百六十八話 森中行脚
十日も経つと、森の中で住むことに慣れた。
日中は、常に森の中を移動する。
道中で襲い掛かってくる魔物や野生動物を倒しつつ、歩きながら野草や木の実を食べて小腹を満たしていく。
日が暮れる直前から、就寝含みの休憩に入る。
大樹の根元に座り、幹に背を預けながら、座って眠る。
浅く長時間眠ることで、体と頭の疲れを取っていく。
背を木の幹につけるのは、前面と頭上だけ警戒してればいいからだ。案外これだけの工夫で、休憩が楽になる。
朝焼けが訪れれば、起きて食料の調達。
木の実や野草は道中で手に入れられるので、もっぱら狩猟が主体だ。
森の奥では、魔物も動物も強い個体が多い。もちろん、そいつらが餌にする、繁殖力が高いだけの弱いものもいる。
けど、俺とオゥアマトは強い個体のみを狙って狩る。
「強いものの血肉こそ、自分の体を強くできるものだ」
とは、オゥアマトの弁である。
狩った獲物を捌いて、朝食にする。
オゥアマトは相変わらず、内臓を中心とした肉の塊を、生のまま丸呑みしていく。
俺は病原菌が怖いので、鍛冶魔法で密閉式の竈を作って、肉を蒸し焼きにして食べる。
竈は焼いた肉の匂いが周囲に出ない工夫なのだけど、やっぱり少しは漏れてしまう。
その匂いにつられて、魔物がくる。
けど、森の浅い層とは違って、森の奥の魔物は総じて警戒心が強い。
まず遠巻きにこちらを観察して、そのあとで襲うという特性があると、オゥアマトが教えてくれた。
「その特性を利用した戦闘回避法がある。食いきれない部分を、少し離して置いておくだけでいい」
常に大物狙いなため、一匹狩ると俺たちでは食いきれずに、大量に肉が余る。
その余った部位を、言われた通りに離れた場所に置いていおくと、やってきた魔物はその肉を取って去っていった。
「僕らが貢物を差し出したと、強い魔物は思ったのだ。その殊勝さに免じて、見逃してくれたというわけだな」
オゥアマトが黒蛇族の見解を、カラカラと笑いながら伝えてきた。
そんなに魔物って頭が良いかなと、俺は疑ったのだった。
オゥアマトと森の中で行動を共にしていて、思ったことがある。
オゥアマトは以外と――というと失礼だけど――懐が深い人物だ。
森の中での暮らし方を教えてくれるが、それを俺に押し付けたりしてこない。
例えば、俺がこう工夫した方がいいんじゃないかと提案すると、オゥアマトはとりあえず共にやってくれるのだ。
上手くいけば取り入れ、失敗だったとしても「失敗だと分かっただけ収穫」と笑って許してくれる。
そんな柔軟さと許容力を持っていた。
かといって、全くこちらの失敗を責めないというわけじゃない。
俺が不注意で間違いを犯したときは、しっかりと怒ってくる。
「僕の友よ。森に慣れてきたことで、少々気が緩んでいるのではないか?」
静かな言葉から始まり、俺の失敗を発端にどんな危険が起こるかを諭してくれる。
正論にこちらがぐうの音が出ない場合を除いて、俺の言い分に耳を傾け、共に落としどころを探してもくれる。
指導慣れした感じがあるので、きっと黒蛇族の里で後輩に対して同じことをしていたんだろうな。
そんなオゥアマトを見ていると、俺のデカイ男になるという目標に影響が出てきた。
悪いものではなく、良い影響がだ。
オゥアマトの懐の深さと、無知な人に教える態度を見て、俺自身の矮小さを自覚したと言い換えてもいい。
きっと俺が同じ立場だったら、もっとあれこれ指図して、教える相手の失敗や試みなど許さなかっただろう。
怒り方も優しくはなく、常に突き放した態度で接していたはずとも思う。
こうオゥアマトと比較すると、俺自身のことながら器が小さいなと思わずにはいられなかった。
いまだに俺がなりたい将来像は、ぼんやりとして形になってない。
けど、今の自分のまま成長しては、デカイ男にはなれないだろうと感じる。
なのでとりあえず、オゥアマトの懐の深さや考え方を参考にしたようと思う。
もしも将来像と合わなかったり、俺自身とあまりにかけ離れていて取り入れることができなそうなら、そのときに修正すればいいよな。
――それにしても、偉大な戦士になっていない、旅人のオゥアマトですら人ができている。
なら、黒蛇族の里にいる、真に偉大な戦士となると、どれほどの好人物なんだろう。
まだまだオゥアマトの帰路は途中だけど、いまから他の黒蛇族に会うことがとても楽しみになった。
森を移動して二十日が経った。
案内されるがままに進んでいるので、俺がどこの森の中を歩いているのか、すっかり分からなくなっていた。
けど、森の深い浅いを肌で感じられるようになったので、浅い方へ浅い方へと進めば、人里や道に出られるだろうと楽観している。
一方でオゥアマトは、自分がどこを歩いているかわかるようで、俺に笑いかけてきた。
「あと三日も歩けば、黒蛇族の里に到着するぞ。この辺りで、手土産の一つでも確保しておきたいところだな」
「手土産って、やっぱり肉だよね?」
一緒に森の中で暮らして、オゥアマトは草や実よりも肉の方が好きだと、十二分に理解しているからこその質問だ。
「うむ。黒蛇族は基本肉食な種族だからな。手土産も肉がいい。そして、美味しくて強い魔物をとても喜ぶ」
「それって、どんな獲物ならいいの?」
ここまでの旅路で、森の深い場所にいる魔物と、相当な数戦ってきた。
前世で見た動物が大型したようなものから、いくつかの動物を組み合わせてできたようなものまで、多種多様だった。
でもそのどれが、黒蛇族に適している獲物かなんて、俺には分からない。
なのであてになるのは、同じ種族のオゥアマトの意見だけだ。
「ふむっ。こちらから探す必要があるが、『断てぬ毛皮を持つ狼』が土産として最高だろうな」
その魔物の名前に、俺は首を傾げた。
初めて聞く名前だった。
「その狼って、今まで出会ってないよね?」
「もちろんだとも。やつらは自分から争いを好まない、非戦的な魔物だからな。縄張りでこちらが無体な真似をしなければ、近づいてすらこない」
「ああ、だからこちらから探す必要があるってことか。でも、わざわざそんな魔物と戦う必要があるの?」
非戦的な相手と戦うことに、俺は疑問を持った。
魔物とはいえ、静かに生きている生き物を襲うことに、前世で培った良識が許さなかったからだ。
けど、オゥアマトは笑って首を横に振った。
「その狼はな、無用な戦いを避けはするが、どんな相手でも挑戦を受ける、変わった魔物なのだ。いわば、武人のようなヤツだ」
俺がこの世界で培った常識では、魔物は人を見る端から襲い掛かるような、野蛮で無能な生き物だ。
この旅路で、森の奥にいる魔物は戦いを避けるものもいるとは理解していた。
けど、挑戦を受ける受けないの判断ができるほど、頭のいい個体がいるだなんて思ってもみなかった。
「そんな魔物がいるんだ?」
「うむ。一対一を申し込めば、群れの代表と戦うことすらできるぞ。もっとも、相手がこちらを見て、相応の実力を持った個体を出してくるのだがな」
オゥアマトが朗らかに語った内容に、俺は頭が痛くなった。
人間並みに、その狼が理知的に感じられたからだ。
もしかしたら、節度のない人より、件の魔物の方が賢いのかもしれない。
「えっと、そんなに頭の良い魔物を、どうやって探すんだ?」
「挑戦者を導く痕跡をたどればいい。ふむ――お、あったぞ、あれだ」
オゥアマトが示す先には、木が一本立っている。
その根元に、四筋の爪痕が斜めに走っていた。
「この爪痕の下がっている方が、群れのいる場所になる。ということで、こっちだな」
オゥアマトはすっかりその狼と戦う気になっているようで、爪痕が示す方へと歩き出す。
俺はあまり気のりはしていないのだけど、この場所に放置されるわけにもいかないので、オゥアマトの後についていくことにしたのだった。




