二日の日 2
俺は家までの道のりで、さっき婆さんに聞かされた『随分変わった』という事についてずっと考えていた。
いつから俺は愛想笑いしかできなくなったんだろう。さっきもそうだ。会社でもそうだった。俺は十年前から本当に心から笑ったことがなかった。大学に受かったときでも、大学の仲間と馬鹿な事をしていたあの時でも、たぶん自分が見せていたのは笑顔ではなく愛想笑いだった。
昔彼女に見せていた笑顔は消えてしまったのだろうか、それじゃなく、自分の心にしまい込んだままなのか、それすらわからない。でもしまい込んだままだったとしても、自分の心からそれを引っこ抜いてくれる人がいない。婆さん一人でも爺さんが来ても少女が来ても、犬も猫もネズミが来ても自分から笑顔を抜いてくれるものはいない気がした。
変わったのは自分なのか、それともこの町が変わらな過ぎているのか、もうそれには答えが出ていた。
町が変わっていな過ぎて、自分が変わり過ぎているのだ。
俺が今まで十年間、神社も小学校も川根屋にも行かなかったのは、それを感じたくはなかったから、自分を否定したかったから、今いる自分は本当の自分で、過去の自分なんてものは存在しないと決めつけたかったから。だから変わり映えしない鄙びた田舎を俺は嫌っていたのだと思う。
家に帰ると母さんがいつも通りに台所に立っていて料理を作っていて、水をながす音が聞こえいた。
玄関を入るとすぐ目の前にある居間に腰かけ、何故田舎にこんなものが、と思わせる程超特大サイズの薄型テレビをつけた。普通に見て俺の家にある小型の三倍から四倍くらいの大きさに見えた。
けれどテレビの大きさとは裏腹、放送局の少なさときたら、やはり田舎を思わせるものだった。tvkもテレ東も映らなかったが、ニュースや普段見ているバラエティが見れたから特に気にしなかった。
「ご飯出来たよ」母さんがそう呼びかけた。
俺はテレビを消して立ち上がって、隣の台所へと向かい、テーブルに腰を掛けた。
母さんも腰をおろし、俺はテーブルに並べられた和食を食べ始める。ここにも小型のテレビがあって、隣にすぐ特大のテレビがあるのにもかかわらず母さんはこっちの小さい方のテレビを見始めた。
俺は母さんと向かい合って座っていて、母さんの向かい側にテレビがあって、俺の背後の横にあるので、俺は翻らないとテレビが見えない。だから俺は音声だけ楽しむとした。
「どこ行ってきたんだね?」母さんが訊ねる。
「そこの神社と、小学校と、川根屋」
「ずいぶんと懐かしい所へといったんだね」
「あっ」
俺は急に思い出して、今に置いておいた川根屋での買い物袋の中からメロンアイスを取り出して急いで台所の冷凍庫の中へ入れた。
「どうしたんだね?」
「メロンアイス買ってあるから、好きな時に食べなよ」
「あんたそのアイス好きだったねぇ、さっき向かいの方と話していたんだけど、あんたがずいぶんと変わったって言って驚いていたよ」
俺は少し俯いた。俯くと手に取ったご飯の入った茶碗があって俺は箸を握って勢いよくかきこんだ。するとご飯が一気に口の中に入って来てむせそうになった。
少し苦しそうな顔をしていると、母さんが手にお茶を持って俺の方を見ていたので、それを受け取って飲み干した。
「だいじょうぶかね」
「あぁ、まあ」
俺はそのあと、普通にご飯を食べた。さっきの話には元に戻らず、母さん黙々とゆっくり箸を進めていた。
「高校の方へは行かないのかね?」
俺は食べていた箸を止めた。急に母さんがそんな事を言ってきた。
「高校…」
「時間があるなら行っておきなよ、もうずっと行けなくなるかもしれないし」
俺は少し考え込んだ。どうしようか。車を使えば行けない距離ではなかった。立ち入りも普通に許可されていて、卒業生が訪問することなど茶飯事の学校だった。この間も俺のメールに高校の時の知り合いが学校に行ったというメールを送ってきたし、いけないことは決してなかった。
けれども俺は考え込んでしまう。その様子を母に悟られたくなくて俺はまた止まっていた箸を動かしてご飯を食べ始めた。でも頻りに先程からご飯が喉を通りにくくなってお茶を何杯も飲んだ。母さんは平然とした顔をしていたが、いくらか俺の顔を覗くような素振りを見せたような気がした。
ここに居ても何もやることはなかった。
ここに居るのは居心があまりよくなかった。高校へ行っても同じだろう。
けれど俺は行く決心がついた。
きっと、行き場を失った今、どこかへ向かわなければいけない気がどこかでしていた。




