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百六十七話 深い森の中

お待たせしました。

新章開始です。

 黒蛇族という獣人のオゥアマトに連れられて、俺は森の中を進んでいる。

 次の目的地は、黒蛇族の里。

 巨樹の魔物を倒したことを、オゥアマトが報告しに戻る旅路に、俺が同行する形になっている。

 そして、いま俺は生まれて初めて、森の奥深くにやってきていた。

 森の奥は、とても濃い木々の匂いが立ち込めている。

 陽の光は茂った枝葉で遮られ、木漏れ日だけが森の中を照らすだけなので、森の中は薄暗い。

 けど、光が届かない分だけ、夏の盛りだというのにひんやりとした空気が流れている。

 前世なら、避暑地にもってこいな場所だろうと思う。

 けど、今世の森の中では、そんな感想は抱けない。

 なにせ、この世界の森の中は、野生動物や魔物が闊歩する魔境だ。

 耳をすませば、俺たちを狙う獣か魔物の息遣いが聞こえてくる。

 そんな緊張感なしには歩けない場所を、オゥアマトは平然とした顔で歩いている。

 その強者然とした態度を見せつけているからか、人を見れば襲ってくるはずの魔物が、こちらの様子を見ている気配はあるのに出てこない。

 まるで、オゥアマトの前に出たら死ぬと分かっているかのようだ。

 森の奥を歩くと知って警戒していたけど、逆にこんなに平和な森歩きは、生まれて初めてだった。

 けど、俺自身は警戒を緩める気はない。

 魔物たちはオゥアマトを狙わないかもしれないが、俺を狙ってくる可能性はあるからだ。

 なので俺は、手に鉈を持ったまま、森を歩いている。

 そうやって警戒していることが、オゥアマトにとってみたら、微笑ましく感じるようだった。


「僕の友よ。そう怯えた態度だと、魔物を引き寄せるぞ」

「そういわれても、もう習慣化しちゃっているしね」


 森を歩くときには常に警戒することは、この世界の常識だ。

 オゥアマトたち黒蛇族が特殊だと語ると、首を傾げられた。


「魔物など、出てきた端から倒せばいい。力及ばず死ねば、森に帰るだけのこと。怯える分だけ、疲れて損だと思うんだが?」

「気疲れしても、襲われて戦うよりかは、マシだと思うけど?」


 言って、首を傾げ合う。

 こういう常識の食い違いは、オゥアマトとはよくあること。

 なので お互いにあまり気にせず、そうなのかと納得することで話が次に移ることが多い。


「このまま、森の中を進んでいくんだよね?」

「そうとも。黒蛇族の旅人は、森の中しか移動を認められていないからな。森の外に出て安全を図るようだと、腰抜けだとそしりを受けることになるのだ」


 黒蛇族って、聞く分だけでも厳しい部族だなと思う。


「それでさ。俺は森の中に入る経験はあっても、森の中で暮らした経験はないんだ」

「ほほぅ。森の中で寝泊まりすることに、不安を覚えるということか?」

「不安というより、どうやって暮らすか想像がつかないという方が、正直なところだよ」


 故郷で狩人のシューハンさんから、もしもの際にと森の中で寝泊まりする方法は学んでいる。

 けどそれは、生き延びるためのもので、森の中で生活する方法じゃない。

 その違いによる困惑を吐露すると、オゥアマトに笑われた。


「はははっ。そう心配せずとも、暮らし方ぐらい教えるとも。僕の友であれば、三、四日もすれば慣れると思うぞ」

「そうかなぁ?」

「そうとも。そして森の生活に慣れたら、そうやって周りを警戒し続けることが無意味だと知るぞ」


 機嫌よく語るオゥアマトの横の茂みから、魔物らしき影が飛び出てきた。

 俺は鉈を構えて応戦しようとするが、その前にオゥアマトの三メートルはありそうな尻尾が翻って、その影を叩き落す。

 骨が折れる音が聞こえると、襲い掛かってきた生き物は動かなくなった。

 よく見るとそれは、人の頭を丸かじりにできそうなほど大きな、トカゲやワニに似た爬虫類だった。

 初めて見るから断言できないけど、おそらく魔物の一種だろう。

 俺が興味津々で観察する横で、オゥアマトは見慣れているような態度だった。


「ふんっ、『噛りつく蜥蜴』か。やはり竜と祖が同じではないヤツは、実力差が見てわからないほど頭が悪い」

「あれ? この魔物、知っているんだ?」

「もちろんだとも。そいつは森の奥にならよくいる、なんでも噛んで食べる生き汚い蜥蜴だ。肉が臭くないぐらいしか、取り柄がない」


 オゥアマトが辛辣な言葉を使っているのは、同じ爬虫類系の種族だからだろうか。

 同じと言ったら、気を悪くするだろうから、言わないけど。


「肉が臭くないってことは、食べられるんだよね?」

「その通りだ。食べられるが、僕はこいつを、他の美味い魔物を引き寄せる餌に使うことが多いな」

「美味い魔物って、どんなやつ?」

「そうだな。人の背ほどの縞模様の穴熊とか、両手を広げたぐらいある大鴉とかだ」


 前世の知識から、アナグマはともかくとして、カラスを食べるのかと、ちょっと引いてしまう。

 すると、オゥアマトがムッとした顔になった。


「たぶんだが、鴉の黒い身を見て食えないとでも思っているのだろう。だが試しに食べてみろ、美味しいぞ」


 カラスの肉なんて見たことないけど、外見通りに黒いんだと衝撃を受けた。

 黒い肉って食べられるのかと不安になるが、オゥアマトが言うからには食べられるんだろうな。


「えっと……捕れたら、試してみるよ」


 消極的に約束すると、オゥアマトが勝ち誇ったような顔になった。


「ふふんっ、言質は取ったぞ。では、食べてもらおう」


 オゥアマトの尻尾が翻ったかと思うと、木漏れ日の間を急降下してきていた大きな鳥を叩き落す。

 まさかと思いながら見ると、俺の上半身を包み込めそうなほど、大きなカラスが地面に横たわっていた。

 愕然としていると、オゥアマトが得意げになる。


「この鴉はな、倒した獲物を放っておくと、かっさらおうと飛んでくる習性がある。だから先ほど倒した蜥蜴をあのまま放って置けば、まだまだやってきて捕れるぞ」


 嬉し気に語るオゥアマトに、俺は約束したからには食べようと、大カラスを掴んで引き上げ、解体に取り掛かることにしたのだった。


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