、俺たちが近くにいるのに警戒する素振りがないのは、こちらを楽に倒す算段があるためなんだろうな。

 そんな解析を俺がしていると、オゥアマトが花畑に向かって大声を上げた。


「断てぬ毛皮を持つ狼よ、僕の挑戦を受けるがいい! 若手と一対一の勝負を求める!」


 堂々とした態度で言い放つと、花畑に寝ていた狼たち全員が、すくっと立ち上がる。

 花畑に埋もれて寝ていて数が正確に掴めていなかったけど、立ち姿を確認すると五十匹ぐらいはいそうに見える。

 全体が見えた狼の魔物は、前世の動物園で見た狼によく似ていた。

 けど、全身が明るい茶色の毛で覆われていて、尻尾が丸まっているので、大型の柴犬のように見えなくもない。

 顔が狼然としているから、犬って感じはとても薄いけど。

 俺が観察するように、狼たちもこちらをじっと見ている。

 数分後、群れの中で一番大柄な個体が、軽く吠えた。


「アオッ!」


 その声に応じるように、群れで平均的な大きさの狼が、前に進み出てきた。

 それを見て、オゥアマトが花畑の中へ足を踏み入れる。


「友よ。僕の戦いぶりをとくと見ておくといい。次は友が挑む番だからな」

「えっ!? 俺も戦わなきゃいけないの!?」


 寝耳に水な話に驚いている間に、オゥアマトは出てきた狼と対峙し終えてしまっていた。


「いつでもいいぞ」

「オッン!」


 オゥアマトと狼はお互いに言葉を交わすと、次の瞬間にはお互いに行動を始める。

 オゥアマトは無手で捕まえようと動き、狼は体当たりしようと駆け出す。

 どちらも最初の行動は失敗に終わり、すぐに次の行動――オゥアマトは尻尾で足払いを仕掛け、狼は飛び越えながらオゥアマトを踏みつけようとする。

 目まぐるしく攻防が入れ替わる上に、お互いがものすごい速さで動いている。

 俺は目で追うのがやっとだ。

 けど、花畑に再び寝そべった狼たちは、観戦気分な様子で、オゥアマトたちの攻防を眺めている。

 一番大柄な狼に至っては、どちらもまだまだだな、って目をしているように俺には見えた。

 でも、それは当然なのかもしれない。

 魔法なしの場合なら、俺よりも格段に強いオゥアマトが、一匹の狼に四苦八苦している。

 なのでもし五十匹ぐらいいる狼たちが、一斉に俺たちに襲い掛かってきたら、こちらは瞬く間に殺されてしまうだろう。

 それほど、俺たちと狼たちでは実力差があるのだから、余裕な態度は当たり前だろうな。

 納得している間にも、オゥアマトと狼との熾烈な争いは続いていた。

 高速化が進みに進み、両者の蹴立てる地面の土が、一行動ごとに巻き上がるほどだ。


「ぐぬぬっ。狼の長が見立て通り、こちらとお前の地力は互角か。ならば!」


 オゥアマトが口惜しそうな言葉を呟き、行動の仕方を少し変える。

 真正直に挑むのではなく、フェイントを折り混ぜ始めたのだ。

 この変化に狼が戸惑い、避けに徹し始める。

 けど時間が経つにつれて、オゥアマトのフェイントに徐々に慣れてきたようだ。

 完璧に対応される前に決着をつけるためか、オゥアマトは苛烈なほどに攻めていく。

 それが功を奏し、跳んで避けようとした狼の前足の片方を、オゥアマトの手が掴んだ。

 だがそれは一瞬だけで、オゥアマトの手から前足がするりと抜ける。

 でもその一瞬の停滞こそが、オゥアマトが待ち望んでいた勝機だったようだ。


「もらったぞ!」


 オゥアマトの尻尾が翻り、狼の胴と首に巻きつく。


「オオア!?」


 狼は驚きの声を上げて、暴れて逃れようとする。

 けれど、オゥアマトの尻尾はしっかりと絡みつき、決して外れない。

 それどころか、大蛇のようにゆっくりと動き、さらに締め付けを強くしていく。


「オゥ、オオゥ!」


 苦し気に狼は鳴きながら、それでも諦めずに暴れ続ける。

 そこに、一番大柄な狼の雄たけびがやってきた。


「アオオオウウウウ!!」


 それは、オゥアマトに捕まった狼に対して、見苦しいと言いたげな声だった。

 事実そうだったのか、尻尾に絡みつかれた狼は暴れるのを止め、負けを受け入れるかのように大人しくなる。

 その姿を見て、オゥアマトは狼の頭を撫でた後で、尻尾から解放した。

 決着がついたようだと安心しながら、この戦いの意義が分からなくなった。

 オゥアマトと狼の戦いぶりを見れば、殺し殺されが目的の戦いじゃないことは分かる。

 そうなると、黒蛇族の里に持っていくお土産は、狼の肉や毛皮じゃないということになる。

 でも、狼はなにか他に持っているようには見えない。

 考えてもわからずに悩んでいると、オゥアマトは先ほど戦った狼を携えて、こっちに戻ってきた。

 その姿を見て、ピンときた。


「もしかして、里へのお土産って、その狼自身のことだったの?」

「なんだ友よ、今更気づいたのか。だがその通りだ。狼に負けを認めされると、こうしてしもべにできるのだ」


 分かるわけないだろと思いながらいると、俺とオゥアマトの間に、狼が割って入ってきた。

 そして、俺を威嚇するように吠える。


「オゥオゥ!!」


 ビックリしていると、オゥアマトが泣き止まさせるために、その頭を撫でて落ち着かせる。


「すまないな、友よ。断てぬ毛皮を持つ狼は、同種以外では、自分より強い者にしか従わないのだ。そして弱い相手には、自分の方が上だと主張したがる」


 つまりその狼は、俺より強いと主張して、こちらを下に置こうとしているらしい。

 たしか、マウンティングっていう群れを作る動物に、よくある行動だったっけ。

 でも、オゥアマトの横に立つ狼の目を見ると、そうじゃないんじゃないかって気もしてくる。

 『オレのボスだぞ、馴れ馴れしい!』って、俺のことを見ているように感じるし。

 この場合、俺はどう対応すればいいんだろうと悩んでいると、狼の群れの方から吠え声が上がった。


「アオオン!」

「おい、友よ。早く戦えと催促が入ったぞ」

「えっ。やっぱり、俺も戦わなきゃ駄目なんだ」

「当たり前だ。ここで背を向けて逃げたら、群れで襲われるぞ」

「うげっ。それは嫌だな……」

「なに、一対一の勝負なら負けても殺されはしない。体のどこかに、ちょこっと噛み痣が残るぐらいで済む」


 ちっとも安心できない情報を得て、俺は花畑に足を踏み入れる。

 すると、狼たちの反応が、オゥアマトのときとは少し違って見えた。

 なんというか、身の程知らずを笑うような、そんな空気がある。


「アオッ」


 大柄な個体の鳴き声も、どこかやる気がないような感じだ。

 なんだか変だなと思っていると、一匹の狼が出てきた。

 オゥアマトが戦った個体よりも、一回りは小さい。

 そいつは、子犬から成犬になる途中なのか、幼い顔をしているように見える。

 お前の相手はこいつで十分だ、ってことなんだろうな。

 まざまざと、自分とオゥアマトの差を見せつけられたような気になり、ちょっとだけ落ち込む。

 一方、出てきた若い狼は、俺と戦うことが不満そうな顔をしていた。


「ゥワン!」


 少し高めの声で、さっさとやるぞとばかりに吠えてきた。

 相手は若くても狼だ。気を抜いてはいられないなと、気持ちを引き締める。


「いいよ、どうぞ」


 声をかけると、若い狼は一息でこちらに飛び込んできた。

 それも、生えそろった牙を見せつけるように、大口を開けながら。


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