六日の日 2
父さん、まずは久しぶり、でかくなったろ?
最初から全部話すね。
父さん、俺さ、ずっと前から小説家になりたかったんだよ。知らなかっただろ?俺は中学の時からその夢を抱いていたんだ。
初めて他人に語ったのは高校一年生になったばかり。親でもなく、中学の時の恩師でもなく、旧友でもなく、語ったのは、初めて会ったばかり女子だった。
女子と言っても、高校生で俺と同い年だった。俺はその人に生まれて初めて自分の夢を打ち明けた。
その子の名前は東條美月という子だった。
そのあと、その女子と仲良くなった。そして恋人同士になった。
俺にとっては初めての恋だった。人生で初めての事だった。
父さんもそういう時があったのかな?今では全然想像できないけど。
俺は初めて大切なものを手に入れた気がした。死んでも守りたい。そう思えるようになった。
読書という共通点が俺達にはあった。二人とも読書が好きで、そして夢を追っていた。
彼女は最後まで夢を俺に語ってくれなかったけれど、二人で夢を追った。
俺はそういう淡い恋をしていた。
けれども、世の中すべてがうまくいくわけじゃない。俺はこのことも彼女との出会いで初めて知った。
彼女の母が死んだ。彼女は当然のように落ち込んだ。
俺はその時に何もできなかったんだ。
死んでも守りたいものを守りつくすことも、安心させることも、そして一緒に生きていくことが出来なかった。
そののちに彼女、美月は死んだ。
その前日に俺たちは別かれていた。俺たちのであった記念日である四月六日の前日に別れて、彼女はその次の日、四月六日に死んだ。
そして俺は人生の敗北者になった。
父さん聞いているか?ただののろけ話じゃないんだから聞いてくれよ。
話、戻すよ。
俺は夢を一緒に追いかける人がいなくなっただけで、中途半端に終わらせて、夢をあきらめた。
これが今日までの俺の人生だった。
高三の時に担任教師が言ったターニングポイントっていうのは、俺にとって、負への返り咲きであって、くだらないものだった。
結局、俺は思ったんだ。これは誰も悪くない。決して俺は責任逃れしている訳じゃない。
真実を知ってしまった今、俺はそう考える事しかできない。
でも俺は自分をどうしても責めてしまう。こうするしかできない。
ごめん父さん、美月を殺させた。
ごめん父さん、俺のせいで事故させた。
謝る事しかできないんだ。
俺のせいで…俺のせいで。
何処から話せばいいかな?長くなるけどごめん。本当はお墓の前で言いたかったけれど、時間がないから、せめてお経の間には終わらせられると思うんだ。
まず、じゃあ最初からにしようかな。
俺が美月と初めてあった日。
確かあの日は俺が、美月が落としたファイルを拾って、彼女に渡したんだ。
上下に厳重に閉じられていたクリアファイルの中、あれは今思うと、たぶん彼女が書いていた小説だったんじゃないかって俺は思ってる。
そんな事知らないって父さんは思うかもしれないけれど聞いて。俺が全部悪いんだから。
中身は本当に解らなかった。けれど、原稿用紙のような枠線に、文字がずらりと並んでいる紙が幾枚も入っていた。俺はそのファイルを美月に渡すと、彼女はとても驚いていた。それはつまり、そういう事なんじゃないかと思う。
そして俺が、彼女に夢を問いただした時だった。昔の自分の気持ちなんて今は絶対わからない。けれど俺はたぶん、あのファイルの中身が美月の自作小説だと決め込んでいた時に、たぶん仲間を見つけたのだと心の中で思ったんだ。だからあんな質問をした。だからあんなに堂々と夢を彼女に語ったんだ。
だけど美月は応えてくれなかった。小説家になりたいという夢を語らなかった。あれ程才能があったのに、美月の姉、美星が言っていた通りにたぶん美星以外の家族は知らなかったのだろう。美月の父、東條尋が作家になれずに苦しんでいる事を知っているのだから余計に。
次は、じゃあもう本題に入るよ。
まず何故俺が父さんが美月を殺したなんて言ったのか。
応える前に一つ聞いていいかな?
あの日父さんは何処に居たの?
あの日、美月が死んだおよそ三十分後に父さんは事故死した。
いったい何であんなところで事故したの?
新聞では車の速度メーターが百二十キロで壊れていたって書いてあった。
父さんはなんでそこまで急いでいたのか、ごめん、聞いたって応えてくれないよね。いいよ、俺が話すから。
確か、父さんの仕事場の職員さんがこんなことを言っていたよ、あの日、窓越しで外を見ると、ダムの橋の上で父さんの姿を見たって。
俺の推測はこう。まず、美月と父さんが何かしらの理由で会っていた。そして何かしらの口論か、乱闘があって、その末に父さんは誤って美月をダムの下へ落としてしまった。
ごめん、急すぎて何が何だかわからないよね。補足説明すると、
美月が父さんを殺そうとして、その末に父さんが美月を落としてしまった。
こういう事だよね?
そして父さんが事故死したのは、恐らくだけど、美月が殺したことを恐れたのか、犯人だと疑われたくなかったのか、けれども、父さんは車で…。
そう車で、俺の学校に来ようとした。
俺の彼女を殺してしまった。遺書を彼女が書いていることを知らない父さんは、自分が美月を殺してしまったことを俺に伝えなくてはと思い至った。電話を学校にかけると大事になってしまうし、俺は携帯電話を持っていなかった。だから父さんは車で百二十キロを出して俺の学校に向かおうとした。父さんが事故した道路は、ダムと学校の途中の道にあるし、何より学校寄りの道だった。昔からそこだけは不思議に思ってた。学校を出て、山を登るとすぐそこが父さんの事故現場だったから。
時間的な面で言ってもはっきりしたことが言える。美月を殺してしまって、車に乗り込んで、運転すると大体時速百キロから六十キロの間で三十分後に事故現場に辿り着ける。
そうだよね、父さん?
次に原因理由にしようか、5W1Hで説明していくよ、今、場所『Where』、時間『When』、誰『Who』は言ったから、何『What』は抜いて、次は何故、『Why』を説明するよ。
さっきも言ったけど、美月が父さんを殺そうとして、父さんが美月を殺した。
なんで俺がそんな風に思索したのかというと、まず、一番おかしい、彼女の死んだ場所。
ここは山だから、自殺をしようと思うと、谷がいっぱいあるし、ダムくらいの高さの橋もいくらだってある。自殺なら縊死も出来るし、わざわざダムで落下しなくたっていいんだ。あと、父さんは知らないと思うけど、彼女、美月の家と、ダムは結構距離があるんだ。彼女は車なんてもってなし、運転免許も持っていない、自転車で行こうものなら、坂の勾配が激しくて歩かないといけないはずなんだ。つまり美月はわざわざダムへ歩いていって、死んだ。
つまりそれは、ダムじゃないといけない理由があったんだ。
その理由は、父さんを殺すこと。俺、つまり市野瀬一矢の父を亡き者にするという目的があった。それから彼女は自殺も考えていた。遺書があったし、何より、彼女には自殺が前提にあった。そのついでに父さんも殺してしまおうという魂胆だ。
ごめん本当に何言ってるのかわかんないよね。でもここからが大事なんだ。
美月にもただ闇雲に俺の父を殺したかったわけじゃない。理由があった。
それは彼女の残したあとがき文にあったんだよ。
一応父さんも分からないかもしれないから、説明しておくよ。
彼女のあとがき文は、美月の書いた小説に残っていたあとがきなんだけれど、俺が最初に読んだときは美月の姉、美星から手渡された後だった。今折りたたんだものがポケットにあるから、読みたければ読んでよ。
この小説と、あとがき文は40×40の書式で書くように書いてあった。
今ここに持ってきてるんだ。今バッグから出すよ。
内容はこうだよ。
わたしは書きたい本がそのまま書ければ本望だと思っている作家です。
たしかに私は最近、思い悩むことがあるのです。
しゅかんてきに書いた物語は必ずしも万人うけのするものではありません。
はたから見ると私達作家を職業にしたい者は万人うけのする作品を書くのが一番だと、いま本を書いている私は思います。けれども私は、主観的に本を書きたいとおもう志が、ちょうせんしたいという気持ちが拭えません。私は片田舎出身の都会生まれじゃないですので、昔から自由に生きてきました。だからこそ自分が感じる普段のちょっとした、かんせいを表現したいと常々思うのです。今でも自分が書いている本がうれるか気になってしかたがありません。私が、作家を目指して一番よかったと思うひは、自分の書いていたかず少ない作品が完成する日だけです。私は今作も自分のかろうを押しのけて、自分自身がやりたいと思った作品が書けて良かったと思いこの本を出版させていただきます。この本を手に取って頂いた皆様、この本の出版のごきょうりょくをしてくださった皆様、本当にありがとうございます。私の本を少しでもごらんなった事のある方、一度も読んだ事のない方、様々な方々に私のほぼ趣味からかんこうした私のこの本が、読まれて頂けると想像したら、それもまた幸せです。表現で言葉は華やかになり、それを感じる人は豊かになって文学を楽しみます。
いつの日かまた私の書いた本を読んでいただけたら幸いです。
たいせつに今の気持ちを閉まっておこうと思います。
変な文章でしょ。ひらがなが多い。そして文のつなぎが下手。
けれど、これにはあるメッセージが残っていた。それは行の一番上の文字をつなげると隠してあったメッセージが浮き上がる。
『わたしはいちのせかずやをあいしていた』
こう書いてあった。これを見つけたのは美月の姉、美星で彼女は美月に心残りがあったと言っていた。
これがなんの理由になるのかって思ったでしょ。けれど俺が言いたいのはこのことじゃない。
そのあとの話になる。俺が有名出版社で働いているのは知ってる?前に母さんとか言ったのかな?
まあそんな事は今どうでもいい。
俺が働いている出版社に所属しているある作家がいる。その人は美夜空と言って、五十後半の、禿げている窶れたおじさんだ。その人の編集担当を俺は任されていた。
作品はあんまり上手じゃなくて、本も売れない、話は面白くなかった。
けれど、俺が東京にいた時に最後に彼から受けとった小説は少し違かった。まるで別人が書いたような作品で、
その通り別人が書いていた。
俺がそのことに気が付いたのは彼の渡した小説についていたあとがき文で、まさかだけど、美星の渡したあとがき文と書いている内容が同じだった。その時俺は、この小説は美月によって書かれた物だと知った。だから俺はわざわざ東京へ行って確かめた。すると彼は東條美月、美星の実の父親である東條尋という人だった。
彼はこういっていた。
美月が遺書として、この小説を残してくれた、と。
そして彼は、死ぬ前に最後に彼女の丸写ししたこの小説を出そうと思った、と。
けれど俺はそう聞いて少し不思議に思った。
彼女の残した小説の丸写しならあとがき文のメッセージを残すために40×40にしなければあのメッセージは出ない。
けれど、今思うと、自分の父に送るあとがき文に『わたしはいちのせかずやをあいしていた』なんてメッセージを送るはずがないと思う。
だから文字指定が38×40なのだと思った。
けれどそれっておかしくない?
普通内容を全く同じにして、文字数を変えただけなら、書き直せばいいじゃん、あんな変なあとがき文。だって漢字で書いてあったあとがき文はこうだったよ。
私は書きたい本がそのまま書ければ本望だと思っている作家です。
確かに私は最近、思い悩むことがあるのです。
瞬間的に書いた物語は必ずしも万人うけのするものではありません。
傍から見ると私達作家を職業にしたい者は万人うけのする作品を書くのが一番だと、今本を書いている私は思います。けれども私は、主観的に本を書きたいと思う志が、挑戦したいという気持ちが拭えません。私は片田舎出身の都会生まれじゃないですので、昔から自由に生きてきました。だからこそ自分が感じる普段のちょっとした、感性を表現したいと常々思うのです。今でも自分が書いている本が売れるか気になって仕方がありません。私が、作家を目指して一番よかったと思う日は、自分の書いていた数少ない作品が完成する日だけです。私は今作も自分の過労を押しのけて、自分自身がやりたいと思った作品が書けて良かったと思いこの本を出版させていただきます。この本を手に取って頂いた皆様、この本の出版のご協力をしてくださった皆様、本当にありがとうございます。私の本を少しでもご覧なった事のある方、一度も読んだ事のない方、様々な方々に私のほぼ趣味から刊行した私のこの本が、読まれて頂けると想像したら、それもまた幸せです。表現で言葉は華やかになり、それを感じる人は豊かになって文学を楽しみます。
いつの日かまた私の書いた本を読んでいただけたら幸いです。
大切に今の気持ちを閉まっておこうと思います。
なにもメッセージが残らない。これじゃあ遺書にも何もならない。
けれど、そんなことは全然なかった。
東條尋が美月の小説を丸写しにしたというのだから、本当にそうしたんだろう。このあとがき文も元々はこれだった。
けれど、これは彼女が書いた原文じゃない。彼女はあるメッセージを隠すために、この変えた文をわざと東條尋に送った。
原文は美星が持っていた、あのひらがな交じりのあの変なあとがき文だ。
父さんは少し変に思わなかったかな?さっき言った事項以外の事で。
俺は最初に気付いていたよ。誰にも言わなかったけれど。
戻るけど、あのあとがき文のメッセージを浮かび上がらせるには、一番上の文字がひらがなでなければならない。
けれども俺が気が付いた所は、行の一番上に関係のない所でも、恣意的にひらがなが使われている、という事なんだ。
どういう事かというとね、例えば、ひらがなバージョンの方の9行目。
『私が、作家を目指して一番よかったと思うひは、』ってあるんだけど、漢字の方と見比べると、『思うひ』の『ひ』って当然『日』なんだよ。
つまり何らかの方法によって浮かび上がらせるメッセージに、このひらがなは利用されるという事なんだ。
で、その方法なんだけど、これもやっぱり、あとがき文の中にヒントがあって、東條尋の持っている漢字バージョンのあとがき文は38×40だったよね。
まさかと思ってやってみたんだけど、38×40、つまり一行三十八文字で、このひらがなバージョンのあとがき文を書いてみると、
わたしは書きたい本がそのまま書ければ本望だと思っている作家です。
たしかに私は最近、思い悩むことがあるのです。
しゅかんてきに書いた物語は必ずしも万人うけのするものではありません。
はたから見ると私達作家を職業にしたい者は万人うけのする作品を書くのが一番だ
と、いま本を書いている私は思います。けれども私は、主観的に本を書きたいとおも
う志が、ちょうせんしたいという気持ちが拭えません。私は片田舎出身の都会生まれ
じゃないですので、昔から自由に生きてきました。だからこそ自分が感じる普段のち
ょっとした、かんせいを表現したいと常々思うのです。今でも自分が書いている本が
うれるか気になってしかたがありません。私が、作家を目指して一番よかったと思う
ひは、自分の書いていたかず少ない作品が完成する日だけです。私は今作も自分のか
ろうを押しのけて、自分自身がやりたいと思った作品が書けて良かったと思いこの本
を出版させていただきます。この本を手に取って頂いた皆様、この本の出版のごきょ
うりょくをしてくださった皆様、本当にありがとうございます。私の本を少しでもご
らんなった事のある方、一度も読んだ事のない方、様々な方々に私のほぼ趣味からか
んこうした私のこの本が、読まれて頂けると想像したら、それもまた幸せです。表現
で言葉は華やかになり、それを感じる人は豊かになって文学を楽しみます。
いつの日かまた私の書いた本を読んでいただけたら幸いです。
たいせつに今の気持ちを閉まっておこうと思います。
わかったかな?行の一番上に残る文字が変わってくるんだよ。それを繋げると。
『わたしはとうじょうひろをうらんでいた』になる。
これが美月が父さんを殺した理由。
まだわからないかな?俺も、美月の事は今でも全然相容れないんだけれど、推測でなら話せるよ。
もう一度東條尋の話に戻っちゃうけれど、彼は、美月と美星の父親だった。聞くと、昔から夢見ていた作家になれずに、挫折を繰り返した。家も大して養えず、妻の里美が沢山の苦労を強いられた。そのせいで体が弱かった彼女は死に、そして東條尋は狂った。
家で酒を飲み、仕事をしないで、美月や、美星の人生までもを狂わせた。
それは東條尋本人から聞いた話だ。そして彼は美星にそのことを何度も謝った。その時俺は東條尋という人間自体を悪いとは思えなかった。人は才能によって差別されて、夢を追うものが潰れていく。俺もそんな経験をしているから。
そのことは美星も分かってくれた。俺以上にそのことを理解していた。
けれども美月はそれ以上の事を知っていた。父は本当はいい人であり、夢が父を狂わせたことも知っている。
そんなのは、東條尋が持っていた美月が書いた小説を読めば分かるんだ。
けれども、美月は、東條尋にこのメッセージをあとがきとして残した。
結局は東條尋を恨んでいた。けれど、それはたぶん、そんな父を知っているからこそ、自分自身を変えようとしなかった東條尋を恨んでいたのかもしれない。家族の事を一番に考えて作家の夢を捨てて、すぐにでも就職していれば、自分はあんな人生を送らずに済むはずだった、という悔みだと思う。
話は戻るけど、だから、彼女は俺に夢を話さないで、家族にも打ち明けず、ずっと小説を書いて、色々な複雑な思いをしまい込んで夢を追っていたんじゃないかなと思う。
そして何故これが父さんを殺した直接の原因に繋がるのか、俺の考えた範囲で父さんに応えるよ。
結局、美月は恨んでいても、自分の父は殺せなかった。という事が一番だと思う。
けれども、母親をなくして、壊れていった彼女は、どうにかその恨みを晴らしたいと思った。
その方法は二つあって、まず自分が死んで、もう一度人生をやり直す。
そして、もう一つは、幸せそうな人の幸せを奪いたかった。
もうはっきり言っちゃうけれど、もう一つの方法は、平穏な家族を持っている俺、市野瀬一矢から父親を奪いたかった。幸せそうにしている俺の家族を、自分の自殺と同時に無くしてしまいたかった。
そういう事なんだと思う。たぶん、母親じゃなく、父親を選んだのも、一緒に死ぬことで、もしかしたら来世の父親になってくれるんじゃないか、とまで彼女は考えたのかもしれない。もしかしたらそんなことまでは考えていないかもしれないけれど。
そして最後にどのように『How』だけど、これはもう父さんは分かるよね。俺の想像で言うと。
まず、俺になにもない六日の日をもたらした日。俺が彼女に別れを告げられた日。
彼女はまだ俺を愛してくれていたと思うけれど、俺の父を殺すから、たぶん、縁を切りたかった。
そして十年前の今日。彼女は歩いてダムまで行って、どうやって父さんを呼んだかわからないけれど、ダムの橋の上まで連れて行った。その時に、何で殺そうとしたのかわからないけれど、恐らくナイフか、突き落とそうとしたのか、のどちらかだ。
その時に、父さんは正当防衛をした。その時に美月はダムの下へ落ちた。
そして父さんは自分が殺してしまったことが怖くなった。前に俺が美月の写真を見せた時があったよね。それで父さんは別れていることも知らずに、俺に急いで知らせに行かなければと焦った。学校に電話すると大事になる。もしかしたら自分が犯人だと疑われてしまう。その二つの焦りが車の運転に生じた。およそ百二十キロを出して、ガードレールに突っ込んだ。そして二人とも死んだ。
これが、十年前なにもない六日の日に起こった事件の真相…だよね?結局、美月は自殺、父さんは事故死。そう片付けられた。俺も十年前の新聞を読まなければ気づくことはなかった。
父さんはどう思っている?俺は今日、父さんにこの真相を確かめたかった。そして言わなければならないことがあった。
それは、この事件に誰がチェックメイトをつけるかという事。
俺はこの事件の事は誰にも言わない。
昨日美月のお墓にいった時、全部話したけどね。
美月も返事、してくれたよ。
俺と美月、それと父さん、今この三人しか真実を知らない。
だから俺は、俺が、これを終わらせなければ、と思う。父さんはどう思う?
どうしようかって、昨日から今日までずっと考えていたんだよ。テレビドラマとかで見る普通の殺人事件だったら、犯人が自白して、大体、警察に捕まって終わりだよね。でもこの事件って、当事者が死んじゃってるでしょ。だから、だから俺…。
父さんを殺させた、美月を殺させた、東條尋を殺してやろうかって思ったんだよ。
俺は何よりあいつが許せない。あいつが俺と美月の中を切り裂いて、俺の人生をめちゃくちゃにした。
けど、なんでだろ。やっぱできないんだよね。どうしても一昨日の事を思い出しちゃうんだ。
そう思うと、結局は、俺が美月と出会って、そしてこの事件が起きた。何もかも失った俺が今ここに居る。そのことがもう運命だったって思うんだよ。
だから俺、最初に言ったでしょ、ごめん父さん、美月を殺させた。ごめん父さん、俺のせいで事故させた。って…結局は俺の人生の一部として、こういう事件があったって思うんだ。だから俺も今、自殺して、美月に会いに行って、人生をやり直そうとも思っていたけれど、なぜか、今死ぬときじゃない気がするんだ。
だから、誰も悪い人がいなくて、良い人はいなかった。よく未来は変えられるっていうけれど、過去は変えられないんだよね。
そういう人生というレールに乗ってきた俺が、今ここに来て父さんにそう言っているってことはもうその通りなんだと思う。
けど、未来は変えられるんだよ。人が一生に書く文字の量は決まっているってよく言うけどね、俺が作家を元々目指していたのか、目指していなかったのか、結局は人生が決まっているのかもしれないけれど、俺はそんなことは思いたくないんだ。
何が言いたいか父さんは分かった?
やってみるよ俺、次は絶対できる。そう思って人生送っているから。
あと最後だ。もうお経の終盤に入っているのが耳に聴こえてきた。混じっても俺の声は聴いてほしい。
昨日美月にも言ってきたけど、一度死んじゃって、人生がやり直せるんだから、未来が変えられる人生を送って来てよ。そして、できれば、美月の事も見守ってやってほしいな。
美月は俺がずっと愛していた女なんだから。




